第414話イナイの我儘ですか?
「甘やかしてんなぁ」
通話を切ったと同時に、話を黙って聞いていたアロネスが私に言った。
その声音はどこか、呆れを含んでいる。理由は流石に言われずとも解ってる。
ああ、そうだな。確かに今回の事は少し甘やかしてるとは思うよ。
けどな、あそこで許さなきゃ、シガルが自分を責める。
タロウを叱るだけなら何も問題ないが、あの子が自分を責めるのは頂けない。
だからこそ、事前にシガルから話を聞いておきながら、二人の時に言ったんだ。
お前達が気にする必要なんて無いと。
「どっちにしろ、あたしの言った事に嘘や間違いはねーよ。そうだろ?」
確かに甘い事を言ったのは間違いないが、あたしの言葉事自体にも間違いはない。
あの二人が何をやろうと、あたし自身は揺るがない。
あたしは、これだけは我儘をどうあっても通すことを、既に皆に伝えてある。
タロウの行く先が、自分の行く先だと。
アイツを支えて生きる事が、自分の今後の人生だと。
それは今回の事に限らない。ブルベに名の返上を伝えたあの日から、私はそう決めている。
シガルから話があった後も、すぐにあいつには連絡を取った。
あたしは仲間たちに危機が有れば、いつでも駆けつけるつもりだ。
だがそれでも、そうだとしても、私の中で一番の優先はタロウになっている。
あたしにとっては、何よりも優先する事になっている。
結果、あたしが国に迷惑をかけるなら、いつでも国から切り捨てるようにと伝えている。
あたしの立場や今までの功績とを天秤にかけて、明らかに国に損しか無いと思えば、その時は切り捨てろと。
あたしは領地を持っていないし、今や制作ノウハウも部下たちに叩き込んでいる。
あたし一人が消えたところで、何も揺らぎはしない。
あたしを想ってくれるブルベの気持ちは、仲間達の気持ちは嬉しい。
けど、それと国の運営は別だ。
勿論「ウルズエス」が国から去ったという事は、国にとって一大事にはなるだろう。
けど、一番大事なのは国民だ。あたしの我儘に国民を付き合わせるわけにはいかない。
あたしが去った後、あたしを慕って来た者たちが国を離れないよう、最後の命令書になるであろう文書も書いた。
あたしがへまをやった時、あたしを切り捨てる準備はすでに終わっている。
あたしの幸せを願ってくれる弟妹達には悪いが、それでも、そこは曲げられない。
一番に守らなきゃいけない物を、たかが技工士一人の我儘を押し通すために犠牲にしちゃいけない。
だから、あたしは一切揺らがない。
タロウがどういう選択をしようと、あたしがついて行く準備は出来ている。
我儘を、通す準備は、出来ている。
「あたしは何が有ろうとあいつを支える。愛してるからな・・・」
「・・・ま、別に良いけどよ。それに今回の事は、ブルベ自身も悩んでっしな」
そう、今回はもはや、タロウ個人の事とは別に、国として話を聞いている。
あの男が、第二皇子が何をやろうとし、そしてウムルに何を求めているのかを。
話を受けた方が、ウムルにとって良い方に転ぶのは間違いない。
第二皇子本人をみて、ブルベはそう判断している様だ。
ただそれは、全てが上手く行った結果の話だ。
へまを打てば、帝国を滅ぼすまでの、ウムルと帝国の戦争が始まる。
勝算が無いから躊躇しているんじゃない。結果沢山の人間が死ぬ事に躊躇している。
第二皇子が負ければ、少なく無い死体が出来上がるのは間違いない。間違いないが、それだけですむ。
今のまま、帝国に睨みを利かせているだけで良い。
それにウムルが動けば、他国も動く。それを、どう制するかも考えなきゃいけない。
つまるところ、タロウの行動はそこまで大事じゃない。
それどころか、タロウが個人で動いた方が、いい方向に動く可能性が有ると言う事になる。
そこも含めて、あの男とブルベはまだ話をしているのが現状だ。
どうやってブルベまで話を持って行ったのかは知らないが、あのブルベが皇子に価値を見出してしまっている。
それは揺ぎ無い事実だ。
そこも含めて、今のあたしは揺るがない。
国としての対応をしようとしている以上、ブルベと第二皇子が接触している以上、タロウの接触は些細な事だ。
だから、あたしの言葉に嘘はない。あたしは、変わらず、あたしのままだ。
「まあ、ブルベに全部任せるか。今回ばかりはな」
「俺らが判断する話じゃねえからなぁ。それにブルベが自分で見て判断したなら、信用できるだろうし」
「ああ、そうだな」
アイツの目は、皆信用している。
アイツは甘いが、その甘さが有って余りあるほどに、物が見えている。
自分を裏切る可能性のある人間にも手はのばす。だがその人間の些細な行動を見逃さない。
目の前の相手が、本当に信用できる人間かどうかの見極めを、違えない。
「まあ、そういう意味では、タロウの目も悪く無かったって事なんじゃねえの?」
「どうだろうなぁ」
結果として、あいつの傍に有ろうと思う人間や、深くかかわる人間は優秀な人間が多い。
いや、あいつと関わる事で、そうあろうとする人間が多い。
とはいえ、あいつがその資質を見抜いていたのかと言われると、首を傾げるのが本音だ。
「脳天気だからな、あいつは」
「そうあろうとする事で、心を守ってるように見えるけどな、あいつの場合」
そうだな、アロネスのいう事は、きっと間違いない。
アイツは、樹海に居る時からそうだった。
「・・・多分、それは間違いないだろうな。心を常に同じ状態に保つことで、傷つかないようにしているんだろうよ」
だから時々勘違いしそうになる。あいつが心の強い人間だと。
実際は違う。あいつは心が弱いから、常に穏やかなんだ。自分が弱いと知ってるから、平静を保とうとするんだ。
それは、あいつの心がぶれた時の、その弱さを思い出せばすぐわかる。
感情の針が振り切れた時のあいつの行動は、普段とあまりに違い過ぎる。
「まあ、でも、確かにタロウには甘い事を言ったけど、今回程度なら本当に問題ないのも事実だ。お前がやった事に比べればな」
「・・・さーて、こっちの作業終わったけど、次何いるんだ?」
「おいこら、誤魔化してんじゃねーよ問題児。てめーの方がよっぽど面倒何度もかましてんのに、偉そうに甘いとか言ってんじゃねーよ」
「あーもう、ごめんって、悪かったって!だから最近大人しくしてんじゃんか!」
私が咎める様に言うと、アロネスは慌てた態度で謝りだす。
こいつの尻拭いを何度かやった身として、これぐらいの嫌味は当然の権利だろう。
アロネスは、結構何度も面倒ごとを起こしてくれている。
それに比べれば、既に国として話を受けている事実が有る以上、タロウの事の方がよっぽどかわいげが有る。
「ったく、お前がウムルの英雄じゃ無かったら、とっくに罪人なんだからな」
「へーい、すんませんでしたー。俺ちょっと休憩してくるなー」
このままだとあたしの小言が続くと思ったアロネスは、適当に返事をして逃げだした。
弟子の子の所にでも行って、お茶でも飲んでくるつもりだろう。
「・・・あたしも結局は同じことか。こればかりは何が有ろうと、我儘を通す気なんだから」
タロウの事では、あたしは一切ぶれない。
勿論あいつが事を理解出来てないなら、覚悟がないなら止めることは有るし、諭すことも有る。
けど、あいつがちゃんと決めて、覚悟持ってやるなら、あたしはついて行くだけだ。
結局それは、完全な我儘だ。あたしがアイツの傍に居たいからの我儘。
はぁ、あたしも相当馬鹿だよな・・・。
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