第426話開始です!
ただ今、以前魔術戦をやった訓練所、いや演習所かな。
そこまで移動し、尚且つわざわざ、訓練している兵士さんにのいて貰うのを待っています。
兵士さんの訓練止めて良いのかしら。
いやまあ、騎士隊長さんがわざわざ止めたわけだから、良いんだとは思うけど。
彼らをどかすのも、俺が回りを気にしないで良いようにだ。
本気で魔術を放っても良いように。
この人完全にマジだわ。本気で俺の全力を叩き潰す気満々だわ。解ってたけどさ。
「なんだか、申し訳ない事をした気が」
「あはは、大丈夫ですよ。中途半端なところでどかせるわけじゃ無いですから」
ああ、なるほど、一応ある程度やるべき範囲はやってからなんだな。
てことは、まだしばらく待つ感じなのかな。
「待ってるなら、グレット連れてきてあげれば良かったかな」
シガルがグレットの事を思い出し、ぼそっと呟いた。
確かに待ってる間、遊ばせてあげればよかったかも。
それに対し、バルフさんがにこやかに口を開く。
「おそらくまだ暫くは待つと思うので、呼んできてはいかがでしょう」
因みに現在、さっきの威圧感は完全に消えている。それが逆に怖い。
戦闘開始のタイミングでまた変わるのかなぁ。
「えっと、どうしよう、タロウさん」
「ん、じゃあせっかくだし言葉に甘えよう。実際全員撤収まで時間かかるだろうし」
『お、迎えに行くのか?』
シガルの問いに立ち上がってグレットを迎えに行こうと言うと、ハクが素早く立ち上がる。
クロトも静かに立ち上がったのを確認して、バルフさんに頭を下げてからその場を離れる。
彼はそんな俺達に笑顔で手を振った後、兵士さんに目を戻した。
その立ち姿はとても静かで、さっきまであんな怖いと思った相手とは思えなかった。
「なんか、あの人凄い雰囲気の変わりようだね」
移動中、さっきのバルフさんを思い出すかのように呟くシガル。
「ねー。初めて会った時はあんな威圧感のある人じゃ無かったんだけどな」
「そうなの?」
「うん、強かったのは強かったけど、あんなに怖くはなかったかな」
初めて会った時は、あの人からは強い人の圧みたいなのは多少はあったけど、あんなに肌に感じるような恐怖は無かった。
けど今は違う。あれは本気で不味い相手だと解る威圧感だ。
すぐに逃げ出せと本能が訴える恐怖感だ。
「今は平時だと一切出てないのが余計に怖いな」
一瞬でそこにいる生き物が別物になった空気。あれは本当にびびる。
威圧感せいか、その恐怖のせいか、一瞬体がすくむ感じがする。
もしわざとなら、完全に術中にはまってるな。
リンさんが本気を出したときの変貌にどこか似ている気もする。いや、あの人はいつも怖いか。
怖いのがもっと怖くなるだけだった。
『あいつ、物凄く強いと思うぞ』
「言われなくても解ってるよ」
あの威圧感受けて弱いと思うやつは鈍すぎるだろ。ただひたすらに怖いわあんなん。
前に首を切られそうになった時も怖かったけど、あの時より怖い。
ただそのおかげか、集中は良い感じに高まってる。
恐怖が、体を戦う状態にしてくれている。体の感覚がとても軽い。
「・・・あの人、強いけど、良く解らない」
ハクの言葉を聞いて、クロトがぽそっと口にする。
どういう意味だろう。
「クロト、どういう事?」
「・・・前にあの人とやった時は、良く解らなかった。もっと強そうだったのに、何か弱かった。だから解らない」
ああ、飛行船での一戦かな。
あの時はクロトがあっさり勝ったんだっけか。
でもあれは、本気でやるつもりはなさそうだったし、そんな物じゃないかな。剣だってすぐ手を放したし。
「強いけど弱い、ねぇ。でもあの時はデモンストレーションみたいな物だし、本気じゃ無かったと思うんだけど」
「・・・うん、だとは思う」
クロトは何か気になる事でも有ったのかね。だがクロト君、表情が変わらな過ぎて、ただの雑談なのか、何かの注意なのか解りませぬ。
でも、まあ、何かしらの奥の手的な物は持っていてもおかしくは無いだろうな。
強化魔術だけだとは思わない方が良いかもしれない。
「まあ、気を付けるよ」
「・・・うん」
クロトが頷くのを見て、頭を撫でる。
少し嬉しそうな顔を確認して、皆でグレットを迎えいに行くのだった。
クロトが居るからね。歩いて行くしかないのよね。
まあすぐにはのかないってバルフさんも言ってたし、大丈夫でしょ。
「お帰りなさい。皆さん」
『ただいまー!』
グレットを迎えに行った後、3人でグレットに乗って戻ると、変わらずそこに居たバルフさんに笑顔で迎えられる。
ハクはいつも通りの低空飛行である。
何故かハクが一番先に返事をし、グレットが二番目にがうっと返事をした。
やっぱりこの子、俺の言う事だけ理解して無いな。
「もしかしてお待たせしました?」
演習場の方を見ると、既に誰も居なかった。徒歩で行くしかないとはいえ、ゆっくりしすぎたかな。
「いえ、ついさっき場所が空いたところですよ」
「そうですか、良かった」
どうやら間に合ったみたいだ。ここからグレットのいる厩舎までそこそこ遠いから、のんびり歩いてたら時間かかるのよね。
まだ少し兵士さん居るらしいって言われたし、大丈夫だって思ったんだけどな。
「ゆっくりでしたけど、何か問題でも有りましたか?」
「ああいえ、クロトが転移できないので、徒歩で行くしか無いんですよ。戻ってくるのはグレットに乗れば良いですけど、向かうのは少し時間がかかって」
「ああ、そういえばそうでしたね」
クロトの特性を知っているバルフさんは、少し申し訳なさそうに納得の言葉を口にした。
どうやら忘れていた様だ。
なるほど、それで時間が有ると言ったのかな。
「では、行きましょうか」
「あ、はい」
バルフさんに促され、演習場を歩いて行く。なるべく中央に。周りに何も無い所に。
「タロウさん頑張ってねー!」
シガルの声援に手を振って、どんどんと離れていく。
彼女達は傍にいると危ないので、城の出入り口傍で待機だ。
彼女達っていうかシガルとグレットだけだけど。
ハクとクロトはめったな事では怪我しないだろ。
特にクロトは黒で完全に覆えば、そうそう何とも無いだろうし。
「いい子ですね、彼女は」
「シガルですか?」
「ええ。彼女、本当は止めたい様に見えました。けど、止めずに声援を送った」
「あー、かもしれません。けど、多分シガルは止めないと思います」
俺の言葉に、バルフさんは目を瞑って口元だけで笑う。
アロネスさんもそうだけど、何でこの人ら、こういう些細な行動だけで絵になるのかね。
「そうか、君たちはとてもいい関係を築けているんですね。私もそういう相手に会いたいものです」
「バルフさん、もてそうなのに」
「あはは、残念ながらそうでも無いんですよ」
マジか、絶対この人もてると思うのに。
あれかな、仕事と訓練ばっかりで出会いがないタイプかな。
これは突っ込まない方が良い様な気がする。他の話題で行こう。
「この辺りで良いですか?」
世間話をしながら、演習場をかなり歩いた地点でバルフさんは俺に問う。
周囲を見回し、城からもかなり距離が離れているのを見て、おそらく大丈夫だろうと思い頷きで応える。
「そうですか、ではここで始めましょう」
「はい、そうですね」
だが彼は構えず、自然に立つ。
ミルカさんの様に。リンさんの様に。
さっきの威圧感も、何も放たずに。
「開始の合図はどうしようか」
「要りますか?」
合図をどうするかと聞かれ、そんな物が居るのかと答える俺の言葉に、彼は笑顔で応える。
そして軽く深呼吸をすると、静かな目を俺に向けて口を開く。
「ああ、そうですね。本当に君は、あの人の弟子なんだなと実感させられますよ」
何を馬鹿な事を聞いたのかと言わんばかりに彼は首を振る。
そして次の瞬間。
「――――わが身はただ一つの剣」
耳に入ったその言葉と共に、首を落とされる感覚を感じた。
首を狙った一閃。完全に本気の一撃。
先程と同じ、化け物が本気で俺を殺しに来ていると感じる一撃。
「ふっ!」
だが、恐怖に呑まれずにその一閃を、たった今握った魔導技工剣で弾きあげる。
四重強化を惜しみなく、最初から全力で彼の剣を弾いて、戻す際に魔力をはらんだ斬撃を振りぬく。
「この剣の先こそが、この身が目指す頂き」
だが既にその場に彼はおらず、大きく引いて魔力の斬撃を躱していた。
詠唱をしながらの斬撃、かつ反撃を当たり前のように躱して強化魔術を完成させている。
躱した際の着地を狙って仙術を放つが、彼はまるで見えているかのように、その攻撃も鮮やかに躱して見せた。
マジかよ、当たり前に躱されたぞ。
「やはり、今ので決着とはいきませんね」
「いきなり首はやり過ぎじゃないですかね」
「そちらこそ、あの一撃はまともにもらえば死ぬような斬撃でしたよ?」
「バルフさんなら大丈夫でしょ。それに仙術も見えてるみたいですし」
「いえいえ、見えてはいないんですけどね」
「どうだか」
お互いに軽口を叩きながら、相手の動きの様子を見る。
いや、もしかしたら向こうはマジで余裕が有るのかもしれないけど。
こっちはじっとりと嫌な汗をかいている。
仙術を当たり前に躱された事実は、俺に確かな焦りを感じさせてしまっている。
「ふふ、やはり、君は素晴らしい。だからこそ、君に見てほしい。君のおかげで私はここまで来たのだと」
彼は構えない。初めて手を合わせた時の様な構えは取らない。
自然に、剣を片手に持ってだらんと下げ、本当に自然に立っている。
それこそそこに、リンさんがいるかの様な錯覚を感じるほどに。
「私が、バルフ・ボレネズ・グランザーブが、君のおかげで辿り着いた成果をお見せしよう」
確かな恐怖を俺に与えがなら、化け物は、そう静かに俺に言い放った。
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