第441話シガルの本当の目標ですか?

「んじゃま、見ててね」


王城の訓練所の中でも一際人気のない場所の、さらに端っこでタロウさんが魔術を使う。

先ずは普通の強化魔術。いつもタロウさんが使っている、普通の強化魔術だ。

タロウさんが本気で魔術を使った時と同じぐらいの強化具合まで使っている。

けど、特に変わった様子は―――。


「えっ」


まって、まってまって、おかしい、タロウさん、何やってるの。

魔力の流れが纏まってない。全然制御できて無いよそれ!


「た、タロウさん!」


心配になって思わず叫ぶ。だって、魔力の流れが明らかにおかしい。

タロウさんの体を纏う魔力が、完全に暴走している。

これじゃ、タロウさんの体が壊れるどころの話じゃない!


「やっぱり、シガルは見ただけで解るか」


けど、あたしの心配をよそに、平気そうな顔で魔術を維持し続けているタロウさんが居た。

普段の強化魔術の数倍どころじゃない魔力を、暴走させたまま当たり前のように維持している。


「た、タロウさん、平気なの?」

「平気では、無いかな。結構ギリギリ」

「か、体動かせるの、それ」

「あ、うん、動かせるよ」


タロウさんが私に応えて腕を動かすと、そのたびに魔力の流れが乱れる。

明らかに制御出来てない。あたしの目には、どう見ても制御できていない。

なのに、タロウさんは平然と立っている。なに、これ。


「・・・うーん、一度成功したから多少解って来たけど、やっぱきついな」

「そ、そんなの当然だよ!本当に大丈夫なの!?」

「あ、いやごめん、大丈夫大丈夫。そんなに心配するような状態じゃないよ。でもまあ、一回解こうかな」


ハラハラしながら見ていると、タロウさんは強化魔術を解いた。

無茶な事を止めてくれたことにホッとするが、そもそもその無茶をつづけた反動が無い筈が無い。


「タロウさん、その、体大丈夫なの?」

「・・・んー、反動は昨日と同じぐらいかな。少し休む必要が有ると思う」

「す、少しって、さっきのどう考えても体壊れる暴走具合だったよ」

「うん、けどそれを無理矢理仙術で制御してたんだ」


仙術で制御・・・そういえばタロウさん、仙術を使えば無理矢理体を正常な状態に保つことも出来るって言ってたっけ。

でもそれって、結局無茶してる事には変わりない。

仙術の力は、常時使い続けられる力じゃないって聞いている。


「これが昨日言ってた魔術。俺の切り札になりうる魔術かな」

「・・・仙術を生命維持に回す代わりに、一つの魔術の強化を倍以上の性能に引き上げる・・・そんな所?」

「正解。流石シガル」


褒められたけど、嬉しくない。

こんな技、心配の方が勝ってしまう。


「タロウさん、本当にこれを使うの?」

「・・・うん、ごめん。見えるシガルには心配だと思うけど、これを使えなきゃ、多分駄目なんだ」


あたしにはさっきの魔術は見てて怖すぎる。

だって、あんな暴走、一歩間違えれは術者は再起不能になりかねない。

いや、一瞬だけや、使おうとした瞬間の負荷だけがかかるなら良い。けど、維持し続けた魔術の負荷が一気にかかれば。

・・・一瞬だけでも体が壊れる事が有るんだ。下手をすれば死ぬかもしれない。


「タロウさんは、解ってて使ってる?」


あえて何をかは明確に言わずに聞く。彼がこの力のリスクを理解しているのか。


「・・・仙術を使えるとさ、自分の状態良く解るんだ」


それがタロウさんの答え。つまりタロウさんは今の魔術が、一歩間違えれば死に至る物だと理解して使っている。

あの敗北は、この間の勝負は、タロウさんにこの魔術を使う覚悟を持たせるだけの意味を持たせてしまった。

・・・いや、違う。あたしだ。何よりも、あたしがタロウさんに覚悟を決めさせたんだ。


「・・・そっか。うん、解った。タロウさんが解って使ってるなら、あたしはもう何も言わない。頑張って」

「おうともさ! 頑張って使いこなして見せるよー!」


私の声援に、にこやかに答えるタロウさん。

けど、今のタロウさんは間違いなく無理している。本来なら、立っていられる筈が無いんだ。

・・・きっと、彼はあたしの前ではずっとこうやっていくのだろう。心の弱さは見せてくれても、私が憧れたタロウさんをやり続けるのだろう。

それは憧れた身としてはとても素敵だと思う。けど、愛した身としてはとても悲しい。


何て我儘な女だ、あたしは。


「・・・じゃあ、あたしはハクとの約束通り、ちょっとハクと出かけて来るね」

「んー、ついて行かない方が良い感じ?」

「たぶん、ハクはついて来られたくない感じだったかな」

「了解。んじゃ、気を付けてねー」

「うん、行ってきまーす」


タロウさんに笑顔で手を振って、その場を離れる。

タロウさんが見えなくなったところで、全力で廊下を走る。

ハクの元まで、全力で。





『お、お帰りー・・・どうした、シガル』


ハクは笑顔で私を迎えてくれたが、私の表情に心配そうな顔になる。

きっと、必死な顔をしているに違いないだろう。


「・・・ハク、教えて。あたしに必要な物って何?」

『・・・なんか良く解らないが、大丈夫か、シガル』

「大丈夫だよ。だから、お願い」

『うーん・・・分かった』


ハクはあたしの様子が普段と大分違う事に心配をするが、今のあたしにはそれ所じゃない。

ハクは昨日、あたしに必要な物を教えてくれると言った。多分それは、間違いなく必要な物だと思う。

あたしは彼女を信用している。だから、あの言葉を疑う余地なんて無い。


『じゃあちょっと、遠くまで行こうか。街を出るからそのつもりでいてね』

「解った」


街の外にっていう事は、周りを気にしないで出来るところじゃ無いと駄目な事か。

どんな事だろう。いや、どんなことでも身に付けて見せる。





あたしは決めたよ。今日、あの訓練場で今までのあたしは止める。

タロウさんに憧れて、背中を追いかけていた今までのシガルって小娘は止めだ。


これからは絶対に並ぶつもりで、いや、追い抜くつもりで走り抜ける。

彼があたしを対等とみてくれる様にする為に。

あたしは彼を愛している。なら、ここがその愛の証明の場所だ。


弱った時の心だけじゃない。あの人の、普段からの全ての拠り所になる為に、あたしは今までのあたしを捨てる!

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