第408話魔導技工外装の新型ですか?
「・・・これを、作ったのか、あいつ」
タロウが作った布を手に取り、じっくり確かめるように観察しながら、アロネスはあたしに問う。
「ああ。お前の目から見て、どう思う?」
それを肯定し、こちらからも意見を求める。
アロネスに。この国最高の錬金術師に。
だがアロネスはそれに応えず、布をじっと見つめ、動かない。
「あ、あの、お茶です、どうぞ」
「あ、ああ、ごめんなさい。ありがとう」
アロネスの弟子がお茶をだしてくれたのを受け取り、一口飲む。
ああ、この子完全にアロネスに惚れてるな。完全にこいつ好みの入れ加減じゃんか。
こいつ、どうするつもりなんだろ。突っぱねるならはっきり突っぱねてやらねえと、可哀そうだぞ、これ。
「とても美味しいお茶ですね。師も満足でしょう?」
「い、いえ、私なんか、全然。いつも迷惑かけてばっかりで」
アロネスが全く反応を返さなくなったので、弟子の子と、暫く世間話をして時間をつぶす。
この子がそっと置いたお茶にも手を付けず、凄い顔で布を見つめている。
多分あたしには解らないような確認もしてるんだろうな。
「イナイ」
どうやら確認が終わったらしく、アロネスが声をかけて来たので意識を向ける。
弟子の子は、そこですっと、隣の部屋に下がって行った。
アロネス、あの子ただの弟子扱いとは誰も思ってくれないぞ。どう考えても嫁だろあれ。
「どうだった?」
とりあえずあの子の事は置いておいて、布の話をする。
「・・・結論から言うと、これはどれだけ使っても劣化しねぇ」
「ああん?」
劣化しない?
そんなわけねえだろ。流石のお前でも、何度も術かけ直したら多少の劣化はするってのに。
「これは、魔力を通した際に術を完全に切ってるんじゃない。術そのものは内部に残ったまま、表面だけその機能を発現してる。術は常にかかった状態なんだ。だから劣化はしない。その上精錬術も同時に使ってやがるから、本来より性能が上がってる。だからこんな粉でここまでの強度を発揮してるんだよ。でなきゃリンの一撃に耐えられる筈がねぇ」
精錬術。その素材の性質を、世界の魔力を注ぐことによって、性能を引き上げたり、その性質を他の素材に注ぎ込む術。
これも錬金術師としての、特異な技術。ただ魔力を流し込んだって何の意味も無いし、そもそも、性質だけを取り出すなんて、普通に考えて意味が解らない。
「つまり、その辺の錬金術師じゃ作るのは無理って事か?」
「この布を作るのはな。ただお前の言ってた通り、劣化を気にしなきゃ鎧にするのは簡単だろうな。なにせ粉を付けりゃ良いだけだ」
そこの結論は、やっぱりあたし達と同じか。けどそれじゃ意味が無い。
いや、他国には大きな意味のある物だろう。今までの防具などより、はるかに軽く、強い物を作る事が出来る。
が、私たちが求める物は、そこじゃない。
「アロネス、お前は同じ事が出来るか?」
そう言って、アロネスに持ってきた鉱石を投げる。
アロネスはそれを受け取ると、にやっと笑った。
「だーれに物言ってんだよ。こんなん楽勝に決まってんだろ」
そう言って、受け取った体勢のまま直ぐに石を投げ返してきた。
あたしはその石を受け取り、拳を叩きつける。
すると石は簡単に割れた。こいつ、あの一瞬に術加工を終わらせやがった。
「相変わらず、常識外れだな。今の、魔力を通したのかどうかすら解んなかったぞ」
「この程度当たり前に出来なかったら、イルミルドの名前なんか即返上してやるよ」
「くっくっく、王宮の錬金術師共が聞いたら、腹を立てるな」
「あいつらが気にするわけねーよ。そんなこと気にするぐらいなら好きな事やるのが俺らだ」
それもそうか。何故か知らないが、錬金術師の素質を持っている奴は、たいがいその手の人間が多い。
自分より能力を持っている者を、自分より立場が上の者をうらやむよりも、わが道を進み、自身の成したい事を成す。
そのせいで余計に扱いにくいんだが。目の前のこいつとかな。
ああ、そう考えるとタロウも若干その気があるのか。
「ブルベの許可は?」
「どっちも取った」
「なーる。向こうは王宮の連中に任せたのか?」
「ああ、久々に人数のいる仕事だからな」
タロウが布を作った後、ブルベにそれを利用した鎧を作って良いかどうかの許可を取った。
ブルベは、普段使う鎧とは別で作る事と、この鎧は機密扱いで、限られた面子のみで作る事に決まった。
まあそもそも作業できる面子自体が少ないというのも有る。
そしてその作業場にはあの録画の技工具が設置され、万が一の為に、全て記録に残すことになっている。
全く、どちらもタロウのおかげだな、本当に。
それが今、アロネスが言ったむこう、だ。
だがそれとは別に、許可をもう一つ取っている。
こっちはあたしの我儘だ。
あたしの後悔を払拭するために。もうそんな思いをしない為の我儘。
あの時、戦争でギーナと対峙した時、あたしはギーナに負けた。
あの頃はリンが居るから大丈夫だと、そう思っていた。けど、そのリンが勝てなかった相手だ。
リンはあたしとの勝負を引き分けと言っているが、アイツが手加減をしたのが解らないほど、あたしは間抜けじゃねえ。
そのせいで引き分けただけだ。そんなあたしがギーナに勝てる筈も無かった。
そうだ、妹分の力に頼って。妹分を守れなかった。
何が姉貴分だ。一番肝心な所で踏ん張れねえで、何を偉そうに言える!
「あたしは、もう、あんな情けねえ想いはしねぇ。今作ってる外装にこの技術を使う。手を貸せ、アロネス」
あの時の悔しさを、妹分を、仲間を守れなかった時のあの悔しさを、今でもあたしは忘れてねぇ。
あの時は相手がギーナだから助かった。あれはただ、運が良かっただけだ。
もし相手が帝国だったら。あの連中と同じ思考をする奴らだったら。
あたしも、あいつらも、全員死んでる。
そんな事は、絶対に許せねぇ。あたしはあたしこそを許せねぇ!
「・・くっくく、あっはっはっはっは!」
だがアロネスは、私の言葉を聞いて笑いだした。
真剣に言っただけ、少しイラッとした。
「おい、こっちは真剣なんだぞ」
「くっくく、いやいや、悪い。あー、おっかし。大人しくなったと思ったのによ。ほんと、変わんねぇな、イナイ姉さんはよ」
珍しく、イナイ姉さんと、アロネスが呼んだ。
それで、笑ってしまった。何となく懐かしくて。
「ずっと、気にしてたのかよ」
「当たり前だ。おめえらこそ守れねぇで、何のために頑張ったのか解んねぇだろ」
「元々国を出るつもりだったんだろ。もう折り合い付けたと思ってたぜ」
「お前がタロウに技術を叩きこんだのを知ってるからな。錬金の技術が要る時はタロウに頼むつもりだった。たとえ国を出ても、もしお前らが危険なら、あたしはいつでも戦える」
あたしの言葉に、アロネスは笑いながら天を仰ぐ。
今度の笑いは、何故か腹は立たなかった。
「・・・一つ貸しだぜ、イナイ姉さん」
「お前には貸しばっかりだから知らん」
「はっ、敵わねぇな、本当」
これで、アロネスの協力は取り付けた。
この外装の情報は一切洩らせない。一番信用できるこいつにしか話せない。
今まであの素材を使うのは諦めていた。
だが、今回の事でこいつが居れば容易く使える。
今度は絶対に、負けねぇ。
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