第431話バルフさんとの決着ですか?

剣を下げ、どの方向からでも対処出来る様、神経を集中する。

もはや足場は穴だらけで、まともな足場は数える程度だ。

それでも、彼と私には何の問題も無い。有ってはいけない。


過去最高と言えるほど、神経が研ぎ澄まされている。

単純に、自身の鍛錬の成果だけではない。自身の全てを発揮できる近しい存在への対抗心、緊張感、何よりも高揚感が自分を高めている。


「では、いきます」


彼は宣言と共に剣を上に掲げる。

片手で持っている以上、そちらに意識を向けるための策の可能性も有る。

解り易く、今からこの剣での攻撃をすると見せているのだから。

警戒を強めつつ、彼の体の全てを見る様にする。一点に集中しては、彼の攻撃を躱せない。


彼はおそらく仕込んでいたのであろう、あの石を、前に戦った時に使った石を手を筒状にして発動させる。

投げたり、前に向けて避けられる対策だろうが、残念ながらこちらも対策は取っている。

完全に視界と聴力を奪うどころか、回復に時間がかかる程の光と轟音。保護魔術の重要性を実感させられた以上、そこも手は抜いていない。

全身の保護等までは出来ないが、一点を守る物なら長時間の維持も問題ない。強化魔術と共に発動済みだ。


『マワレ』


だが、彼は私の変化が無い事に全く動揺を見せない。通用しない前提で一応使ってみたのだろう。

彼が静かな言葉を発したと共に、剣が唸りを上げて回転しはじめる。

まさか、あの花をここで使う気か。

いや、流石にそれは無いだろう。そんな事をすれば、町の一角が完全に吹き飛ぶ。

あの剣の威力は、こんな街中で真っ直ぐに打てるものじゃない。彼の性格も考えれば、流石にそれは無い。


『ハジケロ』


次の瞬間、回転する技工剣から無数の魔力の球が無作為に発射される。

かわしつつ彼の動きを見るが、どう見ても狙っている様子が無いせいで、発射を見てからしか動けない。

あの一撃一撃が食らえば終わる一撃。狙わずに打つことでこちらのミスを誘うつもりか。


『カゼヨ、ナギハラエ』


異国の言葉と、払う様な動作と共に、魔力を帯びた何かが接近してくる。

魔力の広がり方と、砂の巻き上げから察するにおそらく風の類。

まともに受けては、何が有るか解らない。だからといってあの球を躱しながら、広範囲に広がる魔術の範囲外に逃げるのは逆に危険だ。

あの風自体、ただの風の魔術かどうかも怪しい。ここは下手に躱さずに潰―――。


「――っ」


剣を持っていない彼の手が、軽くぶれる様に数度動く。

球の着弾点と私の動きを予測して、逃げるであろう位置に仙術を打ったのだろう。逃げるならばと考えていた位置に衝撃が走り、地面が吹き飛んだ。

もし逃げていれば完全に食らっていた。ならばあの風はやはり囮。

いや、だとしても素直に食らっては何が有るか解らない。潰しておくに越した事は無い。


剣を振りあげ、魔力を込めて彼の風の魔術を断ち切る。

魔力は霧散し、風はそのまま私をすり抜ける様に――――。


「がっ・・かっ・・・!」


風が自分の体に触れて後ろに抜けた瞬間、全身に激痛が走る。これは、この痛みは、仙術。

なぜ、彼の動きは見ていた。あの一瞬、手を軽く動かした一瞬以外、何かを放つような動作は無かったはずだ。


―――動作?


そういえば彼は風の魔術を放つ時、払うような動作をしていた。

彼は攻撃魔術を使う際、多少何かを使うような動作を見せるせいでなにも違和感を持っていなかった。

だが、もしあの時、風の魔術と共に仙術を放っていたなら。


いやまて、そもそも何故全力で断ち切った筈の風が、当たり前のように私をすり抜けて行った。

魔力が霧散し、私の剣圧に触れたならば、静かな風が当たり前のように通り抜けること自体あり得ない。

つまりそれは、あの風は仙術で操っていた物であり、あの風を受けるという事は仙術の一撃をこの身に食らうという事か!

魔力感知が出来、魔力を孕んだ風の一撃だからこそ気が付けない。気が付けるわけが無い!


彼は私の動きが止まったのを、いや、風が通り抜けたのを見た瞬間、素手で突っ込んで来た。

あの技工剣は光が消え、初期形態になってゆっくりと地面に落ちていっている。

剣に使う魔力すら消費するのを嫌がって手放したのだろう。


距離的に動けない相手に攻撃するならば、転移魔術を使うよりも全力強化で踏み込んだ方が早いと判断しての踏み込みか。

いや違う、おそらくあの勢いも利用するための突進だろう。間違いなく最後の一撃が飛んでくる。

もはや彼には、遠距離で私を戦闘不能にさせるような余力が無いのだろう。だから自身が一番得意とする身体強化で、ギリギリ残った魔力を使い切るつもりだ。

仙術も外に放つ余裕が無いと見える。さっきの強力な数撃を囮に使い、この一撃の為だけにギリギリ残っているといった所か。


彼が迫る。その動きが良く見える。集中しきった視界には、彼の動きがしっかりと見える。

私に止めを刺さんと振るわれるその拳が、良く見える。


「――――があっ!」


動かぬ体を叫びながら無理矢理動かし、彼の突進に合わせる。

彼は私が動けることに目を見開いているが、私も仙術の一撃を食らう事は初めてではない。

痛みを無視し、負傷を無視し、剣を振りぬく程度出来ずにウッブルネ様に追いつけるわけが無い!

あの踏み込みの仕方と速度では彼は止まれない。止まったところでおそらくそこが限界。それならば止まらずに仕留めに来る。ならばこの一撃に全力で合わせるのみ!


「おおおおおおおお!」


痛みを無視させるために、自分の力を無理矢理絞り出すように、吠えながら剣を振る。

確かに彼は速い。だが、今回は終始、速度では私が上を行っていた。これは捉えた!

完全にタイミングの合った一撃は、彼の肩を―――。


「もらったぁ!!」


彼の叫びと共に、がきんと、黒い何かに剣が弾かれる。

痛みがあったとはいえ、全身の力を使って振り下ろした剣が、いきなり現れた黒い何かに防がれた。

目を見開き驚いた様に見せて、予測外だったという反応を見せておきながら、最後の最後にまだ彼は手を持っていた。

この一撃すら、最後の一撃だと思わせるのすら、彼の罠だったか!


「ぐふっ!」


剣を防がれたと同時に、私の胴に大きな衝撃が走る。彼の最後の一撃が、私に届く。

だが彼はその場で止まれず、私ともつれ合う様に転がりながら、途中で彼方まで吹っ飛んでいく。


地面がデコボコだったせいで、私とは違う方向にふっとんだようだ。

私は私で仙術と最後の攻撃の痛みで受け身を取れず、まともに地面にたたきつけられてしまった。


「ぐっ、ぐううう・・・!」


それでも手放さなかった剣を杖の様に使い、立ち上がる。

足が震えている。体中痛みでおかしくなりそうだ。それでもまだ立てる。立てるなら戦える。剣は振るえる!


剣を地面から離し、震える足で何とか体を支えながら彼を探す。

だが、何の反応もない。彼が立ち上がる気配どころか、何かが動く気配も感じない。


しばらく様子を見ていると背後に魔力を感じ、反射的に振り向きながら後ずさる。

だがそこに彼の姿はなく、代わりにこの国の英雄と、国王陛下が並んでいた。


「へ、陛下」


見られているだろうとは思ってたが、まさかここまで来られるとは思っておらず、ふらつく体を何とか動かして膝をつく。


「構わん、頭を上げて立て」

「はっ」


陛下の言葉に従い、すぐに立ち上がる。

体は痛いし、動くのは辛い。だが、ただ動くだけならもうできる。

最後の一撃も、仙術も効いたが、完全に行動不能になる程の一撃では無かった。

無論、あの後止めを刺されれば別の話だが。


「じゃあ、私はタロウ君回収してくるわねー」

「ああ、頼んだセルエス」

「はーい」


セルエス殿下が転移をし、どこかに消える。

タロウ君の回収。どこかに飛んで行った彼を拾いに行ったのか。

・・・つまり、彼は起き上がれないという事か。


「バルフ、お前の勝ちだ」


ウッブルネ様がこちらを見て、楽しそうにしている。

だが私は素直に喜べない。結局最後の最後、彼にはしてやられた。

あの最後の一撃。完全に勝ったと思った一撃を防がれた。

彼の行動の上を行けなかったというのに、それを勝利と言えるのだろうか。


―――――いや。


「不服か?」

「・・・いえ」


私の様子を見てとった陛下の問いに、否と応えて顔を上げる。

彼は全力で戦った。

おそらく彼の行動は、最後のあの攻撃のための布石だったのだろう。


勿論全てが全て布石ではない。だが、あの仙術を当てるために自分の癖を利用した。

私が最後の一撃に違和感を持たないように、様々な術を多用して。


である以上最後の一撃に力が足りなかった事は、ことは、全力を出し切った上での敗北だ。

それを満足いかないと私がいう事は、彼の誇りを傷つける。

彼は、全力を出し切って、負けたのだ。


「満足のいく、真剣勝負でした」

「そうか・・・」


私の答えに、満足そうに陛下は頷かれる。

そして私の意識は、そこで途切れた。

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