第423話タロウを誘った理由ですか?

『彼に首輪を、かけるおつもりで?』


タロウ君達が部屋から去り、静かになった室内に声が響く。

タロウ君との会話を、ずっと聞いていた人物の声だ。

その音の発生源の魔導結晶に目を向けながら、返事を口にする。


「・・・結果としてはそうなるだろうな」


先程彼にした提案。ウムル王国の、公的な職員として仕事しないかという話だ。

それはつまり今迄と違い、彼は正式にウムルの人間として、外に出る事になる。

外からの目も、中からの目も、彼を見る目はきっと変わるだろう。


「とはいえ、彼を拘束する気も、良いように利用する気も無い。ただ、目の届く範囲の方が安全だと思っただけだ」

『どなたにとっての安全ですかな?』


その一言に、痛い所を突かれた気分になった。

言う通り、別に彼の安全に為に提案したわけじゃ無い。


「今日は珍しく冷たいな。何か思う所が有るのか?」

『申し訳ございません。そのようなつもりは』

「・・・いや、言う通りだ。私は私の我儘で、彼に首輪をつけようとしているだけだ」


別段、彼を手元に置く必要は無い。

彼自身を手元に置いておく事に、彼自身を欲する事に、私は意味を感じない。

だが、彼を手元に置いておく事で、大きな意味は有る。

それは別に、彼が重要なのではない。彼の周りにいる人間が重要なのだ。


別に彼が居なくとも国は回る。彼でなくとも彼の代わりになる人間はいくらでも居る。

彼が国にいる事を望まないならば、その手綱を握る方が面倒だ。

そう言い切れるだけの人材が、ウムルには居る。


勿論、彼自身の能力は高く評価している。

作った物、発案した物、彼自身の戦闘能力。

彼の持つ力は、もはや一般の一個人では有りえない物だ。


間違いなく、彼を欲する人間は居るだろう。

そして彼に危害を与える人間も居るだろう。だが、彼はそんな物、ものともしない。

なにせ彼には、彼自身の能力に加え、彼を取り巻く異常な戦力が有る。

そう簡単に、彼に害など加えられやしない。そう、加えられないのだ。


彼が穏やかな性格だからこそ、余計に彼はその力を欲される事になるだろう。

彼が認めた相手、仕える相手の為なら、きっとその力を存分に振るうのは明らかだ。

だが手段を選ぶような国ばかりではない。もし彼が何処にも所属していない、ただの一般人だと、ただそれだけを見た扱いをすれば、その国は報いを受けるだろう。


―――彼の、表面上の穏やかさに騙されて。


無論、根元の性格は優しい人間なのは間違いないだろう。でなければイナイ姉さんが惚れるとは思えない。

だが彼の穏やかさは、自分を殺すための穏やかさだ。奥底にある激情や恐怖を常に殺すための穏やかさだ。

もしその蓋を開ければ、傍に止める者が居なければ、下手な戦争よりも酷いことになる可能性が有る。

意識してか無意識かは解らないが、彼の言葉や行動の軽さは、自分を、そして何よりも『周りを守る為』の行動だ。


だから、別に彼自身の身を案じるという意味で有れば、別に彼に首輪をつける必要なんてない。

今の彼を止められる人間なんて、一部の人間だけだ。

けど、彼に首輪をつける事で、抑止できる物が有る。


「彼が、いつまでも今の彼のままならば良い。だがそうでなくなったとしても、きっと彼女はついて行く」

『でしょうな。でなければあんなにも念入りに、自分が消えた後の準備をするわけが無い』


彼の恋人で未来の妻。我が国の英雄中の英雄。イナイ・ステル。

彼女には一度、国を去る必要など無いと告げた。

だがそれでも、彼女は国を去る準備を進めている。いざという時の為に。


私は彼女のために、彼に首輪をつけようとしている。

イナイ姉さんが、本気で国を去る準備をしているのを知っている以上、そのカギとなる彼を国に繋げて置きたいと思った。

そうすれば、彼の行いは彼個人ではなく、ウムル関りの事柄となる。

結局のところ、姉さんにこの国を出て行ってほしくない。ただそれだけの我儘だ。


勿論、姉さんの力は国にとっても大きい物だから、国としても居てほしいのは事実だ。

けど、姉さんは『イーナ』を作ってしまった。

彼女がいる事によって、尚の事『イナイ・ステル』が国から消えても大丈夫なようになってしまった。

ウムルに、彼女の居場所が消えても良いようになってしまったんだ。


国としての利益を考えても、イーナが居れば何も問題ないのだ。

誰よりも、イナイ姉さんがそうなるように動いているのだから。

それが、私にはどうしても辛い。


「私は、イナイ姉さんに国を去らせるような真似はさせたくない。それに帝国の件もある。出来るならば、彼の行った事がこちらに向くようにしておきたい」

『それが例え国益を損なう事だとしても、ですかな』


冷静に言い放たれた言葉に、目を伏せる。

この人物の言葉は、私にとっては重く受け止めなければいけない言葉だ。

けど、それでも、私はこの我儘は通したい。

彼らが、仲間が、兄弟たちが居なければ、この国はきっと成り立っていなかったのだから。


「それでも私は譲れない。譲らない」

『責を問われる事を恐れずに、ですか』

「ああ、それでもだ」


本当に、酷い我儘だ。

普段国の為、国民のためなどとのたまわっておきながら、一番の身内のはこの様だ。

勿論普段の想いだって、嘘ではない。民がこの国で安全に生きられるようにという想いは嘘じゃない。

けど、だけど。


「一番近しい者。力になってくれた者を守れず、何が守れる」


身の安全のために彼らを犠牲にするならば、それは結局、大多数を守る為に少数を切り捨てる事だ。

勿論、そうするしかない状況の時もあるだろう。きっとあるだろう。

そこでの決断を迷う気は無い。迷えるはずも無い。

だが、それでも、私は救える限りの全てを救う。

私の顔など知らない民から、身近な家族まで全てだ。

なればこそ、あの人を、国を救ってくれたあの人を守れず、誰を守れる。


「私を責めるか? ヘルゾ」


感情を乗せずに、彼に問う。かつて王をやっていた彼に。

その問いに対する返事は、今までの様な静かで重い声では無かった。


『まさかそのような事。むしろ安心しました。私が仕えるべき王であられると』


最初に彼に首輪をつけるのかと聞いて来たとき居はまるで違う、軽い声。

今までの私に何かを責めるような声音とはまるで違う。


『ステル様はこの国には必要な方です。陛下に次ぐ国の支えと言っても良い。

彼の行いでもし帝国が敵になろうと、国民はステル様を、そして彼女を守ろうとする貴方を支持するでしょう』

「そうか、そうだと良いんだがな」

『それにしばらくは、国に下手な事をしてくる者はおらんでしょう。ウムルの力はしっかりと見せましたからな』


彼の言っている事は、式で使った飛行技工具だ。

あの技工具を見て、うちの国の力を見誤るなんてことは、まさかあるまい。

あれの存在の意味を真に理解できるのならば、万が一にも仕掛けてはこない。

少なくとも、数年は何もだ。


『それに私も、彼には国に居てくれた方が良いと思っていますしな。彼を取り巻く存在を考えれば、当然でしょう』

「ああ、クロト君とハクの事も有る。シガルちゃんはかなり優秀だ。手放すには惜しい。

タロウ君本人は無理にでも欲しいという訳ではないが、国に残ってくれるならわざわざ手放すのは惜しい存在だ」


とはいえ、タロウ君は色々と『やらかしてくれる』ので、実際は国に本気で腰を落ち着ける気が無いのなら、なるべく個人で自由にやらせたいというのが素直な気持ちでは有る。

アロネス程酷くは無いのが幸いだ。あいつは時々本当に酷い。


『個人的な理由でも、彼が残ってくれるのは有りがたいですな』

「ん、個人的な理由?なんだそれは」

『大した話ではありませんよ。クロト君とは盤上遊戯仲間というだけの事です』

「ははっ、なるほど、個人的だ」


ヘルゾは軽く言ってくれたが、解っている。

タロウ君を手元に置くことに利点はあるが、間違いなく損もある。

彼に首輪をつけるというのはそういう事だ。彼の被る損を、国として被るのかという確認をされていたんだ。

彼に付ける首輪は制限のための首輪ではない。彼に連なる人間がウムルだという証明のための首輪なのだから。


「まあ、彼のおかげで色々と進んでいる事も有るからな。その点を考えても、彼の為にというのも、少しは嘘じゃないつもりだ」

『そうですな。本当に、ひと所に腰を落ち着ける気が無いのが惜しい』

「多分、しばらくは無理だろう。彼からは、ただ興味以外にも移動を続ける理由が有るように見える」

『何かそう判断できる理由が?』

「いや、ただの勘だ」

『勘ですか』

「ああ、勘だ」


明確な理由が有るわけじゃ無い。本当にただの勘だ。

だが、何故かそう思う。きっとそこが解消されなければ、落ち着きはしないだろう。

もしくは姉さんかシガルちゃんが、国に戻りたいというかだな。

流石にあの二人の言葉を無視するとは思えない。彼の二人を見る目から、そこは確信を持てる。

だからこそ、彼は危ないのだが。


『とはいえ、結局一時的な物。その後どうするかはまた彼次第ですな』

「ああ、そうだな。だがとりあえずはこれでいい。今はこれだけで十分だ」


後は、タロウ君がどちらに首を振るか。

まあ、断ったとしても特に問題はない。それはそれで手は打ってある。

さて、どうなるかな。

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