第432話とある小国の危惧ですか?
「・・・どうだ、あれを下せるか?」
主人が穴だらけになった景色を眺め、声を固くしながら俺に問う。
あの化け物を下せるかどうかと。
明らかに一般の存在からすれば、隔絶した強さを持つあの化け物たちとやれるかと。
「・・・あのタロウという少年は相性が悪い。あの騎士ならば、勝てる、か?」
主人の言葉にあまり自信を持てずに返事をする。
少年の使う見えない攻撃。あれはおそらくウムルの英雄ミルカ・グラネスの技。
あれを下すのは並大抵の読みでは不可能だ。
あの騎士なら、純粋な身体能力だけならば完全に上を行っている自信は有る。
ただあの騎士は、少年の動きを見てほぼ全てを躱しきっている。
それを考えればあの騎士の目と技量の高さもうかがえるし、身体能力で勝てる気がしてもその目を超えられるかどうかは少し自信が無い。
「自信が無さそうだな」
「自信も無くなりもする」
主の言葉にうんざりした気分で応える。この主は解っていて聞いているのだから。
侮っていた。完全にウムルという国を侮っていた。
勿論国力という意味では侮れない国だとは思っていたが、あんな化け物が当たり前にいる国だとは思っていなかった。
何よりもあの化け物。ウムル王妃のリファイン・ドリエネズ、いや、リファイン・ウムルの実力も信じていなかった。
あれは化け物だ。間違いなく本物の化け物だ。
対面した時、手を出してはいけない化け物だと、全神経が警告を出していた。
そしてそれを下した亜人。ギーナ・ブレグレウズ。
あんな化け物が二人も存在する事に、世界の広さを思い知らされた。
「それに例えあれを下せても、この国の英雄に負けて終わるだろう」
「・・・そこまでか」
「この国は真に実力主義の国だ。連中の訓練を見ていれば解る。技術職はともかく、戦闘職の称号持ちはあれより強いのは間違いない。少なくとも指揮官として優秀だというならば、一闘士としての称号は貰えんだろうな」
「はっ、笑わせてくれるな。この国に来てから何度変な笑いが出たか解らん」
鼻で笑うような笑い方をしながら、俺に愚痴る主。愚痴を言いたいのはこちらの方なのだが。
さっき主に言った言葉は一対一ならの話だ。もしあの二人が組んでかかってくれば、俺は一瞬で終わるだろう。
あの二人はウムルの英雄たちに劣るとはいえ、ただ劣るだけだ。
「とはいえ、別にウムルに戦争を仕掛けるつもりは無いのだろう?」
主は別に戦争が好きな人間では無いし、侵略好きでもない。
他国の地を求める程国は困っていないし、そもそも鉱山が豊富で金に困っていないのでどうとでもなる。
ウムルが仕掛けて来ない限り、戦う予定はある筈も無い。
「仕掛ける予定が無くても、この国が侵略してきたらと考えるのは当然だろう。この国は脅威にも程が有る。私としては帝国なんかよりも、この国の方がよっぽど怖い」
亜人戦争以来。彼ら英雄の本当の実力を見たものは少ない。
だから、帝国の様に武力を見せつける国と違い、その力の上限が不透明だった。
たった数年だけその力を見せた国は、ここに来てまた、その力の一端を多くの国に見せつけた。
今回の事で、多くの国がウムルという国の強大さを思い知っただろう。
いや、思い出したというのが正解の者も居るかもしれんが。
街に出れば貧困などとは程遠い街並み。裏通りは存在するとしても、他国に比べれば明らかに治安は良い。
何よりも平民たちが日常の生活で使っている衣服、食料、住居のレベルが明らかに高い。
この日の、式の為だけとは思えない安定した人材と資材。その資材を無駄にしない技術力と知能陣。
そして、あの武力。
全てが、その全てが脅威だ。この国はいくら何でも一国で完結しすぎている。
何も付け入るスキがない。何もだ。
たとえこの国と他国の取引を断ったところで、損をするのは他国。そして武力でその利益を奪う事も出来ない。
「付け入るスキが一切ないってのは、あまりにも怖い。帝国ですらそんな事は無い。少し前に人間も役に立たないのが一掃されてしまったから、余計に何もできない」
「あれは結局一掃するための罠でしか無かった様だがな」
「そりゃそうだろう。むしろそんな事も理解できないから切り捨てられたんだろう。最低限の状況把握能力と、相手の力量を読む力が有ればまだ飼い殺しで済ませて貰っただろうに」
切り捨てられた人間の評価を下しながら、また鼻で笑う主。
「その笑い方はせめてこの場では止めておけばどうだ。癖なのは知っているが何を言われるか解らん」
「今は誰も見てないだろうよ。皆、あの二人にしか興味がない」
確かに、今は誰もかれもがあの二人に注目している。半端な小国の人間の会話など興味はないか。
しかし、何人の人間があの二人の実力を理解できるのか、はなはだ怪しいがな。
特にあの少年の実力は、おそらく理解出来まい。
あの少年の怖い所はあの剣の力ではない。あの剣を使いこなす少年の力量だ。
あれだけの力を持った剣に溺れず、剣以外の技術が全て高い。
一つ一つは対処可能な能力にもかかわらず、その全てが合わさる事で対処出来なくなっている。
剣の力が目立つせいで、その実力はおそらく理解されないだろう。
「しかし、羨ましいなあの二人。俺もあんな相手が欲しかった。もしいたならば、まだ力をつけていたかもしれん」
二人を見ていると久々に血が滾る。若い頃の様な熱い感覚が蘇る。
主を守る身としての役職が有る以上無駄な争いは出来んが、自分も彼らの様に競う相手が欲しかったものだ。
いや機会が有れば、真剣勝負でなくともいい。一戦やりたいものだ。
「おい、物騒な事考えてるだろ」
「む、解るか?」
主が俺を見て、若干困った笑顔を向けていた。
顔に出ていたか。
「解る。顔が若い頃に戻ってたぞ」
「そうか、ならば国に戻ればまた若い女にもててしまうな」
「そういう意味では無いわ、おっさん」
「同じく中年に言われたくは無いな」
主の言葉に軽口で返し、心を落ち着ける。
今の自分は立場も、部下も、仕える主も守るべき存在も居る。あんな化け物連中相手に真剣勝負など、やるわけにはいかん。
解っているが、奥底に滾る物が有るのは仕方ない。
「俺は、俺の職務を放棄する気は無い。安心しろ、我が主」
「なら良い」
俺の答えに満足して、また二人に目を向ける主。
そう、職務放棄はしない。もしこの力を振るう時が来るならば、それは職務を全うするとき。
その時が来たら良いのに等と思う自分は救いが無いな。
「しかし、若い者を鍛え直す必要があるな・・・」
俺だけではなく、他国の者もおそらくそれは思うだろう。
あの二人のあれだけの強さを目の当たりすれば、そう思わずにはいられない。
暫くはどの国も人材探しと育成に力を入れるだろう。それこそ他国にかまけている余裕など一切なく。
ここだけは、ウムルは間違いなく下手を打った。
あの二人の力は見せるべきでは無かった。
あの魔術師だけならば、あの一戦だけならばまだ良かったが、この二人の力はそれ以上の力の存在を見せつけてしまっている。
ウムルが君臨し続けるならば、あの二人の勝負は他国に見せてはいけないものだ。
とはいえ簡単に追いつけるわけもないが。
先の通り、ウムルはすべての水準が高い。どの項目もそうそう追いつけはしないだろう。
全く、化け物国家め。
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