第413話イナイに軍人さんの事を報告です!
『ばっかじゃねえの?』
後日、とりあえず腕輪でイナイに連絡を取って、件の軍人さんの件で謝罪を入れると、そんな言葉が返って来た。
はい、すみません、知ってた。
「えっと、うん、ごめん」
イナイの言葉に再度謝る。言い訳は出来ないよなぁ。
イナイには帝国にあんまりかかわるなって、言われてたんだし。
俺も本当は関わる気は無かったんだどさ・・・。
『・・・何に対してのごめんだ?』
「え、それは勿論、イナイが関わるなって言ってたのに、関わっちゃったし・・・」
『馬鹿たれ共が。あたしの事はどうでも良いんだよ』
「え?」
馬鹿たれ共?
共ってどういう事だろう。何で複数相手に行ってるんだろうか。
今回の話って、俺だけの事なんだけど。
『あたしが懸念してたのは、お前が命を背負えるのかって話だ。そいつが何をするのかしだいで、お前は多くの命を背負う事になる。
お前がそれに耐えられんのかって話だ。私が心配してたのはその一点だよ』
「えっと、イナイにとって、俺が関わるのは困るからとかじゃ・・・」
『これっぽっちも問題ねえな。あたしには何にも問題ねえよ。ただあたしは、お前がまた心を痛めるのを気にしてただけだ』
ああ、そうか、ポヘタの一件での事か。
あの時の、俺の無様な時の事を心配しての事だったか。
確かに、俺には多くの命を背負う様な覚悟は持って無い。
「・・・帝国軍の人に手を貸すっていうのは、そこまでの事なのか」
『帝国軍と言うよりも、そいつがだな。そいつがやろうとしてる事は、下手をすれば帝国が全部ひっくり返る。お前はそんな奴に手を貸すと約束したんだ』
「でも、戦争の戦力としては手を貸せないって、そう言ったよ」
『それは他国との戦争の事だろう。あいつの、あの男のやろうとしてる事は侵略じゃない』
・・・んー?
気のせいかな、なんか相手の事、完全に誰か解ってる感じの返事のような。
俺は帝国の軍人さんとしか言って無い。けど間違いなくイナイの言葉は誰なのかを固定している。
それに侵略じゃないなら、そこまで気を張る必要もないのでは。
「イナイ、なんか意思疎通に齟齬が有る気がするんだけど」
『ねえよ。解ってねえのはお前だけで、こっちは全部把握してんだよ』
「えっと、俺が話した人って、ヴァイさんって人なんだけど」
『・・・知ってるよ。そいつ上手い事ブルベにも話持って行きやがったからな』
ん、ちょっと待て、ブルベさん?
王様に軍人さんが話を持ってく?
何それ、何が起こってんの?
『シガル、もうここに至ってはお前が気にするこたねえよ。大体そこの馬鹿者が自分で関わったんだ。お前が気にすることは一切ねえ』
そこで何故か、イナイはシガルを呼ぶ。
シガルはそれに一瞬びくっとしたあと、口を開く
「で、でも私が」
『シガル』
けど、イナイはシガルの言葉を、食い気味に遮った。
『気にしすぎだ馬鹿たれ。お前は何にも悪くねえ。大体お前は魅力的な提案を蹴った口だろうが。乗ってればそれなりの待遇は約束されていた筈だ。
それを蹴ってタロウを選んだ。その時点でお前に落ち度なんて一切ねえんだよ』
イナイは、強い言葉で、けどどこか優し気な気配のする声でシガルに言った。
もしかしてあれかな、シガルが皇子に誘われた件が有ったせいで、俺がこうなったとか、何かそんな話でもしてたのかな。
もしそうならそれは違う。これは俺が決めて、俺がやった事だ。
俺が責められこそすれ、シガルが責められる事なんて何もない。
「・・・うん、ありがとう、お姉ちゃん」
シガルはその言葉に、ほっとした様に答える。
やっぱりあれだな、これは俺が連絡を入れる前に、イナイと少し話してた感じか。
そんなこと気にする必要ないのに。
『んで、タロウ。問題はお前だ』
「あ、はい」
何となく正座して佇まいを直してしまった。
腕輪で話してるから、向こうには見えて無いんだけどさ。
『そいつの事、好ましいと思ってんだな』
「個人的には、いい人だと思ってるし、感謝してる相手だから」
『そうか、ならあたしからとやかくいう事はねぇ。さっき言った通り、あたしの忠告は、お前の事を気にしてだ』
「いいの?」
イナイ自身は帝国に良い感情を持って無いのは知っている。
だからこそ余計に、俺に関わるなと言っていたのだとも思っていた。
そこも含めての謝罪だったんだけど。
『あたしが問題じゃねえんだよ。お前が関わるかどうかだけの話だ。だからこそ、覚悟を決めておけ。
あいつからお前に話が来た時、きっとお前は選択を迫られる。どちらの人間をどれだけ切り捨てるのか。選ばない事でどれだけの人間が消えるのかを見る事になる』
「・・・え?」
どういう事だろう。俺の選択で人が切り捨てられる?
選ばなければ、結局それでも死人が出るという風に聞こえる。
『そんな事態、起こらないかもしれない。けど起こるかもしれないんだ。その力を、人に振るう覚悟を決めておけ』
「い、イナイ、もうちょっと詳しくお願い」
多分イナイは何かもっと、あの人について詳しい話を聞いている。
けど、その内容の部分を語ってくれていない。
『・・・向こうさんが今は動く気が無い以上、あたしも下手な事言えねえんだよ。だからどうしても言う事が曖昧になる。
ただはっきりわかってんのは、あいつが生き延びればあの国はほぼ確実に荒れる。そん時、あいつをお前がどう助けるのか次第だ』
んー、なんだろう、派閥的な事で、あの人の身が危険に晒されるって事かな。
んで、あの人を助けるって事は、あの人の周りの人も助ける、っていう意味か。
「その人とその周囲の人をとりあえず助けるだけじゃ、ダメなのかな、それは」
『そいつがそれで納得するなら、そしてお前がそんなあいつを見捨てられるなら、それでいいんじゃねえか?』
「見捨てるって、助ける気はあるよ」
『アイツを助けるって事は、誰かを殺さなきゃいけないって事だ。お前が攻めに行くって意味じゃなく、そいつを守り切る事で多くの人間が死ぬって事だ』
人が死ぬ。多くの人が死ぬ。あの人を助けて、その結果沢山の人が、死ぬ。
その覚悟を決めろ。そういう事か。
あの人を見捨てれば、そんな事態には関わらないで済む。
けどそれは結局、あの人達を見殺しにすることになるのだろう。
それに、イナイの言い方だと、あの人を助けなくても沢山の人が死ぬという風に聞こえた。
きっとそれは、あの人の陣営についた人たちが、皆殺されると、そういう意味合いなんじゃないだろうか。
そしてこのことを知ってしまった時点で、俺は選択をもう迫られている。
手を貸して殺すか。手を貸さずに殺すか。
前者は生々しく、俺の元までその状況が見える事だろう。
後者は心に後味の悪い物を残すけど、そういったもの自体は見なくて済む。
なら、俺は。
「俺は手を貸すよ、あの人に。あの人は、助けたい」
はっきりと、イナイに告げる。
例えその結果が酷い物だとしても、受け止める。
俺はあの人には、死んでほしくない。
あの一日だけの関わりだけど、あの人には、何故かそう思わせる物が有った。
俺はその心に、素直に有りたい。
『そうか、なら、それで構わねぇ。ただ、後悔するな。守るなら最後まで守り切れ』
「うん、解った」
『ふん、良い返事だな。もうちょっとへたれてる返事が返ってきたら、殴りに行ってやろうと思てたのに』
「う、イナイの拳小さいから、内臓にするっと入って痛いんだから、やめて」
骨の隙間とか、こう、筋肉の隙間とか、するっと入るんだよ。
滅茶苦茶痛いんだよ。
『あっはっは。へたれてたらって言ったろ。お前がちゃんと、覚悟を持って決めたなら構わねえ。あたしはお前と添い遂げると言ったんだ。あたしの事は気にすんな』
「・・・ありがとう、イナイ」
イナイの心強い言葉に、心から感謝を告げる。
本当に、この人の言葉は頼りになる。
『大体、お前もシガルも、あたしの事で気にし過ぎなんだよ。馬鹿たれ共。お前らの行動ごときであたしがどうにかなるわけねえだろ』
「うわー、物凄い説得力ある」
「あ、あはは、そうだね」
国の重鎮イナイさんですもんね。俺らがちょろっと何かしたからって、そう揺らぐ事は無いか。
まあ、今回の事は、単純にイナイ個人の感情も含めて、どうかなと思った話だったんだけどな。
『あたしの方は、もうちょっと帰るのが遅くなる。それは謝っとくな』
「あ、うん、だいじょぶ。ちゃんと待ってるから」
「お姉ちゃん、無理しないようにね」
『適度に休んでるよ。心配すんな。んじゃまたな』
イナイのはそれを最後に、腕輪の通信を切った。
俺はそれを確認して、足を延ばし、ベッドに倒れ込む。
「馬鹿たれ共だってさ」
俺はシガルの髪を触りながら呟き、シガルも俺の横に倒れて来る。
「叱られちゃったね、あたしたち」
「叱られたっていうか、慰められたっていうか、微妙な感じな気もする」
「あはは、そうだね」
「シガルは確かに気にしすぎかな。シガルは何も悪く無いんだから」
「・・・うん、ありがとう」
そう言って、シガルはの胸元にくっついて来る。
そんな彼女を抱きしめながら、さっき自分が言った事を心の中で反芻していた。
覚悟を、確かにするために。
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