第452話若い頃のリベンジですか?
「老、誰かが祠まで来たようです」
「ふむ、そのようだな・・・む、これは」
祠の石に縫い付ける様に維持している魔術から流れてくる気配に、覚えが有った。
何年前かは忘れたが、二人でこの地に赴き、咆哮に完全におびえて逃げた者だ。
逃げたというよりも、腰を抜かして完全に恐怖に呑まれていたので麓まで転移させたのだが。
逃げ帰る様子を分体で見ていたので、よく覚えている。
『そういやそうだった、こんなだっ―――』
以前の事を思い出している間に、転移しつつなにかを呟いた男はこちらを見て言葉に詰まる。
それを確認してから、思い切り咆哮をあげた。
全力、とまではいかずとも威圧を放ち、自身の体躯をこれでもかと大きく見せる。
『あ、くっ・・・!』
男の目は一瞬で恐怖に染まり、手が震えているのが解る。
歯もがちがちと鳴り、足はおそらく無意識にゆっくりと下がっている。
残念な気持ちと、やはりという気持ちで男を見つめる。
流石にそうそうタロウやアロネスの様にはなれぬか。
「・・・ほう」
だが、その後の男の行動に思わず呟きが漏れた。
男は恐怖を振り払うでもなく、抑えつけるでもなく、恐怖を持ったまま武器を構えた。
両手で握り込まれたその斧は、明らかに震えている。
だがそれでも、男の目は戦う意志を示していた。
『く・・・あ、あれ?』
威圧を解き、羽を収め、それに間の抜けた声を出した男をじっと見る。
竜に挑むには少々足りぬが、戦う意志を見せられたのならばそれで良かろう。
「合格だ。少々足りなくは有るがの」
『え、あ、はい。知ってたけど本当に喋れるんですね』
「ふむ、そういえば以前来た時は泣いて逃げ帰ったから、話す機会が無かったか」
『げ、覚えてんの!?』
「ああ、覚えているとも。そもそもここまでやって来る者自体が少ない。そう大昔の話でもないのに、わざわざここまで来た者を忘れはせんさ」
男はどこか悲しむようなそぶりを見せるが、すぐに立ち直って口を開く。
『ま、あの事は若気の至りなので、笑い話にしてますよ。自分の実力も解らずに無謀をやったっていう、良い経験でした』
「ほう、まるで今は違うと言いたげだの」
『違うと言えば違いますし、同じと言えば同じでしょうね。竜神様に、無謀にも挑みに来たんですから』
男の言葉から察するに、自分の力不足を承知の上で来たという事か。
なるほど、先程の行動に納得がいく。明らかに自身を大きく超える存在に対しても武器を握ったのは、最初からその恐怖を超えるような力など無いと知った上でか。
「お主、我々の為ではなく、自分の為に来たようだの」
『ははっ、その通りです。俺は俺の大事な物を守る為に竜神様を利用しようとしてます』
「我らに何を望む」
『貴方達自身には何も。あえて言うなら相手をしてもらえればそれで十分です』
我らに望みを叶えて貰う為に、竜の加護を望むために挑みに来たわけでは無いのか。
明らかに死の恐怖を感じながらも、武器を握ったのはその為では無いというのか。
「ならば、何故我らを相手に望む」
『簡単な話ですよ。守るべきは者は自身で守る。だから、貴方達と戦えるだけの力が欲しい。頼りない領主様を安心させられる程度の力が』
自身が住む地の領主の為か。
いや、それだけでは無かろうな。自らが守りたい全てを守る為に、力を望むか。
それも他者に縋るではなく、死線に近い戦闘をして自信を高めるために来たという事か。
「なぜ、今なのだ?」
『色々ときな臭い話が聞こえて来てるのと、国の在り方が変わったからですかね。竜神様がこの地だけは守護してくれるって話は知ってるんですけど、それでも俺達も変わらなきゃいけない』
イナイ達がこの国に広めている話か。
我らが住む山の周辺の街だけは、我らが守る話にはなっている。
あの地の先祖は我らを祀り、貢物などもしていたのでその辺りに否は無い。
礼代わりに守る程度、何の苦でもない。
『全部こっちの都合で悪いんですけど、竜神様の暇潰しにもならないちっぽけな人間が強くなる為に遊んで欲しいんですよ』
強くなるために我らがお前で遊べと言う事か。
自分達の望みに叶うような力はないが、相手をしろというのか。
心躍る戦いになどならず、ただ蹂躙する様に攻撃しろという事か。
「くっ・・・くっくっく」
『あ、あのー、やっぱ図々しかったですかね?』
顔を俯かせて震えるのを見て、男は若干怖がるように後ずさる。
その姿が尚の事、感情を揺さぶる。
恐怖し、それを乗り越えられたわけでもなく武器を構え、その上私達の望みなど関係なく相手をしろという。
――――面白い。
「あっはっはっは!実力を備えた上の図々しさではなく、非力と知った上で図々しく有るか。それも自分だけの為ではなく他者の為。良いだろう。お前の望み通り『遊んで』やろう」
にいっと口元を歪ませると、男はびくりと後ずさる。
だがそれでも、逃げる事はしない。後ずさった足をまた前に出す。
恐れながらも目は逸らさない。
タロウやアロネスとはまた違う、ちゃんと強さを持った人間だ。
ああ、良いな。彼らとはまた違う意味で良い。
「お主、名前は何という」
『ナマラと言います』
「そうか、ナマラよ、竜の遊びを十分に堪能してくるがいい。・・・死ぬでないぞ?」
『え、ちょ―――』
ナマラを転移させ、既に構えている竜と対峙させる。
一応この会話は聞いているので死なせる事は無いだろうが、その手前程度は覚悟して貰おう。
なにせ、遊び道具にわざわざなりに来たのだからな。
さて、どこまでやれるようになるか見ものだ。
『あいつ』も、最初は大して強く無かったしの。
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