第446話バルフさんに報告ですか?
「はぁ!」
部下が掛け声と共に、この身に向かって上段から木剣を振るう。
それを特に苦も無く、当たる直前に半身になって躱しながら、下段から胴体に向けて木剣を振りあげる。
「ぐっ」
反応出来るであろうギリギリの速度を見定めて振るう剣を、片手の手甲で剣の側面を上に弾きつつ、振り切った剣を切り返してくる。
胴を狙うその切り上げに、跳ね上げられた剣はそのまま上に円を描くように上に回し、自身は剣の射程範囲ギリギリまで回りながらバックステップ。
剣が鎧を掠ると同時に懐に踏み込み、下段から剣を振りあげる。
「っ!」
部下は反射的に手甲で木剣を防ぎ、真正面からの衝撃を受けた木剣は容易く粉砕。
折れた剣がカランと落ちる音が響いた。
それを合図とする様に部下は直立になり、私の言葉を待つ。
「馬鹿者、今のが本物の剣ならばその腕も、お前の胴体も切り落とされているぞ」
「も、申し訳ありません!」
「手甲で受けるならば前に踏み込んで握りか手を狙え。それにお前の攻撃は相手が受けてくれる前提が過ぎる。空振りが一番隙になる。避けられるのは当然と思って振るえ」
「はっ、ご指導頂きありがとうございました!」
頭を下げて所属の分隊の下に戻っていく部下を眺めながら、やはりこんなものかと思ってしまう。
あの部下はまだ新人であり、戦闘経験は浅い。騎士になる為の試験に合格するだけの能力はあるが、それ以上では無い。
無論他国の兵士の技量を考えるならば、先の部下の実力でも何の問題も無いのは解っている。
そもそも求められる最低限の能力に差が有る以上、一人で他国の同じ扱いの騎士を100人程度ならば相手どれるだろう。
「・・・未だ騎士隊の意識は変わらず、か」
あの部下も、私の本気の戦闘は見ていた筈だ。
彼の、タロウ君の全力戦闘を見ていた筈だ。だがそれでもあの程度。
「必死さが、貪欲さが足りない。国を背負い、人を守り、どのような状況下でも生き抜いて戦うという気持ちが弱い」
騎士隊になった時点で強者だという事は間違いない。そうそう一般人に負けるような能力の者を騎士にはしない。
それでも、全てを守るには足りな過ぎる。
国を守る盾であり剣である方の代わりに戦うには、あまりにも不足。
「タロウ君程の強さは珍しい物とはいえ、全く居ないわけでは無いというのに・・・」
とはいえ私も偉そうな事は言えない自覚も有る。彼がいなければ、自分が今の実力を得るには少なくともあと数年はいっただろう。
彼という存在と出会い、憧れを現実とするために鍛え上げたからこそ今の私が有る。
だが、つまりそれは私と同じ事が出来る人間が、世界に間違いなくいるという事だ。
王妃様はともかく、8英雄の力は人間がたどり着くことが出来る力という事だ。
「もう少し、訓練内容を考え直すべきかもしれん」
少なくとも下限の引き上げはやる必要がある。最近は自身を鍛える事を優先しすぎていたが、タロウ君と戦った事で尚の事必要性を感じる。
少なくとも技工剣の無い彼に対し、100人もいれば時間稼ぎができる程度の能力は欲しい。
技工剣有りだと、その程度一瞬で粉砕されるだろうが。
「そうえば彼は大丈夫だろうか」
あの後一度も顔を合わせていないが、大丈夫だろうか。
回復して訓練はしているらしいが、人目に付きにくい所でやっていると聞く。
もしそれが、彼の心に何かしらの傷を負わせてしまったなどの理由だとすれば、謝罪をするべきだろうか。
・・・いや、ダメだ。それは余りにも失礼だ。
彼は全力で戦い、私も全力で戦った。それに謝罪するなど、ふざけているにも程が有る。
「あ、いたいた、バルフさんこんにちはー」
「ん?」
訓練所に軽い声が響く。
声の主に目を向けると、たった今考えていた人物が笑顔で手を振っていた。
「タロウ君か、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、体はもう大丈夫ですよ」
良かった、彼の表情に陰りは無い様に見える。
どうやら私の杞憂だった様だ。
彼はあの師達の訓練にも耐えてきた人間なのだから、これ位で心が折れる筈も無かったか。
「バルフさん、俺が暫くしたらウムルから出るのって聞いてます?」
「ええ、知っています。騎士隊の人間も、関わる可能性が有る事ですので」
「あ、そうなんですか。そっか、じゃあ説明いらないですね。えっとまあ、そういう訳で出る前に時間のある間に挨拶をしておきたくて」
「ああ、そういう事ですか。それは律義にありがとうございます」
頭を下げる彼に、自分も同じく頭を下げる。
わざわざ別れの挨拶をしに来てくれるとは思わなかった。
「それと、もう一つ、貴方には見せておかないといけない事が有るので」
「見せておかなければいけない事ですか?」
「はい、貴方に負けた事で、身に付けられた技です」
彼はそう言うと、精霊石を複数取り出し、全て飲み込んだ。
「なっ、何を!?」
驚く私の言葉を意に介さず、彼は何かの魔術を発動させる。
「っ!」
膨大な魔力。人一人が身に纏うには明らかにおかしな魔力量を纏う魔術を使っている。
なんだこれは、いったい何の魔術を使っているんだ。
この魔力量は異常だ。セルエス殿下が広域魔術を放つ時ですら、こんな魔力を感じた事は無い。
「タロウ君、君は一体何――――」
最後まで言葉を放てなかった。
目の前にいた筈の人物の姿が完全に消え、背後で自分の首筋に手を触れているのを感じた事に驚いて。
ただただ、驚きで言葉が出なかった。
何だ、今のは。速いなんてものじゃ無い。
目で追えなかったとか、早すぎて反応出来なかったなんて物じゃない。
動きの一切が見えなかった。
彼は転移をしていない。彼の足が触れていた地面が抉れ、数か所に踏み込んだであろう痕跡が有る以上、間違いなく彼はその足で移動している。
移動のための足音はすべて同時に聞こえ、触れられたのは音が鳴るよりも早く感じた。
何より彼の移動と共に起こった暴風が、転移で無い事を証明している・・・!
「タロウ君、今のは・・・!」
彼が私の首から手を離し、それと同時に後ろに振り返る。
感じる魔力はやはり尋常ではなく、膨大な魔力を放ち続けながら彼は静かに立っている。
「貴方に負けたおかげで掴んだ力です。だから貴方にはウムルを出る前に見せておきたかった。その為に今日はここに・・きま・・し・・た」
「た、タロウ君!?」
彼は先ほどまで迸らせていた膨大な魔力を消し去ると、そのまま倒れ込んできた。
受け止めて声をかけるが、どうやら意識が落ちている様だ。
「完全に脱力しているな。それに息も荒い。つまりそれだけの技だという事か」
おそらく今の技は多用出来ないどころか、使えば後がない技なのだろう。
きっと、どうしても勝たねばならない時に使う技。
そしてあの技は、それが可能な物だ。先の攻撃を下せる人間はそういまい。
それこそ我らが英雄方でなければ。
「・・・わざわざ、私に見せに来たのか」
もし彼のこの力を知らずに再戦をすれば、きっと負けていただろう。
だが彼はそれを良しとしなかった。今自分が出来る限界を、わざわざ見せに来たんだ。
その力を手に入れるきっかけを与えた相手に。
「・・・私は彼を部屋に送り届けて来る」
短く部下たちに伝え、タロウ君を抱えて訓練所を後にする。
驚きで固まっていた者達ばかりなので、声は良く通った。
私の姿が見えなくなると同時にざわめきが聞こえてくるが、その声はどれもが驚きの声だ。
当然だろう。あの動きはおそらく誰も見えていないのだから。
「追いつけたと思ったら、アッサリ追い抜いた報告か・・・」
全くやってくれる。本当に彼は凄い。
例えリスクのある攻撃だとしても、そのリスクを補って余りある力だ。
元々ある程度の構想や下地は出来ていたのだろうが、この短期間でものにしたその行動力が素晴らしい。
「やはり君は良い。とても良い。本当に騎士隊にいないのが残念だよ」
彼ならば、その戦闘能力のみで騎士を与えるに相応しい人間だ。
だが彼はそれを望まない。である以上、私は彼に負けっぱなしでいるわけにはいかない。
「私は騎士であり騎士隊長だ。守るべき者に完敗のままでいるわけにはいかない。今は君に届かないが、また追いついてみせる」
意識のない彼に私の決意を語り掛ける。
おそらく英雄の力に届きかけている彼の姿に、心が震える。
この程度で強くなったと思っている自分に喝が入った気分だ。
まだ暫くは、彼のあの技に対抗する手段は持てないだろう。だがいつか届いてみせる・・・!
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