第419話アルネさんの訓練に混ざります。

「あっはっは。まーた、面倒なのに目を付けられたなぁ」

「本当ですよ・・・」


アルネさんと世間話をしつつ、剣を打ち合う。

不真面目と言われるかもしれないが、この人とやる時はいつもの事だ。

基本的に決まった型を流しているだけなので、意識せずともできる程度でなければ使えているうちに入らない。

とはいえ、油断してると時々約束外の事もやって来るので注意が必要だ。


この人がお弟子さんと一緒に訓練しているのは知っていたので、ちょこっと参加させて貰いに来た。

因みにバルフさんから国を離れる前に一度本気で手合わせをしよう、とか言われたので、騎士隊に足を運んだら訓練とか言ってる場合では無くなるであろう。

次は剣を抜く。そのつもりで来てくれ。と言われたので、かなりマジだと思う。


「前にも来てたけど、あの人、何なんだよ・・・」

「約束組手とはいえ、なんで師匠の剣正面から受け止められるんだ。あの速度、明らかにおかしいぞ」

「あの人、鍛冶師じゃないんだってよ」

「はぁ?意味が解らん」


あー、そういえば飛行船には鍛冶師の人居なかったっけ。

ここは俺のこと知ってる人少ないのね。

他の仕事の人と違って、あんまり他の職種の人と世間話しない感じなのかな。


「そういえば、暫くしたらまた旅に出るのか?」

「まあ、一応そのつもりですが」

「折角戻ってきたのだし、腰を落ち着ければ良いだろうに。可愛い嫁もすぐ出来るんだしな」

「あー、あの二人が可愛いのは全力肯定しますけど、もう少し色々見て回りたいなーって」

「ふむ・・・」


俺の答えに、アルネさんが少し考えるような表情を見せる。

ただ困った事に、そうなるとこの人、攻撃速度が上がる。

多分意識が別に所に行って、加減が甘くなるんだと思う。


「わっ、たっ、とぉ」


あ、これ、もう約束組手じゃない。普通に組手だ。

ちょ、早い早い。

強化無しじゃ無理と判断して、仙術強化でいなしながら魔術強化をかける。


とりあえず、通常魔術強化維持で、偶に仙術でカバー。

ふう、危ない危ない。今日は木剣じゃないし、刃をつぶしてても食らえば痛い。

そういえば、アルネさんの全力戦闘って見た事無いな。


いや、正確な意味では全員見た事無いんだけどね。それでもその実力が察せられる程度の物は見ている。

けど、アルネさんだけはなんというか、そこまで戦闘能力高い所を見ていない。


勿論、2重強化で同等状態な時点で普通じゃないのは解ってる。

ただ、他の人達が凄すぎるんだよな。

鍛冶の実力と武術の幅の広さが有るから、そっちを考えると結局あの人達と並ぶ人なのかなとは思うんだけどね。

樹海の亜竜を強化魔術も無しで倒せる人だから、強いのは間違いないんだけど。


「後でロウにでも言ってみるか」


どうやら自分の中だけで結論が出たらしく、それを口にして意識を戻すアルネさん。

そこで俺の剣を大きく弾いて、彼自身も少し下がる。

ふう、ちょっと怖かった。

2重強化で何とか付いて行ける速度だからなぁ。


「しかし、腕を上げたな。樹海に居た頃よりも動きが良い。力押しをしないで、きちんと技を使っている証拠だな」

「まあ、俺は素の身体能力がどうしても低いんで。魔術で強化できるって言っても限界が有りますから、鍛えないといけないって意識は有ります」


どうあがいても俺の身体能力は普通の人間だ。どこまで魔術を鍛え上げられるかは解らないけど、それも絶対限界がある。

なら、使える物はすべて使いこなす必要がある。

今持っている物を、もっと上手く。


「目標はミルカさんですねー、やっぱり」

「あっはっは、あれを目指すのは、人を超える必要が有ると思うがな」

「あ、やっぱりアルネさんから見てもそうなんですか?」

「当たり前だろう。あいつは無手のみに特化してるとはいえ、その目と体捌きはもう人間の域じゃない。

身体能力の低さを、人知を超えた身体の使い方でどうにかしている。あれは俺から見ても化け物だよ」


おうふ。普通に現状打ち合いで厳しい人が、化け物と言い放ったかぁ。

しかしそうか、そんな気はしてたけどやっぱりミルカさん、この世界の人にしては身体能力低いんだな。

あの人の動きは、強化せずとも一応は目はついて行ける。


「それも、リンという理不尽の前には、なす術もない様だが。俺もあいつに勝てる気はしない」

「あ、あはは、あの人絶対おかしいですよね」

「何も通用せんからな、あいつ」


リンさん的には、その言葉は納得いかないらしいけどね。

詳細は聞いていないけど、ミルカさん、セルエスさん、アロネスさんと真剣に勝負した時は、結構必死だったと言っていた。

ウッブルネさんに関しては、剣の技量は絶対ロウの方が上だと言っていた。

師匠らしいし、思う所が有るのかもしれない。


「だがしかし、そうか、ミルカか。なら、これくらいは越えていけないと、追いつけないぞ」


次の瞬間、巨体が一瞬で俺の眼前まで迫り、その剣が上段から振り下ろされる。

やべえ、早え。

そのままでは間に合わないと判断して、即座に仙術強化をの度合いを上げる。

何とか剣を受け止めつつ横に逸らそうとするが、その剣を絡める様に横に弾かれた。


「げっ」


右腕が完全に弾かれ、胴ががら空きになる。

そこに俺の腕を弾いたとは思えない速度で、下段からの切り上げが迫って来る。

だが、最初の踏み込みの時点で三重強化の準備は出来ている。躱せる。


体を逸らして切り上げをギリギリかわし、左手で掌を打ち込もうと踏み込むが、それよりも早く振り下ろしが帰って来るのが見えた。

二段までならともかく、三段目も速いとか、予想外です。


その場で左足を軸に体を回し、引き戻した剣を両手で構えて上段切りを滑らす様に受けつつ、アルネさんの背後、斜め後ろにすり抜ける。

いつもならそこで円を描くように逆側に回ってきりつける。だが今回はそこで急制動をかけて、今まさにすり抜けていた方向に振り向きつつ剣を振る。

普段と違う流れでの剣、これなら。


だがその思惑はあっさりと、剣の柄で弾かれた上に、弾いた勢いであげた剣が、上段から振り下ろされる。

真っ直ぐに振り下ろされる軌道と判断して、腕を弾かれた方向に半身になって避けつつ、自分も肩口に向けて斜めに剣を振るう。

アルネさんはその剣の軌道に沿うように体をずらし、剣筋に乗るように体を回転させて躱すとほぼ同時に、上段から剣が俺に降って来た。


あ、これもう躱すの無理だ。


「くぬっ!」


迫る剣の直撃を避けるために、一瞬首を振って、剣の側面に頭突きを入れる。

剣はそのまま振りぬかれたが、何とか俺の肩を掠る程度ですんだ。


「おお、やるじゃないか。今のは決まったと思ったがな。うんうん、いい動きになったな本当に」

「こ、こっちはアルネさんの初めて見る速さの動きで、滅茶苦茶ビビりましたよ」


三重強化で何とか付いて行ける速度。

そして今の感じからして、それでもまだ結構加減している。

やべえ、前言撤回。この人も化け物だ。


「とはいえ、俺はこっちが専門じゃない。武に捧げた人間じゃ無い。その相手に技術で負けていたらミルカには届かないぞ?」

「技術以外の物も有った気がするんですけど」

「まあ、確かに、それなりの速度で打ちはしたが、それでもそれなり程度だ。流石にそれ位は解るだろ?」

「ええ、勿論。流石にそこまで節穴じゃ、鍛えてくれた人に申し訳ないですから」


アルネさんの速度は凄まじかった。確かに速かった。

けど、あれは単純な速さが理由で速かったんじゃない。

その動きに無駄が無く、俺の動きを完全に見ているからこその速さだ。

常に俺の一手先を見ている。だから速い。

動きに迷いが無く、淀みがなく、綺麗な動きを成しえる。


ミルカさんレベルでは確かに無いのかもしれないが、間違いなく、身体能力だけでは成しえない動き。

そして、その動きを支え、さらに力を増す事が出来る体躯。

さっきのはトップスピードじゃない。間違いなく、まだ上がる。


「さて、そろそろ時間だ。今日の訓練はこれで終わり」


そう言って、構えを解くアルネさん。

ありゃ、もうそんな時間か。結構長い事やってたんだな。


「これから打ちに行くが、お前はどうする?」

「ちょっとやりたい事が有るんで、すみませんがここで失礼します」

「そうか、じゃあまたな」


アルネさんがお弟子さんたちを連れて去っていくのを見届けて、俺は技工の作業場にお邪魔すべく足を向ける。

ローブの修理したいのよ。

今日は夜まで一人だから、時間が有るのよねー。


しかし、お弟子さんたちの目、お化けでも見る様な目だったなぁ。

多分アルネさんのあの動き、見たのは初めてだったんだろう。俺も初めてだったし。

あー、普通に怖かった。

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