第428話今日も観戦ですか?

「・・・あのさぁ、あれちょっとやり過ぎじゃない? もう訓練じゃないでしょ、あれ」


ギーナがタロウとバルフの戦闘を眺めながら、ぽそりと呟く。

兵士から演習の中止と、その理由の報告を受け、あたしたちはタロウとバルフの戦闘を観戦している。

うちの国ではあまり珍しい事ではないせいで、兵も慣れたものだ。


兵士たちもゼノセスやワグナ達の訓練を見るのは、一種の楽しみになっている節が有る。

まあ、彼らのような人間が上に居るからこそ、やる気も出るのかもしれないが。

あの二人だって、普通の人間の域を超えた存在だ。


「そうだね。一歩間違えれば大怪我で済めばいい方、かな」


ミルカも同意見らしく、眼下に広がる光景を眺めている。

魔力の刃がいくつも走り抜け、地を抉り取るその様を見れば当然かな。

タロウってば、完全にあの剣使いこなしてるんだなー。

良くあれだけの魔力の刃ぶっぱなして魔力が持つもんだ。普通ならもう魔力がすっからかんの筈だ。


「原因はバルフだろう。タロウ君は本来最初からあそこまで全開でやる人間じゃ無い。いや、あそこまで全力で戦う人間では無いだろう」


二人の言葉にブルベが応える。今のタロウの様は、相手がバルフであり、バルフが本気過ぎるからこその光景だと。

あのバルフに対抗するためには、ああするしか無かったと。

タロウ自身が身を守る為にも。


「どうせやるなら全員帰ってからやってほしかったわー。流石にこの実力を多くに見せちゃうと困るんだけどなー」


セルエスはあの二人の心配よりも、あの二人の戦いを見た他国の人間の反応を心配しているみたいだ。

今までウムルと付き合っていた国は、魔術師の練度、騎士の練度が高いと知ってはいても、あんなのがいるとは知らなかった筈だ。

それに、私たちの実力も眉唾物だと思っている国も少なくない。


それでもウムルの軍事力を脅威と思うのは、単純にウムルに居る人間の量と、資源の量。

そして何よりも技術力。


けど、あの二人はそんな物が些細に思える存在だ。

適当な人間を何万人集めようが、無意味な存在だ。

ワグナとゼノセスも他国の水準で考えれば強すぎるけど、バルフは別格。

あの子は、身の内に本物の化け物を飼うに至った。あの域に達するのは容易じゃない。


「セルエス殿下、ご心配されずとも解る者にしか解らぬでしょう。

戦闘能力を持たぬ者にとってはどちらも同じ。いや、解り易く派手な魔術を使わない分、ゼノセスの方が上に見えるかもしれません」


セルエスの言葉を聞いて、特に問題は無いだろうというロウ。

私も同じ意見だ。あれは、解る人間にしか解らない。

バルフの戦闘は、完全に接近戦での剣術だ。視覚的には遠くからだと地味な事この上ない。

その上タロウが全力でやれるように離れているから尚の事だ。


「けど、バルフがタロウ君に勝てば、話は別でしょー?教え子が負けるのを予想するのは辛いけど、多分タロウ君じゃ勝てないでしょー」

「だとしても所詮個人だと、魔術の様な戦略を揺るがすものにはならないと、そう思う事でしょう」

「うーん、そうかなー」


セルエスはタロウが負けると思っている。それに対して特に口を出さない辺り、ロウもそう思っているみたいだ。

ミルカすら、それに口を挟まない。

多分誰よりもタロウを鍛えたミルカが厳しい目で見ているのだから、同じくタロウじゃ勝てないと思っているんだろう。


「タロウ君もかなり強いけど、あの騎士君はもっと強いからね。タロウ君に隠し玉でもない限り無理でしょ。お、でも今のは危なそうだったな。おお、タロウ君あんな事も出来るんだ」


二人の勝負を観戦しながら、同じようにタロウの不利を口にするギーナ。

あたしから見ても、ところどころ危なげな場面が有る物の、バルフはその全てをいなし、叩き潰している。

あの技工剣を持っているタロウ相手に、一歩も引かないどころか押している。

元々あの子はそこそこ強かったし、強くなると思ってたけど、こんなに早くここまで来るとは思わなかった。


「とはいえ、バルフがやり過ぎなのは違いない。いくらタロウ君が強いとはいえ、一歩間違えば殺す事になる。いや、下手をすれば自分も死ぬ可能性が有る」

「そうよねー。タロウ君もそうだけど、バルフだってあんなに本気でやるタイプじゃ無いと思うんだけどねー?」


ブルベがバルフの行動を半ば咎めるように口にし、セルエスも同意する。

きっと、そうなんだろう。普通はそう思うのだろう。

けど、あたしには解る。バルフの気持ちが解る。解ってしまう。


「本気でやらなきゃいけないんだよ。あの子にとっては」


あたしの呟きに、皆がこちらを向く。ギーナも、横目でこちらを見ている。


「バルフにとって、タロウは越えるべき相手。本気で戦わなきゃ行けない相手。

自分を変えてくれた、自分の目を覚ましてくれた。自分を高みに連れていくきっかけをくれた尊敬する相手なんだ。だがら、タロウ相手には、タロウが相手だからこそ、全力を見せる。見せなきゃいけない」


あの子にとっては、タロウはそれだけの相手。

全身全霊を持って、自分の成果を見せるべき相手。

だから手は抜けない。抜いちゃいけない。抜けるわけが無い。


「おっどろいた・・・リンって演技じゃなくてもそんな真面目な事言えたんだ」

「なんだとー!」


あたしの発言に心底驚いた表情で言うギーナに掴みかかり、頬を握る。

あ、こいつの頬気持ちいい。若いもんなぁ、こいつ。


「い、いひゃいいひゃい、ひょめん」

「まったくもう、あたしだって偶には真面目に言うっての!」


素直に謝るので、すぐに手を放した。

ちょっと力を入れすぎたか、本当に痛そうに頬をさするギーナ。


「でもリンねえは普段が普段だから、ギーナの発言は仕方ない」

「うんうん。リンちゃんだからねー」

「まあ、の」


だがそんなあたしに容赦なく言葉を突き刺す仲間たち。

セルエスが特に酷い。ケラケラ笑いながら言ってる。


「いや、リファインはそんな事、いや、うん。偶には真面目だよ」

「うわーん、ブルベー」


フォローをしてくれたのか微妙な感じだけど、味方になってくれたブルベに抱き付く。

いいもんいいもん。ブルベが味方になってくれたなら、それで良いもん。


「あ、そういえば今更ふと気が付いたんだけど」

「どうしたの、リファイン」

「ロウって公の場以外では、なんであたしには普段通りなの」


他国や平民の目が有ったり、公の場では王妃様で扱われてるけど、普段は今まで通りな気がする。

そう思って目を向けると、ロウは剣を腰から外す。


「なればリファイン王妃様、今後はこのウームロウ、王に仕える身として貴方も守る者となりましょう」


そう言って、剣を置き、跪くロウ。

あれ、なんかヤな感じがする。


「リンねえ、顔、顔」

「うわ、リン、ひっどいかお」

「リンちゃん、言っておいてその嫌そうな顔はないわねー」

「え、うそ、あたしそんな嫌そうな顔してる!?」


完全に無意識だった。

いや、内心なんかヤだなーって思ったけど、そこまで嫌そうな顔してるつもりは無かった。


「それに近い顔を何度か見ていたので、嫌なのかと思って気を遣っていたのだがな。無意識だったのか」

「あ、あはは。ごめん、ロウ。普段通りでお願い」

「すまない、ロウ、私からも頼むよ。公の場以外では普段通りにしてくれ。さっきの顔は流石に不味い」

「畏まりました」


ブルベからしても酷い顔って言われた。

うーわ、全然意識してなかった。ってことは公の場でも嫌そうな雰囲気は出してたって事かな。

気をつけよ・・・。

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