第443話トレドナが帰りの挨拶をしに来ました!
「・・・いい天気だなぁ」
空を眺めながら、誰に言うでもなく呟く。
いや、そもそも今周囲には誰もいないので、誰に言うでも無くという話ですらないのだけど。
何かここ毎日俺がここで鍛錬をしているせいなのか、今日は誰も来ない。
「うーん、これ予想以上に話にならん」
あれから五日ほどたって、イナイも外装の製作に戻ってしまった。
シガルは俺の鍛錬には一切ついて来ず、毎日ハクとどこかに行ってボロボロになっている。
ただ、昨日何か掴んだような話をしていたから、何かしら上手く行っているんだろう。
クロトは基本的には俺と一緒にいるんだけど、鍛錬の時間だけはどこかに行っている。
クロトにもこの魔術を見せたら、見てるのが怖いからその訓練をしてる間はお父さんに近づかないって言われた。
意味もきいたんだけど「解んないけど怖い。不安になるから嫌」だと言われるだけだけで、要領を得ない。
その間何しているのかも聞いたら、この間の盤上遊戯の相手を見つけたらしくて遊んでるらしい。
遊び相手がいるなら良い事だなと思って、そこは好きにさせている。
しかし、こないだの仙術の使い過ぎで倒れてた時の事も考えると、仙術関連で違う物が見えてるのかもしれないな、クロトは。
そういえばミルカさんと初めて会った時も、クロトは不思議そうな顔してたっけ。
弱いのに強いだか、強いのに弱いだか、そんな事言ってたような気が。
「とりあえず無意識に任せて体を動かせば、単純な戦闘だけは出来る様になったけど・・・」
問題は加減が効かない事だ。打つなら完全に打ち抜く。切りつけるなら完全に振り切る。
寸止めとか、加減して殴るとか、そういう行動が出来ない。
かんっぺきに力に振り回されてる。
ただ利点としては仙術でやってる行為が生命維持だけだから、消費や負担が少ない事なんだよな。普通の状態に保とうとしてるだけだからね。
それでも多少は消費するから、ずっと使いっぱなしって無理だけど。
弱化に関しては何度か使ってみて分かったけど、消費した感覚は無い。
むしろ元に戻した際体が軽くなったぐらいだ。まあこれは多分、単純に負荷から解放されたおかげなだけだと思うけど。
「あのー、大丈夫っすか?」
まだまだ色々上手く行っていない事をどうしたものかと悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を向けると予想通り、トレドナが俺を見下ろしていた。
フェビエマさんもその後ろに立っており、静かに頭を下げる。
「大丈夫大丈夫、もう少ししたら回復するから」
とりあえず弱化状態の体を起こして、トレドナに応える。
起き上がるのすら体が重いな。
「な、なんか顔色悪いんですけど、本当に大丈夫っすか?」
「あー、大丈夫大丈夫。少しは慣れてきたから」
「慣れてって、やっぱまだ回復して無いんすか? 訓練所に行くようになったって聞いたんで挨拶に来たんですけど・・・」
「ん、ああ、大丈夫大丈夫。これは単純に鍛錬の影響だから、気にしなくて大丈夫だよ」
「なら良いんすけど・・・」
良いと言いつつも、不安そうな顔をするトレドナ。
そりゃそうだろうな。自分でも今の状態は明らかに不調だと解ってるし。
「んで、今日はどうした?」
「帰る前に挨拶しておこうと思ってたんすよ。でも兄貴の回復がどの程度のものか解らなかったんで、少し待ってたんすよね」
「ああ、そうなのか。別に気にしなくてよかったのに」
寝込んでる間にも別に喋れない程じゃ無かったんだし、普通に来ればよかったのに。
下の世話とかされてる時に来られたら困るけど。
「妹もシガル姐さんに懐いたみたいで、少しぐらいここに居る時間引き伸ばさせてやろうかというのも有りましたんで」
「・・・え、なにそれ、妹さんシガルに懐いてんの?」
「え、聞いて無いんすか? この間もお姉さまに膝枕をして貰ったんですよって喜んでたんですけど」
え、何それ知らない。いつの間にそんなに仲良くなってたの。お姉さまってどういう事なの。
・・・聞いた限りちゃんと仲良くなってるのかな。俺への敵対心を考えるとすげー怖いけど。
後でシガルに一応聞いておこっと。
「んで、今日帰るのか?」
「いえ、とりあえず帰る事を護衛と妹に伝えて、準備してっすかね。つってもそんなに時間はかからないすけど」
「そっか、気をつけて帰れよ」
「あはは、うちは他国より帰るの楽っすよ。自国にも国境傍に王都まで飛べる転移装置を設置してもらってますから、帰りもそこに行く予定です」
あー、そうか、こいつの国ってウムルにとっては恩の有る国だっけ。
色々と優遇されてるんだったな。
「まあでも、道中何が有るかは解らないわけだし、警戒するに越した事無いだろ」
「そうっすね。それに俺もここに来て、国の状況に思う事が有りますし」
「国の状況?」
「ええ、まあ。親父の考えは解るんすけど、このままじゃダメだって思うんすよ・・・いっ、えっと、すんません。兄貴に愚痴っても仕方ない事なんで、聞かなかった事にしてください」
「ん、どうし―――」
・・・あ、こいつフェビエマさんに背中をつねられてるっぽい。
表情を保とうとしたみたいだけど、全然保ててない。痛いのを我慢している顔になってる。
多分言っちゃいけない事言おうとしたんだろうなぁ・・・。
「安心してください、俺は何も聞いて無いので」
フェビエマさんに向かって一応言っておくと、申し訳なさそうに頭を下げられた。
やっぱこいつ、言っちゃダメな事口走りかけたらしい。
この手の事に関しては俺も人の事言えないけど、こいつの場合口走る内容が国家機密な可能性が有るからなぁ。
「ま、まあ、俺の方はそんな感じっすよ。兄貴は・・・その、大丈夫っすか?」
「ん、さっきも言ったじゃん。もう大丈夫だよ」
「いや、その・・・」
えらく神妙な顔してどうしたんだろこいつ。
怪我は本当にもう何とも無いんだが。
「・・・兄貴、俺は兄貴が誰に負けたって兄貴を尊敬してますから」
「何だよ急に」
「いえ、俺が言いたかっただけです。不快にさせたんならすんません」
「・・・ああ」
ああ、そうか、そういう事か。
こいつに心配されるぐらい、俺の負け方は無様だったって事か。
・・・くっそ。
「ま、次は負けないように頑張るさ」
「そうっすよ!兄貴はもっと強くなれますよ!」
「ああ、頑張るさ」
「・・・じゃあ、俺はこの辺で失礼します。兄貴の邪魔になるわけにもいきませんし」
「ん、じゃあな」
トレドナが頭を下げてその場を去っていくのを見届け、俺はまた訓練を再開。気功の流れをさらに弱めて立ち上がる。
まともに視界が定まらずふらつくが、倒れないようになんとか踏みとどまる。
これで倒れてちゃ話にならない。
くそ、絶対これ物にしてやんぞ。
バルフさんに負けた事自体が悔しいわけでも、あいつに慰められたことが悔しいわけでもない。
あいつに、トレドナに心配されるぐらいの負けをシガルに見せたってのを確認しちまった。
体がきつかろうが吐こうが知った事か。今までだって大概血反吐を吐いてんだ。
どこまで使えるように出来るかじゃない。実戦レベルに絶対仕上げる。
今更何度倒れようが関係ねえ。絶対使いこなしてやる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます