第439話シガルはちょっと我慢ですか?

『ついて行かなくてよかったのか?』


最近構ってあげられなかったグレットの毛皮をブラッシングしていると、ハクがあたしを気遣う様に聞いて来た。

多分タロウさんと一緒に行かなくて良かったのか、という話だろう。


「うん、寝込んで最初の頃独り占めしてたし、最近はあたしの方が一緒にいる時間多いからね」


お姉ちゃんはお姉ちゃんで自分のやりたい事をやっているのは知っているけど、それはお姉ちゃん自身の我儘じゃない。

いや、我儘だとしても皆を守る為の我儘だ。ならあたしは、それをただの我儘とは思えない。

それに連絡遅れちゃったし、そのお詫びも込めてだね。


『お前たちは時々そういう所面倒くさいよな』

「あはは、確かにそうかもね。でもハクだって、あたしに色々気を遣ってくれるじゃない」

『私は私のやりたい事をしているだけだからな』

「あはは、そっか」


ハクはこういうけど、彼女は良く考えて、よく見て動いている。

戦うのが楽しそうな相手を見つけると色々とダメになるけど、基本的にはちゃんと思慮が有る。

言動の加減と、欲望に忠実過ぎる時が有るせいでその辺りが見えにくいけど。


ハクとよく一緒にいるあたしには、そんなハクが何を言いたいのか読み取れてしまう。ハクは『あたしが我慢をしている』というのが、解っているのだと。

自分でもこういう時、平気な顔して強がっているのは解っている。

お姉ちゃんは魅力的な女性だ。それこそタロウさんがお姉ちゃんだけを見つめてもおかしくないぐらい。

だからあたしはこの関係の中で、あたしがそこに居られるように、あたしが有る事が当然であるようにと頑張っている。

それでもそんな事は些細な事と、あたしの事を見なくなるんじゃないのかなんて恐怖は、いつだってそこに有る。


だからどうしても、我儘を言っても後が絶対大丈夫だと思える時にしか、我儘を言えない。

お姉ちゃんの様に、自分らしくある事がタロウさんに愛される人とは違うから。

・・・やだなぁ。こういう所本当に嫌いだ。お姉ちゃんの事も大好きで尊敬しているのに、どうしても嫉妬してしまう。

どうしても自分より大きすぎる人だというのが狡いと思ってしまう。


やめよう、この考えは悪い方向にしか行かない事だ。

あたしはタロウさんを愛しているし、イナイお姉ちゃんも大好きだ。

だから、それで良い。


「そう言えばタロウさんが寝込んでる間クロト君と良く出かけてたみたいだけど、仲良くなったの?」

『・・・あいつがいないとグレットが怖がるから』

「ああ・・・」


タロウさんが倒れている間、グレットの世話は私がやっておくとハク自ら言ってきたので任せていた。

二日目からクロト君を連れて行くから何故かと思っていたら、そういう事だったのか。

三日目からはクロト君の方がハクに声をかけて行っていたので、やっと仲良くなったのかなと思ったんだけど。


『そう言えば最近あいつ、少しおかしいんだ』

「クロト君?」

『うん、前だったら私の傍にいるのもっと嫌がったくせに、最近はなんだかそうでも無くて』

「へえ」


クロト君が帰って来た時の話は詳しく聞いて無いけど、やっぱり二人に何か変化が有ったのかな?

合わない二人だと思ってたけど、少しでもすり寄れるならよかった。

・・・二人はあたし達より、きっと長生きだろうから。


『何か凄く気持ち悪い』

「あ、ああ、そうなんだ・・・」


苦いお茶を飲んでる時と似たような、嫌な物を無理矢理食べてるような表情になるハク。

うーん、そっかぁ、ダメかぁ。

でも少しでも関係が改善している気配は有るし、気長にみるしか無いかな?


「そう言えば、そのクロト君はどこ行ったんだろ。やりたい事が有るって言ってたけど」

『最近は爺さんと遊んでるみたいだぞ?』

「爺さん?」

『ヘルゾって爺さん。なんか庭で遊んでるの見かける』


ヘルゾさん? ヘルゾさんって、あのヘルゾさんだよね。

何やってるんだろう。クロト君とヘルゾさんって、共通点が解らない。

ヘルゾさんがクロト君に興味持ってるとかなのかなぁ。ちょっと心配かも。

でもクロト君は賢い子だし、本当に困ったら今度は相談してくれる、よね。

一応今度、キャラグラさんかお父さんに聞いてみよう。

・・・いや、キャラグラさんに聞こう。お父さんだと面倒。


「でもあんまり心配しすぎてもよくないかな」

『あいつは心配するだけ無駄だよ。あいつを壊せる奴なんか、そうそう居ない。だからいつか、絶対ぶったおす』

「あはは、お互い大怪我しない程度にお願いね・・・タロウさんの時も凄い心配だったけど、ハクとクロト君も、なるべくはそんな大怪我をする所は見たくないよ」

『・・・頑張る』


少しつまらなそうに返すハクを見て、ちょっと安心した。

前よりクロト君に対する言動が、柔らかくなっている。

やっぱり前よりは少しずつ、二人の関係は良くなっているのかもしれない。

いつまでも一緒の時間を生きられない身としては、人間の友人としては、竜の友人と同じ時間を生きられそうな人とは仲良くしていてほしい。


それはクロト君にも同じ事だ。彼はきっと私達よりもずっとずっと長い時間を生きるんだろう。

その中で二人が少しでもその時間を共有できれば、友人として、保護者として安心できる。


『所でそれ、いい加減邪魔じゃないか?』

「あ、あはは、いや、まあ、うん、少し」

「ああ、申し訳ありません!お姉さまの傍にいるのが心地よく、思わず意識が飛びかけておりました!」


ハクの言葉に応えると、凄まじい速度であたしから離れるバレンナ王女。彼女はさっきからずっと、あたしの膝の上に転がっていた。

偶々ハクが私の膝に転がっている所を見つけたらしく、息を切らして挨拶に来た。

気持ちいい物なのかと聞かれたのでやってみますかと聞いた所、彼女はここが地面なのも、自身がドレスな事も構わずに転がったのだった。

冗談だったんだけどな・・・。


護衛の方々はため息を付いているのだが、あたしにそんな態度をとられても困る。

この人達はきっと『せめて相手が男ならば』と思っているのだろうけど、彼女が兄以外の男になびくわけが無い。

あたしにはそれが解ってしまう。


「バレンナ殿下はお兄様と仲がよろしいでしょう?膝枕ぐらい体験あるのでは?」

「お兄様とは仲睦まじい事は確かですが、余りこういう事は。それにお姉さま、他人行儀過ぎます。バレンナ、と呼び捨てでお呼びください!」


この王女様も、兄の王子様も、あたしが平民だってこと忘れて無いかな。

いや、バレンナ王女にはちょっと有ったから、ただの平民とみられないのはしょうがないんだけど。


「それは流石に。護衛の方や他国の方の前では示しがつきませんよ?」

「構いません!お姉さまの事をとやかく言う輩など、私は全力を持って排します!お姉さまの害になるような者は認めません!」

「構います・・・はぁ・・・」


何でこの兄妹はこう両極端なんだろう。タロウさんを尊敬している兄の方は単純に見てて楽しい所も有るけど、こっちは少し質が悪い。

扱いが愛するお兄様の少しだけ下ぐらいの扱いな気がする。


「解った。じゃあ貴女の護衛と、あたしの身内の時だけは普通に話す。それでいい?流石にそれ以上は譲れない」


流石にウムルの監視に関しては、私にも解らない範囲が有るのでそこまで気を張っていられない。

けど、彼女とあたしの関係は国も知っているので大丈夫だろう。


「はい!もちろんですお姉さま!」


あたしの言葉に満面の笑みで応えるバレンナ王女。

慕ってくれるのは嬉しいなと思う半面、扱いが面倒くさい。

タロウさんがトレドナさんと話している時の気持ちってこんな感じなんだろうな。

ちょっと反省しよう。


「所でまだ帰らなくて大丈夫なの?お父さんは帰ったんでしょ?」

「お兄様と一緒に帰ろうかと。お兄様は帰る前にタロウ様に挨拶をしたいようで、まだおられるのです」

「ああ、成程」


多分タロウさんが負傷した事は知っているんだろう。

回復待ちして、明日か明後日くらいに挨拶に来て、二人で帰る感じかな。


「良く許してもらったね」

「そ、それなんですけど、お姉さまの事を少し話しまして。その、すみません、ダシに使わせて頂きました」


・・・なるほど、向こうの王様はお父さんから何か聞いてるのかな。

あれで一応、優秀でえらい人らしいからなぁ、お父さん。普段からはぜんっぜん解んないけど。

後はキャラグラさんから何か聞いてるかとかかな。

私個人の力量はそれこそタロウさんより不明の状態の筈だし、その辺りからしか考えられない。


「良く学んで来いと、許して頂けました」

「そう・・・」


何を学ぶんだろう。多分余計危ない子になるだけだと思う。

ああ自制心の強さだけは、多少はマシになるのかな?

あとは、手を出す際にはどう手を出せば良いのかを見極める様に・・・これは教えちゃダメだ。


「お兄様との時間は大切ですが、国に帰ればまだ沢山時間が有ります。ですがお姉さまといられる時間は少ないのです。しっかりと傍にいて、お姉さまを学ぶつもりです!」

「そ、そう。普段はあたしそんな大した事して無いけど良いの?」

「いいんです!その普段のお姉さまも素敵なんですから!」


・・・ごめんタロウさん。トレドナさんの事にこやかに見てて。

これ、物凄く、面倒くさい。

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