第436話ちょっとした実験です!

「イナイごめんね、ちょっと一人じゃ不安でさ」

「そりゃあ構わねえが、何するつもりなんだ?」

「ちょっとした実験、かなぁ」


今日はイナイに付いて来て貰って、訓練場の端っこでひっそりと実験をするつもりだ。

まあ、イナイを連れて来ている時点で、完全にひっそりとは行かないんだけど。

昨日の時点で自分の体がまともに動くことは確認できた。

魔術も特に問題なく使える。なら、悠長に構えている場合じゃない。

今やれる事は今やっておきたい。


「実験ねぇ。あたしは何すりゃいいんだ?観察でもしてればいいのか?」


イナイは不思議そうに俺に聞いて来る。

まあ実験という言葉から連想する物は、確かに観察かな。

実験そのものの手伝いって線も有ると思うけど。


「イナイには、俺が制御を失敗した時に助けてほしくて」

「・・・お前本気でなにやる気だ?」


さっきまではだた不思議そうだったイナイは、俺の言葉で訝しげな顔になる。

いや、訝し気っていうか、心配している感じがするな。


「あー、危ないとは思うけど、完全に勝算の無い事するわけじゃ無いから、もしもの為に居てほしいなって」

「・・・結論を後回しにされると余計に心配になる。先に何すんのか言え」

「あっはい、ごめんなさい」


心配させまいとしたのだけど、逆に叱られてしまった。


「えっとですね、今からやるのは俺の弱点をカバーする実験です」

「お前の弱点ってーと、身体能力の低さか?」

「えっと、最終的にはそこなんだけど、それをカバーする能力の欠点のカバーかな?」

「ああん?」


方眉上げて凄むの止めてくんないかなー。怖いのですよ。

回りくどい説明になった俺が悪いのかね。


「えっと、俺が使える強化って4種類あるじゃない」

「おう、それで?」

「そのうちグルドさんの使う魔術、疑似魔法はものすごい魔力の消費が多いじゃない」

「そりゃな。あれの魔力は完全に自分で賄わないといけねぇからな」


うん、やっぱイナイも弱点は知ってるんだよな。

けど、そんな弱点のある物でも、グルドさんは当たり前に使っている。それはなぜか。

そんなもん単純明快だ。魔力量がただひたすらに多いからだ。

自力で使い続けても余裕なぐらい、あの人は魔力が多いからだ。


「けど俺はあの魔術を長時間使うには、魔力が足りない。あっという間に魔力が無くなっちゃう」

「その対策に、お前は強化を付けたり切ったりしてんだろ。基本は普通の魔術と、一瞬だけ強化しての仙術で行ける様に」

「まあね。この魔術で消費しすぎると普通の魔術も使えないし、仙術も使い過ぎると今回みたいな事になる」


そう、だからこそ、全力4重強化は決める時にしか基本的には使わない。使えないんだ。

けど、今回で思い知った。その4重強化で追いつけない相手や、4重強化でなんとか同じレベルに持っていける相手と長期戦になれば、きっと負ける。

初めて戦う相手、俺の力を知らない相手なら、仙術での奇襲をどこかでかければ行けるだろう。

けど、もし相手が俺の手の内を知っていたら。もしその奇襲が失敗したら。

それはすなわち、敗北が目に見える事になる。


「仙術のカバー案は今は無いけど、魔力のカバー案は考えてたから実験してみようかなって」

「ふーん。つってもどうするつもりだ。魔力回復の薬はあるにはあるが、おそらく消費に追いつかねえだろ」

「そうだね、疑似魔法の消費には多分追いつかない。アロネスさんにも聞いたから、それは解ってる」


魔力を回復する薬自体は、アロネスさんに教わっているし、知っている。

けどそれは、自然回復を早めるような物や、回復しても少量の物ばかりだ。

いきなり全回復するような、そんな薬は無かった。本来ならその回復量でも良いんだろうけど、俺に限ってはそれじゃ追いつかない。


「要は魔力が足りないんだ。魔力の総量が足りないから駄目なんだ。なら、どこかから補充すればいい」

「ああん? お前今自分でそれは無理だって言ったろ」

「うん、薬では無理って言ったよ」


そう言って、俺は精霊石を取り出す。

この実験の為に、とりあえず作った精霊石。

だけどちゃんと精霊石になった以上、その力は確りと此処に在る。


「元々お前はそれを使ってただろ。攻撃魔術にあまり魔力を使わず精霊石での攻撃って事なら既にやってる事だろ?」

「そうだね。内包されてる力がデカいから、それを利用して攻撃してた。けど今回はそういう使い方はしない」


前々から思っていた事。でもちょっと怖くて試せなかった事。

精霊石には、膨大な魔力が詰まっている。それは精霊石を作る元になった物の、全てを取り出し力に変えているからだ。


その力は、単純に元の差材だけの力じゃない。素材が繋がっている筈の世界の力も引き出している。

ならその力は、その力を取り出し魔力そのものを形に出来るなら、その力そのものを取り込む事も出来るんじゃないかと思った。


「今から精霊石の力を、純粋に俺の魔力に取り込んでみようかと思って」

「・・・多分本気で言ってんだろうなぁ。お前それ普通の奴が言ったらただの自殺志願だからな」

「あ、やっぱそう?」

「解って言ってんのかよ・・・」


そりゃまあ、危険な事しようとしているのは解ってる。

だって精霊石が保有している単純な魔力量は『俺の魔力総量より多い』んだから。

だからこそ、単品であんな馬鹿みたいな威力の攻撃が出来る。

なにせ、この石には既に世界から引き出した力が詰まっているんだから。


言ってしまえば精霊石は、力の塊であると同時に、既に出来上がった魔術みたいな物だ。

そして俺はその魔力だけを抜き出して、取り込もうとしている。

既に出来上がった力としての形を崩し、魔力だけを引き抜こうとしている。


「んで、どうやって取り込むつもりだ?」

「えっと、こうやって」

「・・・は?」


俺は精霊石を飲み込み、それを見ていたイナイはどこか間抜けな感じの声を上げる。

うえ、飲みにくい。飴玉がのどに引っかかったような感覚だわ。


「バカかお前、それで暴発したらどうするつもりだ!」

「その為にイナイを頼りました」

「ば、馬鹿!体内で暴発されたらお前の体守ってなんて無理だぞ!」

「あー、そこは大丈夫。精霊石自体の制御は自信あるけど、術の制御に失敗して動けなくなったら助けてと思ってさ」

「何言って―――」


飲み込んで体内に大きな魔力を感じた時点で、精霊石の魔力を開放。

内部で魔力を押さえつけ、石の魔力の流れを無理矢理体に流れる魔力に混ぜ合わせる。


あ、ヤバイ、魔術失敗する時と似た感覚が体を走り始めてる。

いや、待て落ち着け、まだ行ける行ける。魔力の流れ自体は何とかなってるんだ。

もうちょっと上手い事自分の中で魔力を流せれば―――。


そこでふと、どこかで今の感覚を味わったような気がした。

どこだったか。俺はどこでこの感覚を味わったのか。

・・・ああ、そうだ。そうだった。俺はもうとっくに、この技術を知っていたじゃないか。


俺は、どうやって魔術を覚えた? これと同じように、自分じゃない魔力を流し込まれてその力を体験したんだろう?

なら、それを辿ればいい。それだけで上手く行く。


「―――っと、上手く行った、かな」


若干どころか、かなりオーバーフロー気味に体に魔力が溢れている。魔力の制御を手放せば、おそらく反動で又数日動けないような負傷になりかねない魔力が。

でも消費自体は問題ない。このままこの魔力を流用するつもりで強化魔術を使えば消費は出来る。

うん、強化魔術も特に問題無し。3重強化も、制御に特に問題は無い。うっし、行ける。

暫く使ってれば、魔力も普段通りの量になるでしょ。


「よーし、問題無し。いけたいけた」


予想外に上手く行きすぎて、大分嬉しい。

もうちょっと制御に苦戦すると思ってた。


「行けた行けたじゃねえよバカタレ!」

「あいたぁ!」


喜んでいると、スパーンとイナイに後頭部をはたかれた。

イナイさん、頭はやばいって。

ていうか強化してても痛いとか、力入れすぎだって。


「い、イナイ、何怒ってんの?」

「何怒ってんのじゃねえよ!見てる間こっちはハラハラもんだったわ!」

「え、いや、失敗しても、魔術の失敗の反動で。俺の体がちょっとおかしくなる程度だよ?」

「――――っ」


あれ、なんでこんなに怒ってるの?

石の力の流れの制御には自信が有ったからやったんだけど。

問題はその魔力を自分の中で流しきれない可能性があっただけ。

以前一人で実験してとき、魔術の制御を失敗して身動きが取れなくなりそうだった事があったので、それでイナイに助けて貰おうとしただけだ。


どうしよう。そんなに心配する事だったのか。

どうやって機嫌直してもらおうと悩んでいると、イナイはおもむろに抱き付いてきた。


「い、イナイ?」

「・・・馬鹿たれ、ついこの間あんな事が有ったばっかなのに、無駄に心配させんな」

「あー・・えっと、ごめん」

「うるさい馬鹿。許さん」


そう言いながら、一層俺の体を抱きしめるイナイ。

えっと、俺はどうしたら許されるのかしら。


「暫くこうしてろ。でないと許さん」

「あ、はい、すみません」

「ちゃんと抱きしめろ」

「あっはい」


言われた通りイナイを抱きしめる。

暖かいなー。心地いいなー。

なんてぽやっとしてると、下から睨まれました。ガチ睨みだった。

すみません、俺今叱られてるんでしたね。


うーん、今後の為の実験だったんだけどな。

イナイに頼むのは不味かったか。


「もし次もこういう事する時は絶対あたしに言えよ。その時はやる前に何するかもっとちゃんと説明しろよな」

「あー、えっと」

「い・い・な!」

「はい!」


お願いしたい事は、お願いしてたつもりだったんだけどなぁ。

流石に俺も、死ぬようなことはしたくない。多少の無茶をしたつもりはあっても、無理な事を試したつもりは無かった。

けど、彼女にとっては怒るぐらい心配になる事だったと。


いかん、怒られてるのがちょっと嬉しい自分が居る。

良く無いんだけど、ここでイナイが怒るって事の意味を考えると、少しにやける自分が居る。

必要とされているのが、居てほしいと思われているのが、嬉しいと思ってしまった。


・・・どれだけ嬉しくても、彼女に心配かけて迄欲しがるものじゃ無い。

それじゃ本末転倒だ。

次はもう少し、気を付けよう。

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