第417話妹さんとの出会いです!
「単刀直入にお聞きいたします。貴方は兄をどうするおつもりですか」
目の前にいる可愛らしい女の子。年はおそらくシガルと同じぐらい。
そんな彼女からの、俺に対する問い。
声音は優しいのだが、年に似合わない鋭い眼光に若干ビビる。
何で俺、こんなに睨まれているんだろう。
「えっと、どうするつもりとは、どういう事でしょうか」
問われた意図を掴みかね、彼女に聞き返す。
何故ならそれは、自分には本当に答えられない内容だからだ。
彼の兄に何かをしようなどと、一度も考えた事は無い。
いや、初めて会った時は色々とあったが、今では特に何もない。
むしろ時々めんどくさい。
「兄は、ある日から変わりました。今までとは全く違う人になろうとしているかのように。とはいえ本質の部分は相変わらずですが」
目を少し伏せ、思い出すように語る女の子。
彼女はそこで言葉を切ると、また鋭い目を俺に戻す。
怖い。
「それは兄が事有るごとに、貴方の名を口にするようになった頃からです。兄を変えたのは貴方以外ありえない。何の目的があって、兄を手元に置こうというのですか」
うーん、目的と言われてもなぁ。俺は何かを望んでいるわけでは無いし。
というか、俺の傍に居ようとするのはあいつの意思であって、俺の意思じゃない。
そもそも手元にって、何でそういう事になってるのかも解らない。
後、目が怖い。
「俺は彼を手元に置こう、などとは思ってませんよ」
「ならば、兄に関わらないで頂けますか?」
俺の答えに、彼女は眉間に皴を寄せながら、相変わらず優しい声音で言う。
声音だけは優しいんだけど、表情と本当に合って無い。
「えっと、そう言われても、彼が関わって来るので・・・」
「それを止める様に兄に伝えて下さい」
やべえ、なんか、グルルルルって音が聞こえそうなぐらい睨まれてて、ほんと怖い。
何なのこの子。
トレドナさんや、早く戻って来ておくれ。
君の妹さん、聞いてた話と違うんですけど。
俺の対面に居るのはトレドナの妹さんです。王女様です。
今居る場所は、貴族の方々がお食事をされるための場でございます。
俺も今日は、ちゃんとした格好してるよ!
先日トレドナが言っていた通り迎えに来て、ここに連れて来られ、妹を紹介された。
その時の王女様は、とても優し気な笑みで自己紹介をしてくれたのだが・・・。
何故かトレドナ本人が食事の手配をしてくると席を立ち、手伝うとシガルが去ったところで、先の質問である。
ハクもついてったので、傍にいるのはクロトだけだ。
「貴方がステル様の婚約者だという事も、この国指折りの優秀な方だという事も存じ上げております。
ですが貴方はあくまで只の一般人です。本来ならば兄に頭を垂れるべき存在です。そこの所は理解されているのですか?」
「え、ええ、それは勿論。彼は王子様ですし」
「ならば即刻、今のような関係は解消するようにしてください。兄は貴方とは生きる世界自体が違うのです」
うわーい。ガッチガチの選民意識さんじゃねーか。
初対面のトレドナでもこんな感じじゃ無かったぞ。
ていうかあいつは、そういう所結構緩かったのに。
アイツからは気立ての良い、優しい妹って聞いたぞ!
どこがだよ!今にも噛みつきそうな顔してるよ!
そう心の中でトレドナに文句を言っていると、トレドナ達が戻って来た。
「タロウ様、食事の手配を済ませてきました」
「あ、ああ、うん」
うっわ、怖え、今のトレドナへの返事でさらに眉間にしわが寄った。
「バレンナ、タロウ様に失礼な事をしていないだろうな」
トレドナが妹さんに向き、声をかける。
その瞬間、彼女は先ほどまでの表情が嘘のように、満面の笑みで応える。
「まさか、お兄様の尊敬されるお方にそんな事」
えええええええ!!
おいなんだそれ!おいなんだそれぇ!!
あんたさっきまで、俺に噛みつきそうな顔で文句言ってたじゃないですか!
「そうか、ならば良い。お前の我儘を聞いて貰ったんだ。感謝しておけ」
「はい、勿論です。先程も、そのお礼をさせて頂きました」
「そうか、ならいい」
されてないです。全然されてないです。
ていうか、むしろ怖かったです。
「・・・タロウさん、何かあった?」
「あー、いや、うん、何でもないよ、うん」
俺の様子に気が付いたシガルが、こそっと聞いて来るが、曖昧に返してしまう。
だってシガルの目も、トレドナの目も逸れた瞬間、めっちゃ睨まれたんだよ。
「んー、そう? それならいいんだけど・・・」
シガルは不可解そうな表情で、俺の隣に座る。ハクもそのままシガルの隣。
トレドナは妹の横に座った。
丸いテーブルだから、基本的に皆顔が見える位置なせいか、そこからは妹さんが表情を崩す様子は無い。
「自己紹介は終わったんだろうな」
「勿論ですわ、お兄様。ですがタロウ様の婚約者であるシガル様と、ご友人のハク様がおられませんでしたので、改めてご挨拶をしようと思います」
「ああ、そうだな。その方が良いだろう」
トレドナの満足そうな返事に、とても嬉しそうに笑顔を返す妹さん。
さっき俺を睨みつけていた人と、同一人物だとは思えない。
そして自己紹介はされてないです。
「シガル様、ハク様、お初にお目にかかります。私はグブドゥロ王国の王女、バレンナ・シェル・グブドロと申します」
彼女は座ったまま、両手を胸元に置いて、頭を下げながら挨拶をした。
妹さんに応え、シガルも頭を下げ、自己紹介を口にする。
「お初にお目にかかります王女殿下。私の名はシガル・スタッドラーズと申します。この度は私の同席も許可して頂き、感謝いたします」
「ご丁寧にありがとうございます、シガル様。ですが、そのように畏まらずに。私の事はバレンナと、お気軽にお呼びください」
「いえ、まさか王族で有られる方に、そのような事は。ですがお気持ちは有りがたく受け取らせて頂きます」
にっこりと、完全に作り笑いモードのシガルさんと、トレドナと話している時とは違う感じの笑顔の妹さん。
何ていうか、女性同士の挨拶って感じで、どこか怖いと思うのは俺だけであろうか。
しかしシガル、ポヘタの時からそうだけど、こういう所での対応が堂に入ってるよなぁ。
普通に貴族だって言っても、気がつかないレベルだと思う。
最近は慣れたのか、前よりも落ち着いてるから余計そう見えるな。
『私はハクだ。よろしくな』
「はい。よろしくお願いいたします、ハク様」
ハクは通常運転で挨拶をし、彼女も特に気にした様子もなく応えた。
まあ、さっきの感じから察するに、彼女、俺達の事知ってるんだろうな。
「あー、そうそう、トレドナ」
「はい。なんでしょうか、タロウ様」
俺がトレドナに声をかけると、妹さんの眉が一瞬動いた気がする。
気にし過ぎかしら。おいてめえ、何呼び捨てしてんだよ、って感じのような。
「トレドナって、王族だしさ、こういう所で俺を上に扱うのって、あんまりお前にとって良くないんじゃないかなって思うんだが」
だが、続けた俺に言葉に満足したのか、彼女はどこか満足そうな顔をした。
あ、この子意外と解り易い。俺といい勝負かもしれん。
「まさか。私に貴方を敬わないなど、そのような選択肢は存在しません。例えそれでこの身が危険に晒されようと、絶対に譲れません」
だが続くトレドナの言葉に、彼女はびたっと固まったような気がした。
そして笑顔のまま、どす黒い何かが俺に向かっている様な、何かなんとも言えない怖気を感じた。
今の俺のせいじゃねーし!俺は止めたらって言ったし!
「しかし、何故急にそのような事を?以前も似たような事を答えたと思いますが」
「あ、いやえっと」
これ妹の事言って良いものか迷う。
こいつには、とても良い妹って感じみたいだし。
妹さんにしたら、兄の為にって感じがするし、仲のいい兄妹の関係壊すものなぁ。
とりあえず今日は適当に誤魔化そう。妹さんの事は、一回帰ってからシガルとでも相談しよう。
「いやまあ、お前にもなんだかんだ世話になってるしさ。気にするのは普通だろ」
「っ、そ、そうですか、ありがとうございます。ですが私が貴方の役に立とうと思うのは、私の自己満足です。ですので、貴方の役に立てているその事実で十分です」
トレドナが何処か、感極まった声音で俺に応える。
そして同時に、王女殿下殿が、光のない死んだ目で俺を見ている。
さっきの睨まれている時より怖い。すげー怖い。
「バレンナ。お前も、もしタロウ様のお役に立てそうなときは、確りとお力になれるようにな」
「はい、お兄様」
だが、トレドナが顔を向けた瞬間、一瞬で笑顔に戻る。
・・・あー、流石になんとなく解って来た。
うん、流石にここまで露骨だと、解って来た。
そこで食事が運ばれてきたことで、いったん会話は止まり、食事を始める。
多分そんな気がするという程度で確信は持てないまま、表面上は穏やかに昼食の時間は過ぎていった。
「では、タロウ様。私は妹を部屋に送り届けてきますので、ここで失礼します」
「あ、ああうん、またな」
食堂から出て、トレドナと妹さんを見送る。
だが途中で彼女だけ、何故かこちらに戻って来た。
トレドナと、護衛であるフェビエマさんはその場で待機している。
彼女は、俺の目の前までくると立ち止まり、顔を近づけて来て低い声で言った。
「タロウ様、貴方にお兄様は渡しませんから。お兄様は私のお兄様です。絶対に負けませんから」
明らかに、マジな顔で言われた。
うん、やっぱそうだわ。
この子、ブラコンだわ。
おいトレドナ、お前妹に愛されすぎだろ。
「あ、あはは、貴女から取る気は無いので、そんなに気にしな―――」
「その余裕、いつか崩してあげます、覚悟しておいてください」
俺の返事など、どうでも良いとばかりに、シガルに聞こえるのも気にせず、食い気味に返された。
目が完全に見開いていて、めっちゃ怖い。
「では、ごきげんよう、タロウ様」
俺からすっと離れると笑顔になり、頭を下げてトレドナの方まで歩いて行く。
トレドナに合流すると嬉しそうな顔でトレドナと会話し、三人は俺に頭を下げて去って行った。
ただ最後に、フェビエマさんがもう一度頭を下げて、口元が申し訳ありませんと動いていた気がする。
・・・知ってたのかよ。
「あ、あはは、・・・かんべんしろよ」
「なるほど、タロウさんの様子がおかしかったのはそういう事かぁ。そっかそっか」
天井を仰ぐ俺を見て、どこか楽しそうに言うシガル。
「なんか、シガル楽しそうじゃない?」
「あ、ごめんね。彼女のお願いの意味が解ったのがちょっと面白くて」
「お願い?」
お願いって何だろう。シガルにも何か言ってたんだろうか。
でもそんな暇なかったと思うんだけど。
「トレドナさん、妹さんに、少しだけタロウさんと二人にしてほしいってお願いされてたの。それを聞いてて、私もついて行ったんだ。
クロト君は居ても大丈夫だろうっていうから、ハクだけ連れてったの」
「あ、あはは、つまり最初っから、あれを伝えるのが目的か」
「大体想像つくけど、あとでその内容も教えてくれる?」
「うん、あとでね・・・多分想像通りだと思うけど」
ハクはそんな俺達を、不思議そうに見ていた。
クロト君は良く解らないです。全部聞いてた筈だけど、いつものぽやっとした表情でこちらを見つめているだけでした。
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