第444話クロトの訓練ですか?

「・・・おじいちゃん、お仕事大丈夫?」

「ああ、大丈夫ですぞ。やるべき事はやった上での休憩みたいな物ですからな」

「・・・なら、良いんだけど」

「ふふふ、お気遣い頂きありがとうございます」


最近お父さんが訓練をしている間は、殆どコマを扱う類の盤上遊戯をしている。

と言っても相手をしてくれるのはヘルゾおじいちゃん位で、基本的には一人で教本を見ながら動かしているだけだ。

そこにヘルゾおじいちゃんがやって来て、色々教えられながら勝負するのが日課になりつつある。


「そういえば、クロト君も未開地の探査について行くらしいですね」

「・・・うん、お父さんが行くみたいだから」

「出発したら、しばらく遊べませんねぇ」

「・・・うん。でも、帰ってきたらまたやろう。その時はもう少し強くなってると思う」


僕がそう言うと、とても嬉しそうに目元の皴を深くする。

おじいちゃん、よっぽどこの遊戯好きなんだな。僕以外に相手がいれば良いんだけど。

そこまで人気のない遊びらしいから、やっぱり難しいんだろうな。

・・・それに孫と遊べないみたいだし。


「ご家族はみな、何やら訓練などをされているようですが、クロト君は一緒に居らずとも良いのですか?」

「・・・うん、邪魔になるし」


僕は自分が面倒をみられる立場だと解ってる。

イナイお母さんは僕が居ると、僕の世話や面倒を見ようとするからその分作業が止まる。

シガルお母さんもヘロヘロの状態で帰ってきても僕の世話を焼こうとするし、訓練の場にはハクが居るから余計な気を回すだろう。

お父さんに関してはあんまり気にせず訓練はすると思うけど、あれは僕が見ていたくない。あの訓練は怖い。


「・・・それに、僕も何もしてないわけじゃ無いよ」

「ほう、それはそれは。クロト君の力は知っているつもりですが、何か新しい事でも?」

「・・・お父さんとの約束だからむやみに使えないけど、力の使い方はずっと考えてる」

「ほう・・・使い方、ですか」


僕のこの黒の使い方。これを下せるのは一部の存在だけ。けど破れる相手がいる以上、単に身にまとう以外に上手く使う方法を考える必要が有る。

この間のハクとの一戦がそうだ。自分の身を隠して罠にはめる様に使った。

弱い力なら打ち消されてしまうハク相手でも、使い方次第では手玉にとれる。

初めてハクと戦った時の様な力押し、黒の力頼りの戦い方だけじゃ、きっとあいつに勝てなくなる。

なら、頭を使え。あいつに勝つ方法を考えろ。その結論に至るのは当然だ。


「・・・ハクに、負けるわけにはいかないから。あいつには、負けない」


あいつがいつ、どこまでたどり着けるかは解らない。けど、このままだといつか勝てなくなる。

ハクに負けるなんて、絶対したくない。

初対面の時からあいつの事は気に食わなかった。あの時は理由は解らなかったけど、今なら解る。

あいつはあの時すでに枷を外し始めていた。だから、過去の自分が嫌いな存在と同じ気配がしたから気に食わなかったんだ。


けど、今はそんなものどうでも良い。心の奥底で確かにあいつを嫌う何かが有るのは間違いないけど、重要な物はそんな事じゃ無い。

『僕』が『ハク』に負けたくないだけだ。理由なんてただそれだけ。

あいつに、あの女に、僕は負けたくない。あいつ以外には負けても良いから、ハクにだけは負けたくない。ただそれだけの下らない理由だ。


「ふふ、ただでさえ強いクロト君が更に強くなるですか。それは恐ろしいですなぁ」

「・・・おじいちゃん、全然怖いと思って無いでしょ」

「そんなまさか。あの強さを目の当たりにしているのですから。おお、怖い怖い」

「・・・別に、良いけど」


ヘルゾおじいちゃんは絶対怖いなんて思って無い。むしろあの目は子供に向ける優しい目だ。

いや、おじいちゃんは孫がいるし、孫を見る目が正しいのかな。

彼は僕を孫代わりにしているのだから、当然と言えば当然か。


それにおじいちゃんはあの赤毛の人と近しい人の筈だ。だから僕が多少強くなった程度で揺るぐ筈も無い。

現状どうあがいたって、僕はあの人には勝てないし。

多分全力の一撃でも一切通じない。それ位あの赤毛の人と僕には力の差が有る。


「・・・あ」

「あ、これはしまった・・・うーん、どうしますかの」


ヘルゾおじいちゃんが指した手に、思わず声が出た。

その声を聞いておじいちゃんも自分の悪手に気が付く。誘導していたとはいえ、上手く決まるとは思っていなかったので自分でも驚いてしまった。


「・・・おじいちゃんも、うっかりってあるんだね」


おじいちゃんの困っている唸りを聞きながら、コマを動かす。

ちゃんと、間違えないように。


「あはは、これは参りましたな。私も人間ですから、こういう事も有りますぞ。うーん、どうしたものか。これは厳しいですなぁ」


難しいと唸りながら、とても楽し気なおじいちゃん。

僕の手の傾向と、自分の手を頭の中で積み上げているのだろう。


僕も最近は解って来たけど、多分これは相手がおじいちゃんだからな気もする。

何度も何度もやって、おじいちゃんの打つ手の傾向を読みながらやっている。


なので実は今おじいちゃんがうっかり打った一手の続きは、あまり頭に出来上がっていない。

誘導が上手く行ったので手はいくらでも有るのだけど、返しの手が予想外だった場合自分の首を絞めかねない可能性も有る。


「うーむ、これは・・・」


珍しく長考するおじいちゃん。今までは僕の誘導にはまったように見せてまた僕が誘導されるという展開ばかりで、こんなに長考するのは初めてだ。

だからこそ、さっきの本当に失敗したという言葉に、珍しいという思いの言葉が出た。


「・・・おじいちゃん、飲み物取ってこようか?」

「おお、これは申し訳ない。ならば戻ってくる前に考えを纏めておきますぞ」


嬉しそうに礼を言うおじいちゃんに頷き、飲み物を取りに行こうと椅子から降りる。

おじいちゃんは笑顔で顔で僕を見送っているけど、多分頭の中は全力で手を考えてると思う。


「・・・ここからだと、何処が近かったかな」


このお城は広い。転移装置が有るとはいえ、水場や食事処を一か所に纏めるなんてことはしていないので、そこそこ近くに水場はある。

でもせっかくだし、おじいちゃんに考える時間を上げる為にも台所まで行って何か美味しい飲み物でも作ってもらおう。


・・・そういえば僕、料理とかできないな。台所の高さも調理道具の大きさも体に合わないせいか、手伝いもあんまり言われないし。

そうだ、少しは出来ればお母さん達が僕の世話を焼く事も減るかもしれない。

・・・減るのか。やだな。いや違う、面倒が減る分時間が空くんだ。ならその方が良い。


「・・・お父さん達の時間が出来たら教えて貰おう」


今はお父さん達はみんな忙しいから無理だけど。


「あれ、君、クロト君、だよね」

「・・・え?」


その声に驚きながら振り向く。

近づかれたのが全くわからなかった。声を掛けられるまでその存在の認識すらできなかった。


若干僕と似たような、ゆったりした語り方。いつも半分開かれていないような眠たげな眼に、腰まで有る黒髪。

たしかミルカって名前だっけ、この人。


「・・・こんにちは」

「うん、こんにちは」


・・・それ以上会話が続かない。僕は僕で呼び止められただけだし、何も言う事は無い。

向こうは向こうで呼び止めたのに、特に何も言う気配がなくぼーっとしている様に見える。

首を傾げて眺めてみるが、動く気配がない。


「ねえ、クロト君。君、前に私の事、不思議な風に言ってたね」

「・・・うん」


表情も雰囲気も一切変わることなく、唐突に問われた。

多分初めてこの人を見た時の話だろう。

その時の印象は今でも変わっていない。この人は明らかに変だから。


「クロト君は、何が見えてるのか、機会が有れば聞いてみようと思ってた」

「・・・だって、弱い筈なのに、強い様にしか見えないから」

「その理由、聞きたい」

「・・・貴女は、本当なら肉弾戦なんかできない。ううん、戦闘なんか出来る体じゃない」


僕の目には、目の前の存在がとても弱い、今消えてもおかしく無い筈の存在に見えている。

なのにその存在から感じる威圧感は、明らかに強者の威圧感。

とても矛盾した存在が、目の前の人間。だから不思議なのだと答える。


僕の答えを聞いて、今まで表情の変化が無かった彼女の口元が吊り上がる。

目はそのまま、口だけが笑顔に。


「やっぱり、見えてるんだ」

「・・・良く解らないけど、貴女が生き物として本来弱いのは解るよ」

「うん、そう、その通り。だからこそ、私は強くなれた」

「・・・?」


弱いからこそ強くなった?

どういう意味かが良く解らない。


「ああ、ごめん。言いたい事はそこじゃ無かった。その話、タロウにした?」

「・・・ううん、してない」

「そう、なら、タロウが今後強くなるために、内緒にしておいてほしい」

「・・・お父さんの為?」

「うん、タロウの為」


黙っておいた方がお父さんもっと強くなれるのか。

この人は僕の黒を破壊したし、ハクが勝てない相手だって聞いている。

ならその言い分はきっと正しいのかもしれない。けど。


「・・・お父さんに聞かれたら、僕は言うよ」


だって、それを黙っている意味が僕には感じられないから。

きっと、言ったってお父さんは強くなる。だってお父さんは凄く強いんだから。


「そっか、それは残念」


全然残念そうに感じられない表情と声音だ。

というよりも、ここまでさっきの笑顔以外、一切表情も声音も変わらない。

どこか面倒くさげにすら感じる。


「・・・でも、聞かれない限りは、黙っとく」

「うん、それで良いよ。無理いってごめん。ありがとう」

「・・・お父さんが強くなるなら、それはお父さんの為になるから。別にお礼は要らない」

「そっか」


一切表情の読めないまま、彼女は僕の頭を撫でる。

お父さんは結構表情がコロコロ変わる人って言ってた記憶が有るんだけど、眠たげな眼が変化する気配は見られない。


「じゃあ、何やってたのか知らないけど、邪魔してごめん。じゃあね」


僕の頭から手を離すと、彼女はそのまま僕の横を通り過ぎて行った。


「・・・変な人・・・あ、しまった、早く飲み物取りに行かなきゃ」


結構時間が経ってしまった。ちょっと急いで行こう。

それにしても、あの人の使う力何なんだろう。

お父さんが使う力とは違うみたいだけど・・・。

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