第454話リガラットに出発です!

「あー、いきたくねー。いーきたーくねー」

「アロネスさん・・・」


ただ今ウムルを出発し、街道を車で走っています。

そしてアロネスさんが助手席でずっとこの調子で、流石にちょっと呆れの呟きが出た。


「おら、いい加減にしろよ。大体向こうに行くのもてめえだけが遅れてんだからな」

「知ってらー。技工士連中も騎士連中も外交連中も錬金術師も俺以外行く予定の奴全員既に現地な事ぐらいわかってんよー」

「なら引き延ばして引き延ばして、向こうに頭下げてんのも解ってんだろうが」

「わーってんよ」


アロネスさんの態度を見かねて説教を始めるイナイと、心底嫌そうに応えるアロネスさん。

同じ会話じゃないけど、似たような会話をすでに何度かやっている。


本当なら転移装置で国境傍まで転移して、そこから移動が本来の移動方法なんだけど、クロトがいる事で最初から街道を車で突っ走っている。

すでに何度か馬車の類とすれ違っているが、皆この車の存在自体は知っている様子だ。

こちらを視認出来る位置になると、すれ違う時も、こちらが追い抜く時も向こうが避けていく。


最初の頃にイナイが行っていたように、本当に別に隠しているわけじゃ無いんだな。

むしろ向こうの反応を見るに、乗っている人間が誰なのかを認識している様に見える。

それにしても王都からだから人の量が多いせいか、車を引いている動物の種類が様々で面白かったな。爬虫類が結構多いのが意外だ。


「アロネスさん、そんなにギーナさんが嫌ですか」

「嫌に決まってんだろうが。仕事と立場が無かったら絶対リガラットなんか行きたくねぇ。式の最中だって本当はなるべく近づきたくなかったんだからな」

「・・・怖いのは仕方がない」

「だよなー。話が分かるなークロト」

「・・・赤い人も、鱗の尻尾の人も怖い」


クロトとアロネスさんが同一人物に恐怖を感じてるせいで仲良くなっとる。

クロトの場合本能レベルで怖がってる感じだからなぁ。


「確かにちょっと怖い所有るけど、気の良いお姉さんだと思うけどなぁ」

「甘い!それはあいつと戦った事が無いからいえる事だ!あいつと戦ったら恐怖で再起不能にもなりかねねえからな!」

「は、はい、すみません」


シガルが今までのギーナさんを思い出して呟くと、アロネスさんが全力で否定をする。

シガルは相手がアロネスさんっていうのも有って、背筋を伸ばして慌てて謝る。彼女にとっては英雄の一人だからな、この人も。

けど、これ別にシガル悪くはないよね。

アロネスさんも余裕が無いのかもしれないけど、ちょっと口を出させて貰おう。


「アロネスさん、嫌なのは解りますけ―――」


半ば八つ当たり気味に発した言葉を咎めようとすると、運転席から凄まじい威圧を感じだ。

それはアロネスさんも同じだったようで、やっべえっていう顔しながら運転席に顔を向けた。


「おい、アロネス。てめえが怖いのは別に構わねえが、シガルに八つ当たりしてんじゃねえよ」


下から這い上がってくるような恐怖を感じ、冷えた声音が耳に届く。

言葉を向けられている相手がアロネスさんなのは解っているけど、俺にもその威圧が来るせいでめっちゃ怖い。


「はい、すみませんでした。俺が全面的に悪いです。申し訳ありませんでした」


イナイが言葉を発しきった後、アロネスさんはほぼノータイムで謝った。早い。

運転中なのでイナイはずっと前を見ているが、その表情は厳しい。

アロネスさんはそんなイナイの様子を窺わずに、シガルに向けても謝った。


「わりい、ほんとに苦手なんだよ、あいつの事。ごめんな」

「あ、いえ、その、軽々しい事言ってすみません」

「いや、嬢ちゃんのいう事が正しいんだよ。本当のギーナはそっちなんだからな。俺も頭じゃわかっちゃいるんだ」

「あ、その、はい」


イナイはそこで納得したのか、いつもの雰囲気に戻った。

ふぅと、深いため息を吐く俺とアロネスさん。

あれ、怖かったの俺達だけ?


『アロネスは情けないなー。私は怖いけど、怖いのが楽しいぞ?』

「戦闘が楽しくて仕方がない生き物と一緒にしてくれんなよ。俺は元々戦闘職じゃねーの」

『だが、それでも立ち向かったんだろう? 自分が倒れる最後まで』

「・・・柄にもなく最後まで戦ったよ。だからこえーんじゃねーか。どうあがいても、命を懸けても勝てない相手がいるってのが、たまらなく怖い」


アロネスさんはその時を思い出すように言葉を吐き出す。

まるでつい昨日の出来事のように。

だがそんなアロネスさんに、ハクは良い笑顔で口を開いた。


『なら大丈夫だろう。きっとその時は今より怖かった筈だ。けどお前は最後まで戦った。ならそれは、怖さを知って尚立ち向かったという事だろう。何も怖がる事なんて無いじゃないか』

「お前らって竜って、時々含蓄が有りそうな雰囲気の事を言うよなぁ」

『人族とは生きている時間が違うからな!』

「お前はたかが100年程度の上に、人の暮らしなんかろくに知らねーだろうが」

『今はそんな事無いぞ。シガルも居るし、弱さも怖さも知っている。私はもう前の私とは違う』

「はいはい。だとしても苦手なのは変わんねえよ。心が折れる程の恐怖じゃなくても、怖いもんは怖いんだよ」


そっか、相対して心が折れて、何も出来なくなるほどの恐怖っていうわけでは無いのか。

それでも、心の奥底に縫い付けられている様な恐怖は残っている。

それこそ気が付いたら手が震える程の恐怖を、ギーナさんに持っている。

だからどうしても苦手、って所で何とかすんでる感じなのかな。


「まあ、もう一度勝負なんてごめんだが・・・本気でやらなきゃなんねえなら逃げねえがな」


そう小さく呟いた声に、イナイが少し笑った気がした。

ハクはその答えに満足そうに頷いて、クロトは何か両手をぐっと握って気合を入れている。


シガルだけ、なんか気を遣ってるなぁ。

まあアロネスさんとはあんまり関わりないもんな。シガルに話しかけてきたのってリンさんとミルカさんぐらいだし。

この人あんまり気にする人じゃないから、気軽に話して大丈夫なんだけどな。


あ、グレット君は荷台に乗ってます。

あの子置いては行きませんよ。


「ま、今回はそんな覚悟なんて必要ねえだろ。困るのはこの馬鹿だけだ」

「しってんよー。あー、いきたくねー」


あ、ループした。本当に嫌なんだなアロネスさん。

でもいい加減諦めようよ。すでに出発してる以上逃げられないんだし。

それにイナイから聞いた限り、ギーナさんと全く会わないっていうのは不可能だし。

まあ、不可能だからこそ行きたくないんだろうけど。


「ネーレス様、本当に嫌なんだね」

「普段は結構余裕のある人なんだけどね。余裕が有りすぎて質悪いとき有るけど」


忘れた頃に何かしかけてきたりするからな。

それも楽し気に。


「ああ、そうだ嬢ちゃん。俺の事は別にアロネスで構わないぞ」

「え、あの」

「イナイに気軽に話して、ミルカともそうなんだろ? ロウにも教えを受けてるって聞いてるし、今更気にする事無いと思うぜ」

「えっと、その、はい」


アロネスで良いという言葉に、それでもどこか恐縮している様子を見せるシガルに、それ以上何も言わず苦笑するアロネスさん。

多分あんまり言っても駄目だろうなと思ったんだろう。


初めて会った頃の無邪気な時に知り合ってればまだ違ったんだろうけど、今のシガルは身分とかそういうのに対する意識がしっかり有るみたいだからな。

あの頃なら尊敬の眼差しを向けながら、もっと気軽に話しかける気がする。


ミルカさんの時は落ち着いた状況だったし、あの人自身が静かだからな。

女性同士ってのも有ったと思うし、また話が違うだろう。


・・・ちょっとだけ仕返ししとこ。


「アロネスさんが怖がらせるからですよー」

「ぐっ、すまん」

「許してあげましょう」

「くっそ、タロウのくせに」


俺のくせにってどういう事ですか。解せぬ。

まあ俺の全力のどや顔が気に食わなかったんだろうけど。


「はいはい。馬鹿ども、そろそろ一旦止めて昼にするぞ」


イナイさん、それ確実に俺とアロネスさんにだけ向いてますよね?

まあいいや。シガルがクスクス笑ってるし、良しとしよう。

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