第409話周りが成長していきます!

「うっし、じゃあやろうか」

「はーい」


俺の言葉に元気よく返事をするシガル。

今日はちょっと、本気で組み手をしてみる事になった。シガルが何やら試したい事が有るらしい。

シガルがやりたいなら俺は特に何をいう事も無い。すぐにOKした。


俺はいつもの右を前に出す半身の構えを取り、シガルも構える。

シガルはイナイと同じで、左手と右足が前に来る構えだ。


シガルはそのまま一度深く呼吸をして、魔力を走らせる。

やっぱりだ。この子、無詠唱で魔術が使えるようになってる。

さっきの強化魔術は見間違いじゃ無かった。

しかも、あれは単純に強化魔術じゃない。

通常の魔術と、竜の魔術同時で使ってる。


「―――――っ」


強化魔術をかけ終えた彼女は、思い切り踏み込んで、俺の懐まで飛び込んできた。

速い。当然と言えば当然だけど今まで見て来た彼女の動きの中で、一番速い。

とっさに仙術強化を使って彼女の打撃を受け流そうとするが、彼女の方が速かった。

受け流しきれずに、わき腹を掠る。


だがシガルは、その払われた腕への力も利用するようにくるりと回り、踵落とし気味の後ろ回し上段蹴りを放ってくる。

その時点ではこちらも魔術強化済みなので、何とか速度に追いついてスウェーで躱す。


あーぶねー。びっくりしたー。

滅茶苦茶はえー。速度だけなら多分、初めてやった時の獣化してるガラバウ並みだ。

それよりもうちょっと速いかもしれない。あいつとやった時は強化一つだけで何とかなったからな。


ただシガルの場合は、ちゃんと武道を収めてる。だから無駄な動きが少ないし、俺の動きを理解してるってもの有って、余計に速く感じる。

今も綺麗な連撃をしてきているが、割と真面目に二重強化でもいっぱいいっぱいだ


この子の身体能力自体も、もう俺より高いんじゃないかなぁ。

体格差の利点で上手くいなせてるけど、これ同じぐらいのリーチになったら負けそう。


ていうか、受ける腕がめっちゃ痺れていたい。威力もすげーわ。

完全に二重強化を物にしてるなぁ。


「あ、まず」


呑気に観察していたら、するりと懐に入られた。

そのまま腹に掌が来ると思い、シガルの打撃を下に払おうとする。

が、シガルは掌打の軌道を変え、顎を狙って来た。完全にひっかかった俺の腕は空を切り、迫る掌打に思わず身を捻って右回しを入れてしまう。


「うくっ」


右回しはシガルの胴を捉え、小さい呻きと共に、吹っ飛んだ。

やべえ、やってしまった。

力入れすぎた。まともに蹴りを入れてしまった。


「シガル!ごめん、大丈夫!?」


俺は慌ててシガルに駆け寄ろうとするが、シガルは跳ねるように起き上がり、構えをとった。

あ、目がまだやる気満々だあの子。


多分今の蹴り効いて無い筈は無いんだけどなー。あ、やっぱ効いてる。

治癒魔術使ってるっぽい。

・・・おいちょっと待って、それも無詠唱ですかい。

なんかもう、シガルが全部無詠唱で出来るって言っても驚かないぞ。


シガルは治癒魔術をかけ終わってからではなく、かけながら突っ込んできた。

戦いながら治療か。実戦的には正しいのかもしれない。

動きも落ちてないし、十分通用すると思う。


ただ、少し気になるのが、シガルの表情が必死過ぎる事かな。

いつもなら真剣では有ってもどこか楽しそうなんだけど、今日はずっと必死な形相だ。

最初の方はそうでも無かったんだけど、段々辛いのを我慢しているように見える。


それでも動きが雑にならない辺り、ウッブルネさんの教えのたまものなのかなと思ったり。

あの人もリンさん達と同じで、そういう所見逃さなさそうだもんなぁ。


とりあえず、さっきみたいな事が無い様に、加減は注意して拳を放つ。

数発はなったジャブを全て綺麗に避けて、また懐に潜り込もうとするシガル。

まあ、シガルは体ちっちゃいから、打撃入れようと思ったらそれしか出来ないんだけど。


「あっ」


だがそこで、小さな驚きの声を出しながら、シガルが力なくペチャっと倒れ込んだ。


「し、シガル!?」


いきなりで驚いてしまい、シガルを慌てて抱き起す。

その顔は明らかに顔色が悪い。やっぱり何か我慢してたのか?


「あー・・・ごめん、タロウさん。魔力、切れた・・・」


ああ、魔力切れか。良かった。びっくりした。

それなら少し休めば大丈夫か。


「あはは・・・最近、やっと使えるようになったからって・・・張り切りすぎちゃった」


一応使えるように訓練してたのは知ってたけど、完全同時に無詠唱発動は驚いた。


「びっくりしたよ。二重強化は面食らった」


俺はシガルを抱きかかえて、ハク達の所に歩を向ける。


「でも、魔力が足りないや・・制御が、甘いからだけど・・・えへへ」

「それでも凄いよ。それに無詠唱も」

「・・うん・・がんばったんだよー・・・タロウさんにおいつかなきゃーって・・・」


魔力切れの脱力感のせいなのか、どこかとろんとした目で俺を見ながら言うシガル。

若干色っぽい。この子年齢にそぐわない色っぽさ有るよなー。

最近身長も伸びて来たし。あっという間に色っぽい大人になりそう。


『お疲れ、シガル』

「・・・お母さん大丈夫?」


グレットに寄りかからせると、ハクとクロトが声をかけて来る。

ハクはそこまで心配してる様子は無いな。もしかしたら二人で訓練してる時に似たような事が有ったのかもしれない。


「うんー・・ちょっと・・・頑張りすぎちゃっただけだから、大丈夫だよー・・・」


心配するクロトの頭を撫でるシガル。

今日はもう、このままゆっくり休んだ方がよさげだな。


「グレット、今日は悪いけど、シガルの傍にいてやってくれな」


グレットの頭を撫でながら言うと、少し首を傾げる動作をして、ペロンと顔を舐められた。

うん、通じて無いね。まあいいや。シガルを守るように体丸めてるし。


『じゃあ、次は私だ!』


とりあえず俺の抵抗を無視して、腕をもって引きずるこいつの方が問題だ。

私、一歩も歩いて無いです。ただ引きずられています。

ねえ、クロト君、なんで今日に限って僕のこと気にしてくれないんですか?

ああ、シガルが心配ですか。そうですね、解ります。


『ほらほら、はやく!』


このままだと俺を振り回しかねないので、自力で立って、強化をかける。

とりあえず二重強化して、っと。


「あんまり本気でやるなよー。ここは何もないのっぱらじゃないんだから」

『解ってるさ。ちょっと体動かすだけだ』


そう言って笑うハクの表情から、言っても無駄だと悟る。

絶対解ってねぇ。

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