第427話バルフさんの本気に驚きます!
ゆっくりと、自然体で、彼はその一歩を踏み出す。
とてもゆっくりと。ただの散歩に行くかのような調子で。
そして次の瞬間、空間が縮んだかと錯覚するほどの速さで俺の眼前に踏み込んだ彼に、再度全力で対応する。
竜の魔術と通常の魔術は既に限界ギリギリまで使ってる。仙術強化は強弱はつけているものの、危険と判断した瞬間は惜しみなく使ってる。
何よりも、疑似魔法の強化も使わなきゃ反応出来ない。
「ぐっ!」
間違いなく剣ごと強化されている下段からの一閃に何とか反応し、魔導技工剣で無理矢理弾く。
だが、弾いた筈の剣が、まるで何事も無かったかのように切り返しで上段から振るわれる。
俺は技工剣の『刃』に下から滑らせるように手を伸ばして掴み、無理矢理剣の軌道を変えて正面から受け止める。
「なるほど、そんな受け方が有りますか」
「この剣だから出来る芸当ですけどね」
「いやいや、あなたならやりようはあるでしょう?」
「まあ、確かに」
ギリギリと、お互いに刃を押しながら軽口をたたく。
この技工剣なら問題ないからやった事だとはいえ、身体保護をかければ普通の剣でも出来ない事は無い。とはいえ刃を思いっきり握り込むなんて普通はしないだろう。
しかしヤバイ。今ので解ったけど、これ速度も力も負けてる。
バルフさんは上段から押し込んでいて、俺は下から堪えている。
その上俺は素直な剣の持ち方で堪えているわけじゃ無い。両手でしっかりと抑えている様な体勢だ。
力の入れ具合的に俺の方が有利だから何とかなっているだけで、それで拮抗してるってことは間違いなく力は負けている。
いやこれ、拮抗してないわ。若干押し込まれ始めてる。
ヤバイヤバイ。嘘だろ、ハクでもこの状態ならタイに持ってけたんだぞ。
『回れ!逆螺旋剣!』
俺は手を添えたまま、技工剣の一部開放の意思を言葉に乗せる。
応えた技工剣は回転を始め、魔力を集めて刀身に力を籠めていく。
だが、回転が始まった瞬間に彼は剣を引き、弾かれることも無く後ろに下がった。
反応が早すぎるだろ。せめて少しぐらい剣を弾かれてくれよ。
「っのお!」
俺はそのまま剣の魔力を開放しながら、剣を横なぎに振りぬく。
完全開放攻撃では無いのでそこまで広範囲ではないが、それでも近距離では間違いなく仕留められる範囲に魔力の斬撃が放たれる。
斬撃は地面を大きく抉り、土煙を上げ、確かにその牙跡を刻み込んだ。だが。
「ふう、危ない危ない。本当に使いこなしてますねぇ」
その牙を完全に見切ったかのように、抉れた地面の切れ目ギリギリに、涼しげな表情で立つ彼の姿が有った。
その衣服に切れた後は一切ない。完全に躱された。
ただ斬撃を躱されたんじゃない。技工剣の魔力解放も込みで完全に見切られた。
「ちょっと強すぎやしませんかね」
「いえいえ、私には剣しかありませんから。これ位出来ないと対応できないんですよ」
俺の愚痴のような言葉に、笑顔で応える彼。俺はそれに怖気が走る。
彼の笑顔の奥に潜んでいる化け物に、背筋が凍るような恐怖を感じる。
これはただ彼が強いから怖いってわけじゃ無い。彼は、何かが違う。
「ちょっと怖すぎるんですけど」
「そうですか、それは何より」
彼への恐怖を口にすると、一層にっこりと笑って返された。
つまりこの恐怖は、あの怖さは、彼自身が意図して出している物だという事だ。
いや、出しているのではなく、出てしまう物なのかもしれないが。
どちらにせよ、相対している身としては恐ろしい事この上ない。
何だこの化け物。
「ふぅーーー」
気を取り直して、技工剣を青眼に構え、剣に魔力を維持し続ける。
これで弾いた場合、さっきの様に軽く返すことは出来ない。
技工剣の力を込めて弾くんだ。普通の剣で弾いたのとは物が違う。
最悪、あのローブを使う事も視野に入れて戦うしか無いな。
修理しておいて良かったー。
流石に彼相手に後出しでずっと受けに回る気は一切起きない。
剣の状態を維持しているせいか、少し様子見をしているようだし、今度はこちらからも行かせて貰うとしますかね!
『無数の風の針よ、敵をうち抜け』
とりあえず大量に、適当に見えない風の針を打ち出す。
セルエスさんの真似だ。けど、魔力感知で多少の位置しか解らない人には間違いなく効果が有る。
俺やシガルみたいに、魔力がはっきりと見えるなら別だけど。
同時に障壁を張る事前準備だけしながら、魔術と一緒に突っ込む。
風の刃をどうするのか解らないが、躱したなら躱したで、その方向に今度は完全開放の逆螺旋剣を叩きこむ。
斬撃じゃだめだ。威力は考慮せず、とりあえず広げて当てる。
「ふっ!」
だが彼はその場から動かず、魔力を込めて剣を振るい、俺の魔術をかき消した。
魔力が霧散した風は固定された力を失い、剣が振るわれた力も相まって風自体も霧散する。
けど知った事か、動かないなら動かないで構わない。
俺はそのまま剣を振るうだけだ。
『開け!逆螺旋剣!』
彼が剣を振るったその瞬間に、俺も叫び、剣を振るっている。
俺の叫びに応えるかのように唸りを上げながら、剣はその花を開かせる。
回転する魔力の刃は、眼前にある全てを蹂躙するかのように、俺の前方にある全てを飲み込む様に突き進んでいく。
魔力の花が、まるで掘削機が突き進むようにすべてを抉り取っていく。
――――だが、それは目の前の化け物には届かなかった。
本来なら殆どの生き物が抗える事の無いレベルの攻撃。
例えもう一段上の強力な攻撃が有るとはいえ、生身で、特殊な道具も用いず、ただその剣のみで魔力の花をぶった切った。それも一切の外傷を負う事も無く。
目の前の化け物は、正面から完全に、俺の切り札の一つを叩き潰したんだ。
その様に、ただ、目を見開くしか無かった。
この人なら防げるとは思ったから撃ったのは確かだ。死ぬ事は無いと思えたから撃った。
けど、だけどだ。
クロトの様な特殊な例を覗いて、初めてイナイ達レベル以外の人に、この攻撃が全く通用しなかった事に驚きを隠す事が出来なかった。
流石に一切の負傷を負わせられないなんて、思わなかった。衣服に汚れすらつけられないなんて思わなかった。
「ふぅ、今のは流石に肝が冷えますね」
「―――――っ」
あの一撃を撃たれて尚、涼し気な化け物の眼光がこちらを向く。
それだけで、背筋が寒くなる。
肝が冷えるなどと言う言葉とは裏腹に、目の前の化け物はまだまだ余裕が有るのが解ってしまう。
彼の表情に騙されてそう感じるんじゃない。何故か解る。彼は本当に余裕が有ると、俺の中の何かが言っている。
目の前の奴は本当にヤバイと。戦ってまともに勝てる相手じゃ無いと。
こいつは逃げないと駄目なやつだと思いっ切り叫んでいる。
逃げないと危ない相手じゃない。逃げないと殺される相手だと。
「――――ステル・ベドルゥク」
だからどうした。
怖いのなんて解ってんだよ。俺がどれだけ化け物の巣窟で訓練してたと思ってる。
何度死にかける様な訓練して来たと思ってる。
俺は、誰と戦って、まともに勝負が出来る様になろうと約束したと思ってる!
恐怖を無理矢理戦意に置き換え、眼前の化け物を睨む。
俺の手元でその想いに応えようと、技工剣が唸りを上げる。
その真価を発揮せんと5つの魔力水晶が光り、明らかに存在自体がおかしいほどの魔力の剣を作りあげる。
それを見てもなお、化け物の表情は崩れない。
「ふふ、怖いですね。その剣は少し反則ですよ」
「自分でもそう思いますよ。けど、これぐらいしないと貴方に勝てる気がしない」
彼は俺の言葉を聞き、楽しそうに笑う。これを見て笑えるんだ、この人は。
この人は剣士だ。彼が自身に持つ物はこの剣のみと言ったぐらい、剣士である事に誇りが有るんだろう。
そして同時に剣だけしか使わないという拘りでも有る。
勿論彼は強化魔術を使っているし、魔術の攻撃を散らすための攻撃も放っている。
けどそれでもその力を攻撃に回していない。
あくまでも彼は剣士なんだ。その身体能力と、剣の技のみで戦う剣士。
だからこそ、この魔力の剣は彼にとって厄介な物の筈。
それでも彼は気にしない。それで勝てるなら使えば良いとばかりに笑う。
それは余裕や侮りから来るものじゃない。どんな手を使ってでも勝とうとするのが当たり前だと思っているからだ。
そして何よりも、どんな相手であっても、剣で勝つという信念が有る。
だから笑える。その剣で勝てるという想いが有るから。
技工剣を青眼に構え、頭にちらつく死のイメージを押さえつけ、彼に向かう。
俺だって、負けようと思ってやるつもりは無い。
つーか、技工剣の完全開放までやって、そうそう簡単に負けられるかよ!
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