第420話狂気の共鳴ですか?

「まさか、そちらからお会いに来られるとは思いませんでした」

「私も、どうしようか迷いましたが、お話はしておいた方が良いかと」


静かな、でも間違いなく作り笑顔の同年代の女性を前に、自分も作り笑顔で応える。

この人個人にはこんな事、必要はあまりないけれど、周りの目が有る。

あたしはあくまで平民だし、王族に下手な態度は取れない。


ただし今回に限っては、普通ならとつくのだけども。

今回は少しだけずるをさせて貰う。

あたし個人には何の権力も無いし、何の権限もない。あたしはただの小娘だ。

けどあたしには、あたし個人には勿体ない人脈が有る。


「それで、お話とは何でしょう」


何に対しての話なのかは察しはついているであろう笑みを浮かべながら、彼女はあたしに問う。

お前ごときが何をしに来たのかと。


彼女が強気な理由は二つ。

一つは単純明快にあたしの力を知らない事。

そして、あたしが平民である事を知っている事。


トレドナさんがここに居らず、フェビエマさんも居ないのに、あたしに会うのに護衛をすぐ傍に置いていない時点で、完全にあたしを舐めている。

いや、普通なら駆け寄ってこれる距離だろう。小娘一人から護衛をするには過剰戦力の人間が、今この場にはいる。


これ自体も、私を委縮させるための行為なのは解っている。

小娘が、何を言い出せば、どうなるか解っているなと。

彼女は明確に、あたしの好きな人に敵対をしたという意識を持って、この環境を置いている。

お前ごときが何の文句を言えるものかと。


おそらくこの人、場合によってはあたしの無様を切り口にして、彼を攻撃するつもりだろう。

だからあの笑顔の奥には、内心少し、本心から楽しみにしている物も有るだろう。

あたしがどんなへまをするのかと。

小娘が、感情のままに貴族の、王族の前に立って、どんな馬鹿をやらかすのかと。

この小娘の不敬を理由に切り殺せば、あの男はどんな顔をするかとすら思っているかもしれない。


まあ、流石に最後は無いか。それでは彼女は兄に嫌われてしまう。

だが、間違いなく、彼を責める口実には使うはずだ。


―――そうはいくか。


「先ずは、これを見て頂けますか?」


私は表を伏せて、テーブルにとある冊子を置く。

その行動に彼女は眉を一瞬動かすが、笑顔のまま応えた。


「・・・拝見いたします」


静かに私に伝えて、冊子を取り、中を見ていく彼女。

最初こそ笑顔を保って読んでいたが、段々と目が見開かれているのが解る。


「・・・これは」

「それは貴女のお父様もご存じの機密。いえ正確には、貴女のお父様以外は、国外に知る者の居ない機密です」


その中に有るのは、今まで彼が成した事が。いや、彼が居た事で成しえた事がいくつも書かれている。

実際の報告書や、流れている情報には、彼の名は存在していない。

だがその冊子にはしっかりと、彼の名が書かれている。

私も知らなかった様な、彼が居たことで発生した様々な事業と利益も、そこに記載されている。


「・・・何故貴女がこんな物を。いえ、それ以前に、貴女も知る筈が無い。知って良い筈が無い」

「お忘れですか?私の立ち位置を。名を連ねる存在ではないとはいえ、知らないままな筈が無いでしょう」


若干ハッタリだ。

相談して、方向性が決まってから教えられた事が多大にある。

流石にあたしの立場が不思議な所にあるとしても、そんな事まで知るわけが無い。

正直な所、目的が目的じゃ無かったら、怖いからそんなの教えないでという物もあった。


「貴女が手を出すと言った人間がどういう功績を持つのか、おそらくそこに書いてある事は知らなかった物もあるでしょう。

なのでこれは親切心からお話をさせて貰いに来ました。やめておいた方が良いですよ。貴女はお兄様の事が好きなのでしょう?」


にっこりと、それはもう、やってやったという想いを込めて、彼女に、に笑顔を向ける。

貴女が下手に動けば、お兄様の立場が悪くなるのだと。

自分が攻撃の意思を示した相手は、そういう相手なのだと


何よりも、その機密の存在を彼女は、ウムルの監視が付くという事実を突きつけられたのだと。

だが彼女は口元だけを吊り上げ、笑っていない目でこちらを見つめながら口を開く。


「ですが、だからどうだというのでしょうか。彼は結局、その職責を担う様な立場に無い方でしょう。容易く切り捨てられる存在です」


半ば開き直りも有るのだろう。彼女は何の戸惑いも無く言い放った。

彼が国にとって不利になる存在となれば、ウムルは容易に彼を潰すだろうと。

暗に、自分がそうするつもりだという思いを込めて。

勿論そんな事は、流石にここでは口にしない。


「だからと、平民だからと、責任を担う立場にないからと、それだけの功績をウムルが、何よりも国王陛下が無視するとお思いで?」


あたしの返答に、口元は相変わらずだが目つきが鋭くなる。流石に国王陛下は完全なハッタリだと思ったのかもしれない。

所詮あたしは平民だ。イナイお姉ちゃんとの関りが有るとはいえ、そんな人間が本当の陛下の在り方を知るわけが無い。


ただしこの国が、普通の国で、タロウさんがタロウさんじゃ無ければだけど。


「そのような大口を叩いて、大丈夫なのですか?

国王陛下の言葉を語っている様に聞こえますわよ。平民の娘が他国の王族の前で、まるで国王の意思かのように語るなど、その意味を解っているのでしょうか」


してやったという様な彼女の言葉。この場で不敬罪で、この国の貴族の代わりに切り捨てる事も出来るのだという脅し。

そんな彼女の言葉にあたしはさらに口を歪める。彼女はその変化にすぐ気がついた様子だったが、今更もう遅い。


貴女は、あたしに、喧嘩を売ったんだ。貴女はきっと眼中になかったんだろう。

けど貴女は確かに、明確に、喧嘩を売ったんだ。

あたしの目の前で、あたしの愛する人に、喧嘩を売った。

あの時点で、あたしは既に覚悟は出来ている。そんな脅し、今更遅い。


「勿論。国王陛下直々に証された事です。私の言葉ではございません。何でしたら確認を取って下さっても構いませんよ?」

「なっ!」


流石に国王陛下本人から話をされたというのは、予想外だったんだろう。

あたしだって予想外だ。相談したら、最終的に陛下が出てきたのだから。

その時のあたしの慌てっぷりは、彼女の比ではない。

なにせ短い時間とはいえ、陛下と一対一で話す時間も有ったのだから。

今迄は彼やお姉ちゃんが居たおまけだったからよかったけど、あたし自身が陛下の前にというのは流石に心地が良く無かった。


ただ、今回の陛下の意図は、タロウさん本人を気にかけているだけの話じゃない。

皆が気にかけているのは、間違いなくイナイお姉ちゃんだ。

結局のところ、この国の人達はみんな、イナイお姉ちゃんが好きなんだ。

だから、イナイお姉ちゃんに害が行く事柄の話になると、全力になる。

ただ今回の場合、さらにそれにウムル王が個人的に友人である、グブドゥロ王から相談されていたのも大きかった。

流石の彼女も、そんな国の恥になるような相談を、王同士でしているとは思わなかっただろう。


そこであたしは立ち上がり、彼女の傍にゆっくりと歩いていく。だが途中で護衛があたしに剣を突き付けた。

本来は護衛としては正しい。どう見てもあたしと彼女の会話は和やかには見えない物だったから。

でも、ここに至っては話が違う。


彼女の手元にある冊子には、ウムルの重鎮の名が有る。

その機密を持ってきたあたしは、国王陛下の言葉も受けてこの場に来ている。

それによってあたしは、国賓として扱われてもおかしくない様な立場に、一時的になっている。

それを最初に伝えずに、陛下の言葉の下に会いに来たという事を伝えずにこの場を設けて貰った。


それは、このためだ。

解っていない護衛があたしの存在を軽く見る様にするために、黙っていた。

上手く、釣れた。


「や―――」


彼女が剣を退かせる言葉を放ち切る前に、人間が一人宙に舞う。

鎧は砕け、盛大に壁に叩きつけられ、そのまま意識を失う護衛。

周囲の護衛はその様を、理解できない目で見ていた。


トレドナさんから、この国の兵の実力は聞いている。

あたしの二重強化について来れる人は居ないのは確認済みだ。

本当は今みたいな、人が吹き飛ぶ攻撃の仕方は褒められない。けど、パフォーマンスには最適だ。

なのでわざと威力を散らして、壁まで吹き飛ばした。


「まさか、剣を向けられ、主人が制止をしないとは。この事は、陛下に報告いたしますね」


あたしは、裏拳を放った体勢のまま、彼女に言い放つ。

『貴女はウムル王国に喧嘩を売るつもり』が有ると、国に報告しておくと。


「な、あ、あなた・・・!」


そこで彼女は嵌められたのだと悟る。

彼女は自分の意図を、意志を通し、私の存在を無かったことにしようとしたのだと、そういう話にさせられるのだと。

これにより彼女の父は、大義名分を持って彼女の拘束を強めるだろう。

そして、彼女に対するウムルの公な監視も認めてくれる。

彼女は元々、父親もその狂気に頭を悩ませていたのだから。


「くっ、私はお兄様の傍に有りたいだけなのに、それなのに誰もかれもがこんな・・・!」


笑顔を作る余裕も無くなり、わなわなと震える彼女を見て、冷めた思いが口に出る。


「私も、私の愛する人を守りたいだけです。貴女ならわかるでしょう?」


笑顔を消し、真顔で言う。

『はらわたが煮えくり返っているのは同じ』だと。


「貴女が、貴女個人の事で、あの人が気に食わないと文句を言うのなら、あたしはきっと動かなかった。愛する人が自分より他人を見ているのは、嫉妬するのは当然ですから」

「―――っ」


彼女はそこでやっと、やっと、あたしを見た。

平民の娘じゃない、シガル・スタッドラーズを見た。


「けど、貴女は手段を間違えた。自分の地位をよく理解していた貴女の言葉は、貴女の首を絞めたのです。貴女がもう少し自分の意思を包んで言葉を選べば、この結果は避けられたでしょうね」


タロウさんから聞いた彼女の言動は、間違いなく自分の立場を最大限利用するつもりの言葉だった。

彼女がただ努力して、自分に振り向かせるつもり等とは、到底思えない言動だった。


「愛する人が、明らかな敵意を持って見下され、何よりも理不尽な権力によって攻撃される可能性を見た。

貴女なら、どうされるでしょうね?」

「―――――殺しても、あき足りませんわ」


あたしの問いに対する彼女の言葉は、苛烈そのものだった。

流石にそれはどうなんだろうとは思った物の、おそらくあたしの言葉に習って、少しでも状況を良くしようと思えるようにも感じる。

まだ、足りないか。


「王女殿下。私は貴女本人に特に恨みがあったわけじゃありません。むしろその気持ち自体はとても理解できる。だから理解できる。

私は理解を示しているようで、示せていない。相手が『イナイ・ステル』だから納得出来ただけ。あの人が好きだから。あの人が偉大だから。

一歩間違えればきっと、だったでしょうね」


彼女は、あたしの言葉を聞いて、だんだんと目を輝かせていた。

同じ人間を見つけたと。同類を、同志を見つけたのだと。

その身の内に、自分と同じ狂気を持っている相手を見つけたと。


「貴女は、許せるのですか、彼女を」

「私は彼を愛しています。そして彼は、私達を愛しています。なら私は、彼が愛する人も愛します。?」


笑顔を向けて、彼女に伝える。

愛する人間の傍に居たいのならば、愛した人の想いを共有する物だろうと。

たとえそれが、だとしても。そこにあたしの決定権が無く、彼の心が決まっているならそうしよう。

そうすることでしか傍に居られないなら、様々な事を犠牲にして、その想いに共鳴する物だと。

その心の奥底に、ドロリとしたものを押し込めながら。


「その狂気を向けるべきは、愛する人の外敵のみ。それが出来ないなら人を愛するなんてやめてしまいなさい。

最大限利用できる人を攻撃する様な、中途半端な視界など捨てなさい。本当に心の底からその人の傍に有りたいなら、もっとやれる事が有るでしょう」


彼女はあたしの言葉にさらに目を輝かせる。

あたしが愛する人を『利用してでも』愛する人の傍にある自分を作れば良いだろうという言葉に。

この人は、やっぱり、同類だと。


「し、シガル様。もしよろしければ、お姉さまと呼ばせて頂けませんか?」

「・・・」


まさかそう来るとは思わなった。

この兄妹、変なところで似ている。


「・・・好きにお呼びください」

「はい、お姉さま!」


若干ため息を吐きながら答えると、心底嬉しそうに彼女は応えた。

タロウさんの気持ちが、少しだけわかった気がする。


「では、私が伝えるべきことはすべて伝えさせて頂きました。失礼いたします」

「は、はい。お姉さま。その、申し訳ありませんでした」

「私に言うべき事では無いと思いますが」

「はい、解っております。ですが貴女に伝えたかった」


彼女の言葉に一礼をして、部屋を出る。

最後に見た彼女の目は、トレドナさんがタロウさんに向けるそれと同じだった。


『終わった?』

「うん、ありがと。終わったよ」


部屋の外で待っていてくれたハクに応える。


「それじゃー、お礼をしに行かなきゃね」

『ブルベの所?』

「陛下は勿論だけど、これ持たせてくれた方にね」

『キャラグラとか言う奴だっけ』


ハクの言葉に頷き、歩を進める。


王女殿下はこれから強い監視の下、生活を送る事になる。

それでもきっと、彼女はトレドナさんを諦めない。それが解ってしまう。

だって、彼女はあたしだから。


ああ、嫌なところで親子って似る物だ。

だからあたしは、お父さんに優しくなれない。

あの人と同じ狂気を、間違いなく抱え込んでいるから。


お父さんとお母さんの似たくない所を、しっかり受け継いでしまってる。

タロウさんを、人を好きになる前は、もう少し穏やかだったと思うんだけどなぁ、あたし。

うーん、このままだと、本当にお母さんみたいになっちゃう。気をつけよ。

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