第438話ブルベさんの実力を知ります!
暫く訓練場の端でいちゃついていたのだが、途中でイナイさんが正気に戻ってしまったので移動する事になった。
でもまあ、ある程度から誰も近寄らなかったので、すでに手遅れだと思う。
多分、今あの二人が居るから行かない方が良いぜ的な話になってそう。
イナイが通路を通る際に出会う兵士さんが、背筋を伸ばしつつも生温い目を向けてくるのがそれを物語っている気がする。
イナイさんはおそらく気が付いておられます。そしてちょっと恥ずかしがるイナイさん可愛いです。
「くそう、暫くシガルと一緒にお前の世話付きっ切りでやってたせいで、余計に距離感がマヒしてた」
「あはは、俺としてはイナイとくっつく分には楽しいけど」
「・・・あたしだってそうだけど、そうじゃなくて、場所を弁えなきゃいけねえだろって話だ」
ああ、城内の訓練場でやるのは良くなかったって話しかね。
・・・言われてみりゃそりゃそうだ。お前らどこで何やってんだよって感じだ。
言われたことに納得して頷いていると、ふと何かに気が付いたようにイナイが足を止める。
俺も同じ方向を見るが、特に変わった様子はない。どうしたんだろう。
「そう言えばお前、ブルベの実力見た事ないよな」
「え、うん。強いのは何となく解ってるけど」
あの人には何の気配も感じられず、後ろ取られたし。
魔力の波長も、単純に足運びの気配も、何も感じなかった。
流石に戦闘に意識を切り替えていれば多少は違うとは思うけど、ミルカさん達にそれ言ったら間違いなくただの言い訳だって言われるんだろうなぁ。
「今日はあいつ訓練してる筈だから、見に行ってみるか?」
「んー、邪魔じゃないなら」
シガルに聞いたあの英雄譚の、何でも出来る王様の訓練風景。
ちょっと気になる事は気になる。
あの人もあの面子の一員なんだし、きっとすごいんだろうな。
「んじゃ、ちょっと覗きに行ってみるか」
「はーい」
イナイはさっき見つめていた通路の先を歩いて行くの、素直に後ろをついて行く。
今日は二人での移動なので転移装置も使えて移動はあっという間だ。
転移してまた少し歩いた先に、複数人の騎士さんが扉を塞ぐように立っていた。
だが彼らはイナイを目にすると、すっと扉を開いて先を促す。
イナイは背筋を伸ばしたまま、特に気にせずそのまま歩いて行った。
若干気後れしながらも、俺もイナイの後ろをついて行き、暫くすると扉は静かに閉じられた。
扉の通路にも数人の騎士らしき人達が立っていて、所々に有る扉にも数人の騎士が扉を守るように立っている。
城の中も兵士さんや騎士さんがどこかの入り口前で立ってたり、見回っていたりするのを見かけてはいるけど、ここはなんだか空気が違う。
「イナイさん、俺ここ入って良かったんですかね?」
「貴方が一人で入り込めば、捕えられて牢屋行きで済めばいい方、でしょうか」
ですよねー、何かそんな気がした。
明らかに空気が違うもん。
「とはいえそれは身分だけを見ればの話。タロウならばそこまで問題にはならないでしょう」
「あー、それはイナイの恋人だから?」
「それも有りますが、それだけでは有りませんね。貴方は解らないでしょうが、貴方の使う技の幾つかは、使えるだけで尊敬の念を持つ人間も居るという事ですよ」
使えるだけでねぇ。仙術の事かな。
でも習得した身としては、仙術は別に才能のあるないは関係無いと思うんだ。
叩きこまれた身としては、それこそ倒れた体を無理やり動けるようにさせられて、その状態で更に使え的な事をさせられれば、いやでも覚えられると思うの。
俺の場合、それを拒否したところで明るい未来が見えなかったからだし。
俺は自分が弱いのを知っていたし、仙術を教えられた時点では技工剣が無ければあの鬼にもまだ勝てなかった。
そう考えれば、どれだけ毎日倒れるような訓練だったとしても、生き残るために必死になるのは普通の事だと思う。
色々出来る様になっていくのが楽しかったのは嘘じゃない。でもそれ以上に死にたくなかった。生きていたかった。
今はイナイとシガルっていう理由が有るけど、あの時の俺はただそれだけだ。
あの技術を覚えないと生きていけないのだと、俺一人で生きていくには足りないのだと、心底信じていたからできた。
だから多分、皆それぐらいの気概でのぞめば使えると思うんだけどな。
樹海でミルカさんに仙術の訓練をさせられ始めた頃の事を思い出していると、とある大きな扉の前でイナイが止まる。
勿論そこにも騎士さんが数人立っているが、イナイが扉の前で立ち止まったのを見るとその扉を開いた。
「何これ。扉の向こうに扉?」
イナイがすたすたと入っていくのについて行きながら、目の前の光景に少し驚いて呟いてしまう。
通路というほど長くないが、部屋という程広くない中途半端な空間の向こうに、もう一つ扉が有る。
中に入った時点で背後の扉は閉じられ、奥の扉はイナイ自らの手で開かれる。
「あれ、姉さん、タロウ君つれてきたの?」
「おや、少年。もう体は良いのか?」
そこにはすでにひと汗長したっぽいブルベさんと、木剣を手にして立っているウッブルネさんが居た。
見た感じだと、もう訓練は終わりなのかな?
「タロウにお前の実力見せてやろうと思ってな」
「あー・・・、んー、まあ、タロウ君なら良いか」
「あ、もしかして、見ちゃいけない事なんですかね」
周囲を見ると、結構な広い空間を取ってある部屋だが、室内にいるのは二人だけだ。
ここまで何人もの騎士が居たのに、この部屋には二人以外誰も居ない。
となると、王様の実力は内緒にしないといけない事なのかもしれない。
「あはは、なるべくは広めないでくれるとありがたいかなぁ。あんまり怖がられたくないのさ」
「え、怖がられるって、むしろ頼りになると思われるんじゃないですか?王様が強いって凄いと思いますけど」
実際シガルが目をキラキラさせて話してたし。
「国内ならね。でも私は他国に私自身が赴く事も多少はある。なのにそこで怯えられると少々困ってしまうのでね」
「私はその位の方が、やり易いと思うのですが」
「駄目だよロウ。それじゃダメだ。私達の代はそれで良いかもしれない。けど私達が居なくなった時どうするつもりだい?」
「・・・はっ」
んー、ダメなのかなぁ。
強い王様は自国なら頼りになると思うし、他国からすれば下手な事はしないようにって思うと思うんだけど。
例え代替わりしたとしても、そこまでに築き上げた物をそうそう簡単に崩すような者を、この人達が許すとは思えないんだけど。
だって、教え子に結構厳しいし、この人達。
「それで、タロウ君に私の実力を見せたい、だったっけ?」
「ああ、けどもう終わっちまったみたいだな」
「そうだね、この後はやる事が詰まってるし、イナイ姉さんが来たなら話したい事も有るけど・・・一合だけなら良いかな」
ブルベさんはそう言って彼の傍に有った刀を手に取り、居合いの構えをとった瞬間、俺は動けなくなった。
目の前の人物の一撃を躱せないと、防ぐ事が出来ないと感じ、体が恐怖で竦む。
嘘だろ、これはヤバイ。こんな人の相手をしたら死んでしまう。理屈もくそも無く、そう感じた。
そしてその感覚は一切間違っていなかった。なぜならその刀は、俺がやばいと思ったその瞬間には既に振りぬかれた後だったのだから。
一瞬、剣線が微かに走ったような、ただそれだけが何となく感じられただけ。
この速度は、リンさん並みの速度。あの時見せて貰ったリンさんに匹敵する速度だ。
こんな物見せられたら、怖すぎる。
「とまあ、こんな感じだね」
「――――っ、滅茶苦茶怖かったんですけど」
刀を収めると、さっきまでの圧迫感が完全に消え、にこやかな笑顔で言うブルベさん。
なるほど、この怖さをもし知ったら、逆らおうなんて気は起きんわ。
かつこの人さえいなければ、なんて考えも確かに起きるかもしれない。
「あはは、本気で振ったからね。でも、見えているんだね、君は」
「あー、えっと、何となくしか見えてませんけどね」
「それでも、解るか解らないかは大きな違いだよ」
リンさんも確か、似たような事を言っていたな。
確かに見えるのと見えないのでは大違いか。まあ今のは見えても一切反応出来ない物なんだけど。
「じゃあ、すまないが私はこれで失礼するよ。一度汗も流したいしね」
「あ、はい、すみません。お手数をおかけしました」
「あはは、いいよいいよ。姉さんの頼みだしね」
そう言って、部屋を出て行こうとするブルベさん。
イナイとウッブルネさんもついて行く様子なので、俺も一緒に後ろをついて行く。
ブルベさんはイナイに何か話が有ったみたいなんだけど、イナイはその話はまた後ですると言って、俺と一緒に戻る事になった。
なんかブルベさんが凄く残念そうな顔してたのは気のせいであろうか。
しかし、強いとは思ってたけど、何だあの強さ。
それに魔術もだ。あの人構えをとったあの時に、かなりの精度と速さで強化魔術を使ってた。
本当に『何でも出来る人』なんだろうな。
騎士隊長より強い王様ってなんだよ・・・。
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