第411話感謝の言葉と再会の約束です!

「あ、そうだ、そういえばお二人は帝国の方だったんですね」

「む、何故それを? 俺は確か名乗って無い筈だが」


俺の言葉に眉間にしわを寄せながら答える男性。

そうだった。俺が一方的に見かけただけで、向こうは気が付いて無いんだ。


「あー、えっと、帝国の皇帝陛下の傍に立たれてるのを見かけたんです。護衛のお仕事中かなと思って、声をかけるのはやめておいたんです」


俺の答えに、眉間の皴が消えて、少し空を見ながら何かを思い出す素振りを見せた。

前に会った時に言った、ここに来た理由を思い出してるのかな?


「なるほど、少年は式の為に来た家族についてきたのだったな・・・」

「ええ」


やっぱりあの時の事を思い出していたんだろう。

だが、眉間に皴は寄っていない物の、何かを考えるような表情のままだ。


「・・・少年、何処で俺を見かけた?」

「え?」

「あの方と共に居た時間は限られている。少年、一体君はどこで俺を見かけた?」


あ、そうなんだ。メインのお仕事かと思ってたらそうでも無いのか。

てことは、やっぱり軍のお偉いさんだから、あの場に居た感じなのかな。


「えっと、飛行船で踊ってるときに、偶々」


視界に入れる前に解ったとか、言わない方が多分良いよね。この答えならきっと自然だと思うし。

けど、彼の反応は、俺の予想していたものと違った。


「・・・少年、まさか王族、いや、貴族の子弟だったのか?」


男性の言葉に、後ろのメンツは不思議そうな顔をしている。

ただ美人さんだけは、少し目を細めて、何かを窺う様子だった。


「いや、えっと、俺はただの一般人です。はい」


驚く彼に、とりあえずそう返す。だってこれに関しては、本当にそうだし。

あの人達の知り合いでは有るけど、国の関係者かと言われると、そういう事は全くない。

師匠達が知り合い、友人、そして婚約者なだけだ。


「それは有りえないだろう。少年、君は今、踊っている時にと言った。あの時俺は一切踊っていない。なら踊っていたのは君という事になる。もし仕事であの場にいたならば、そのような言葉は出ない筈だ。なぜならあの場で踊れるのは、王族か、王族に近しい貴族の子弟になるからだ」


この人、俺が途中退場してからも踊ってないのか。

あー、そうか、そうだよな。護衛で来てるんだから、踊るわけないか。


「少年、別に俺は君を咎めようという話ではない。ただもし、貴族の子弟と言うならば、礼を尽くしていなかった事を謝罪したいと思うだけだ。どうなのだろうか」


真剣な表情で言う男性に、イナイの事を言って良いものかどうか悩む。

彼女は俺が帝国に関わるのを嫌がっている。


けど、個人的にはこの人とは仲良くしたい。あの時の感謝の気持ちもある。

この人が声をかけてくれたおかげで、大分気晴らしは出来た。

この人の言葉のおかげで、気分が軽くなった。その気持ちには、嘘をつきたくない。

シガルの事が好きだからこそ、あの子を傷つけた自分の馬鹿さ加減に気が付かせてくれたこの人を、邪険にしたくは無い。


「えっと、その、知ってもあんまり態度変えないでくれるって、約束してくれます?」

「どういう事だ?」


俺の言葉に、彼は首を傾げる。まあ普通頼まれるような事じゃ無いよな。

ただなんとなく、この人には、俺に対する態度を変えてほしく無かった。


「俺自身は、本当に一般人なんです。家族が、あの場に居るに相応しい人なだけで」

「・・・親族が高位貴族、と言う事で良いか?」

「ええ、そんな感じです」

「名は、聞かせてもらえないか?」


そこで、一瞬また悩んでしまった。だけど、もう言ってしまったんだ。

なら、最後まで言ってしまおう。


「イナイ・ステル。彼女が婚約者なんです」


彼の反応は、いや、彼らの反応は間違いなく、彼女を知っている反応だった。

ただ驚きと言うには表現しがたい。けど、間違いなく心から驚いている様子だ。


「・・・くっくっく、あっはっは、あはははははははは!!」


だが暫くして、男性が堪え切れないように大笑いをしだした。

それにより周囲の目を一瞬引くが、男性が笑いを収めたことですぐに視線は切れる。


「いやいや、そうか、少年、まさかそうなのか。いやいや、驚きだ。いやむしろ納得と言える。それでか、あれはそういう事か」


そして一人、楽しそうに、何かを理解したという様に笑う男性。

何だろう、そんなに彼にとっては愉快な事だったんだろうか。


「なるほど、なるほど。少年、名はタナカ・タロウで相違ないか?」

「え、あ、はい、そうです」


予想はしてたけど、やっぱり名前は知ってたか。

演習場での一戦も有るし、何より名前だけは既に知れ渡ってるって聞いてる。

この人はお偉いさんだろうし、知っててもおかしくない。


「くっくっく。なるほどなぁ。これは流石に笑えて来る。もはや滑稽だ」

「え、あの、俺が何か」

「いやいや、こっちの話だ。自分の滑稽さに笑っているだけさ」


笑いを何とか噛み殺そうと、けど抑えられないという感じで彼は笑う。

何がそんなのツボに入ったんだろうか。

彼の言う通り、俺のあずかり知らない範囲の理由なのかね。


「少年、なぜおれにそれを素直に話してくれたんだ?何となくだが、話したくなさそうに見えたが」


まだ笑いを抑えきれないままに、俺が喋った理由を聞く。

やっぱりこの人、良く見てる。俺の躊躇を理解してる。


「感謝を、していますんで」

「感謝?」


俺の返事で、おかしさより疑問が勝ったのか、笑いが消え、不思議そうに聞いてきた。


「貴方と会った時の俺は、酷い理由で、好きな人を傷つける行動を取ってたんです。あなたの言葉のおかげで、それを止められた。あの時の自分が本当に馬鹿だと思うからこそ、貴方に感謝をしています」

「ふむ、良く解らんが、俺はそんなたいそうな事を言った覚えは無いぞ?」

「たぶん、そうだと思います。けど、俺は貴方に感謝しています。あの子の事が好きだからこそ、その解決の糸口になってくれた貴方に」


そう、あのまま一人でグダグダやっていても、きっと駄目だった気がする。

この人が振り回してくれて、何故か解らないけど耳に入り、頭に残る言葉を聞いて、彼女にちゃんと向き合えた。

その事実は、違えようがない。


「成程、な」

「はい、なので、今度会えたらお礼の言葉と、何か自分が出来る範囲でお礼をと思ってました」

「そうか、本当にこれは、まさか、だな。これだから人生は面白い」


彼がまた不思議な事を呟き始める。

ただその顔は、やっぱり愉快でたまらないという感じだ。


「少年、もし礼をしてくれるというならば、俺が本当に困ったときに、手を貸してくれないか?」

「手を、ですか?」

「ああ。何、うちの軍に入ってくれと言うわけじゃ無い。俺が俺として生きるために、その尊厳を守る為に、手を貸して欲しい」

「はあ、なんだか良く解らないですけど、困ったときに助ければ良い感じですか?」


出来る範囲なら、それで構わない。彼が困ってるというなら、手を貸すのは望むところだ。

この人への感謝もあるけど、この人自身も好ましいと思ってるから。


「ああ、それで構わない。いやむしろ十分すぎる。こちらこそが感謝したい約束だ」

「はあ・・・、あ、でも、戦争でどこかの国に攻め入るのを手伝って、とかは勘弁してくださいね」


一応念のため、戦争に出てほしいという願いは無理だと言っておこう。

感謝はしてるけど、流石にどこかに攻め入る為の戦力としては、手は貸せない。


「ああ、そこは大丈夫だ。君に貸して欲しいと願う時は、そんな事をするような余裕は間違いなく有りえない。安心してくれ」

「あ、はい」


だが、彼はそれをあっさり否定し、むしろそんな事を気にする必要は無いと返してくれた。

なら、良かった。てことは本当に困ったときだけ、か。


「少年に連絡を入れたい時は、どこに入れれば連絡が付く?」

「あー、そうですね、困ったときに駆けつけられなかったら問題ですもんね」


どうしよっかな。そうだ、精霊石の力を上手く使えないかな。

懐から精霊石を取り出し、その中に有る強大な力を、ただ存在を示す為だけに発動するように術を組み込む。

薄く薄く、ただその力の発信源を示すだけに。


「おっし、上手く行った」


術を組み終わった精霊石を複数、彼に渡す。

一個だけだと、その困った事に対処してる最中に、危険が有るかもしれないからね。

何度か呼べた方が良いだろう。


「これは?」

「精霊石なんですけど、今術を組み込んで、発動させると広範囲に位置を発信するようにしました。助けが欲しい時は、その石を握って呼んで下さい。すぐ、駆け付けます」

「・・・これはたまげた。君は本当に、噂通りなのだな」


噂通りか。どこまで噂が広まっているのやら。

聞きたいような聞きたくないような。


「少年、感謝する。君に会えたことが、この国に来て一番良かった出来事と思う」


そう言った彼の言葉は、不思議なほど、嬉しそうに感じる。

至極真剣な表情なのに、何故かそう感じた。


「ああ、そうだ。そういえば、まだ名乗って無かったな」

「あ、はい、そうですね」

「手を貸してくれる相手に名乗らないのは失礼だろう。この場で名乗っておく。俺の名はヴァイット・ガズ・ミュナル・イグリーナと言う。よろしく頼む」

「はい、えっと、ヴァイット・ガズ・ミュナル・イグリーナさんですね。覚えておきます」


俺の言葉に一瞬きょとんとした顔をした後に、またクククと彼は笑った。


「本当に、本当に面白いな。くくく、少年、俺の事はヴァイと呼ぶと良い」

「ヴァイさん、ですか?」

「ああ、そしてこいつはズヴェズ。俺の相棒だ」


美人さんの名前はズヴェズさんか。相棒って事は、この二人、そんなに身分差は無い感じなのかな。


「後ろの連中は有象無象で構わないぞ」

「あ、酷い!私達の事だけそんな扱いするなんて!」

「大将、そりゃないですよ!」

「こんなに尽くしてるのにー」

「もぐもぐ」


有象無象扱いされて文句を言う面々。一人は変わらず、ひたすら食ってるけど。

ていうか、いい加減お腹破裂しないのかそれ。話してる間にも凄い量食ってるぞ。


「少年は今日はずっと二人なのか?」

「あ、いえ、恋人も一緒です」

「ああ、そうだったのか。ならば今日はもう退散しよう。戻って来た時に邪魔をした形になっても困るからな」

「そんな、邪魔だなんて」

「いやいや、少年は気にしないかもしれないが、帝国なんていうのはそういう国だ。少年の態度が珍しいんだ。何、私は折角できた友人に迷惑をかけたくないだけさ」


彼はそう言うと、背を向けて歩き出す。友人、か。そう思って良いのかな。

質問自体は、俺達だけなら一緒にどうかって感じだったポイし。


「少年、またいつか、約束とは別に会おう。その時はゆっくりと食事でもな」


こちらを見ずに、手を振りながらそう言って、彼は去って行く。

他の人達も、それに追従するようについて行った。


「うーん、なんかまた気を遣わせてしまった」


帝国だから、か。でも名乗らなきゃ、気が付かれないんじゃないかな。

あの人達、特に何かの家紋的な物もつけて無かったし。


「でもまあ、その気遣いに感謝しよう。そういう人だから、前回もそう思ったんだし」


クロトの頭を撫でながら呟く。

クロトは不思議そうに俺を見上げるが、とりあえずその手の心地よさに思考を放棄したっぽい。

嬉しそうに頭を撫でられている。


「それにしてもシガルが戻ってこないな。どうしたんだろう」


トイレ、見つからないのかな。

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