第430話バルフさんの心意気ですか?

――――強い。


解っていた。解っていたつもりだが、本当に強い。

初めて戦った時とは本当に大違いだ。

飛行技工船の中で出会ったあの時もそうだが、彼は会うたび会うたび格段に強くなっている様に感じる。

いや、ここに来てようやく、彼の全力を引き出せるようになっただけか。


初めての勝負の時は、その技術の幅に驚き、予測の上を行かれた。

2度目の時は、さらに増した反応速度に完全に負けた。

そして3度目。2度目の失態を払拭すべく鍛え上げた身体能力と魔術は、更に磨かれた彼の技術によって防がれ続けている。

技工剣が有るから攻められないのではない。彼の技術が高いからこそ、攻めあぐねているんだ。


きっと、解らない者には解らない。彼の凄さが。彼の強さが。

おそらく大多数の者がこう言うだろう。彼が私と戦えているのは、あの技工剣と精霊石のおかげだと。

あの剣がどんなものかも理解せず、あの石を誰が作った物かも解らずに。

彼の魔術が、どれだけの魔力を秘め、どれだけの威力なのかも解らずに。


どれだけの人間が、あのふざけた性能の技工剣を長時間維持できるというのか。

どれだけの人間が、そのふざけた技工剣を使いこなせるというのか。

どれだけの人間が、制御の必要な剣を振りながら高い精度で魔術を使い続けられるというのか。

どれだけの人間が、あんな多様な体術を修められるというのか。

どれだけの人間が、あんな威力を発揮する道具をいくつも気軽に作れるというのか。


初めて会った時の彼は鋭さは有った物の、とても素直な剣筋だった。

だからこそ、経験の差で私が勝っていた。あの時は確かに、私の方が単純な戦闘技術では勝っていた。

だが今は違う。あの技工剣のせいで近づけないのでは無い。彼自身の武器の扱い方、体捌き、ギリギリでの判断力と行動予測。そういった彼自身の技術が高いからこそ打ち込めない。

あの動きは、単純に無手と剣だけの動きではない。様々な技術が複合されている動きだ。

型に捕らわれず、だからと言って荒いわけでは無い。むしろ鋭さは増している。


その理由は解っている。彼が短期間であれだけの強さを持つに至った大きな理由。

自分自身も彼と同じことを望み、彼と同じように血反吐を吐いた。

自分よりもはるか高みに居る存在に教えを乞い、それに挑む行為をした。あの、英雄方の恐怖に。

彼はいつもあの恐怖と戦っていたはずだ。何度も何度も死の恐怖を与え続けられながら訓練をしていた筈だ。

彼は、樹海で鍛えられている間、何度も何度も「実戦」をさせられていた筈だ。


だからこその技術。ただ漫然と教えを乞うだけでは到達不可能な能力。彼はそんな訓練を、何人もから受けていたんだ。

それこそ、壊れるか、逃げるか、化け物になるしか無いような訓練を。複数人に。


なのに、彼はとても静かすぎる。


身の内に化け物を飼っている気配も、強者としての威圧感も彼にはない。ただ強くそこに有る。

あれだけの強さを持ちながら、彼からは恐怖を感じない。それが、一番怖い。

何も感じさせない彼が、それこそが恐ろしいと思える。

底が知れないと。あの程度はまだ、彼にとっては自分が自分でなくなるような領域では無いのかと。


なによりその怖さを感じさせてくれないせいで、判断が鈍る。

今踏み込むべきなのか、引くべきなのか、正しい判断が取れなくなる。

結果、予想外の反撃を何度もされる羽目になる。当たるはずの攻撃が当たらず、引くべきでない所で引いてしまう。

ある意味、それが彼の強みなのかもしれない。その強さと、踏み込む危険性を感じさせてくれないのだから。


そして、それらを知っていて尚怖い所は、彼は何をするか解らないという所だ。

彼の使える技術は知っている。何ができるのか、彼の師匠が知る範囲の事は知っている。

それでも、結局はそこまでだ。

彼が師の元を離れ、自分自身で研鑽し、鍛え上げた物が有るはずだ。


例えば今の彼の身体強化の様に。

今の彼の強化は、樹海を離れる前には出来なかったと聞いている。

それらも、複数の技術を混ぜ、全て等しく制御していると。


きっと彼は次の一合にまだ誰にも見せてない、もしくは使っていない技術を使ってくるだろう。彼自身がそう言っている事を、私は一切疑わない。

彼なら出来るだろうと思える。きっと間違いなく、何かを持っていると思える。


このまま続けていれば勝てた事は確かだ。きっと消耗戦に持って行けば私の方が勝つのは見えた。

けど、そんな事で勝ったと言えるものか。自身の全力を出し切り、全てを使って強者を下すその様を見せてくれた相手に、そんな勝ち方で勝ったと胸を張れるものか。

彼の全力に受けて立つ。目の前の彼への尊敬に恥じぬ騎士であるために。

自分の目標を思い出させてくれた、尊敬すべき相手に、本当に意味で勝つために。


初めてやった時に使われた閃光は対策をしている。あの轟音もだ。

今回はあれを使われて、彼を見失うなんて事はしない。そんな事をすれば一瞬で負ける。

今の彼と私の勝負は、その領域だ。

決定的な隙を晒して巻き返すようなことは絶対に出来ない。間違いなく、その一瞬で勝負がつく。

絶対に、目を逸らす真似はしない。


彼の最後の一撃、全力で受けて立つ。

騎士と、師と、誰よりも君の誇りにかけて。

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