第407話リンさんの強度確認です!

イナイの言った通り、リンさんも呼んでローブの強度テストをする事になった。

なったんだけど。


「んじゃ、いくよー」


俺の目の前には今まさに腕を振りかぶるリンさんが居ます。めっちゃ怖いです。

背中に走る悪寒に従い、四重強化をかけた上でローブに魔力を通す。

おお、意識しての強化で最速じゃないか今の。

いやそんな呑気な事考えてる場合じゃねえ!


「まってまって、ちょっとまって!リンさん、怖い怖い!明らかに迫力が―――」


最後まで言い切る事無く、俺の体は宙を舞う。リンさんの腕がぶれたと思ったらもう吹っ飛んでた。

踏みとどまれる筈も無い衝撃が、完全にじゃないとはいえ腕に伝わってめっちゃ痛い。完全強化してんだぞこっち。

ちょっとまって、これ失速する気配が無いんだけど。どこまで飛んでくのこれ。

あー、しかし防げてよかった。これ布が耐えれてなかったらこの威力を胴体が食らってんだもん。内臓が破裂するわ。いや、それで済めばいい方だ。


「これ、前の俺なら大怪我だな」


ふっ飛ばされながら呑気に呟く。

怖すぎて、師匠達にはイナイ以外には見せてなかった四重強化を使う羽目になった。

でもそのおかげで腕が痛いだけで済んでる。二重強化なら多分骨折してる


「げ、やべ!」


後ろを見ると、壁が迫ってきている。

この速度的に、城壁にぶつかるどころか、突き抜けて街に行く予感がする。

それは流石に不味い。

壁にぶつかる直前にリンさんの前まで転移して、両手足で地面を掴んでなんとか止まろうとする。

さっき吹き飛ばされた半分ぐらいの所で何とか止まれた。


「本気で殴って無いのは解るんだけど、それでも怖かったぁー」


さっき殴りかかられた時の恐怖がまだ残ってる。

口調こそ呑気だけど、体の震えを誤魔化そうとしている所も有る。

足ががくがくしてる。あー、怖かった。

震える足を何とか立たせ、転移して元の場所に戻る。


「お、タロウ、ごめんね、ちょっと力入れすぎちゃったね」

「ほんとですよ・・・」


リンさんが本気で思ってるのかどうか怪しい謝罪をして来たのを、ジト目で見る。

いきなり飛ばし過ぎだと思う。


「全くリンちゃんは馬鹿なんだからー」

「なんだよう。ちょっと加減間違えただけじゃんかー」

「そういう意味じゃねえよ。強度テストなら、タロウごと殴る必要ねえっていってんだよ」

「・・・ああ!」


セルエスさんとイナイの言葉に、今気が付いたように声を上げる。

もうヤダこの人。一歩間違えたら俺死んでるっつの。

あー、生きててよかった。俺ちゃんと生きてる。幸せ。


今日はなんだか皆仕事があるそうで、ここに来たのはリンさんとセルエスさんだけだ。

まあ、リンさんが居ればテストは十分だからね。


シガルたちは端っこで見学してる。グレット君が椅子になられております。

今日はハクも座っているんでしっぽが丸まっている。若干震えてる気もしなくもない。頑張れ。

そしてクロトはリンさんに近づきもしない。あ、挨拶はちゃんとしたよ。


「しっかし頑丈だね。結構力込めたのに」

「そうねー。今のを耐えられるのは凄いわねぇー」


リンさんとセルエスさんがローブの様子を観察し、俺も一緒になって確かめてみる。

触った感じ、布が破れた様子はない。完全に防御しきったようだ。


「あれを耐えられるなら、大分優秀ですよね」


本気じゃ無いとはいえ、リンさんの一撃を受けて無事なんだ。

これはちょっと嬉しい。


「優秀なんて物じゃないわよー?」

「リンの拳は、素手で人が吹き飛ぶような拳だからな。タロウじゃ無かったら今頃支えてた腕がぐちゃぐちゃだろうよ」


いや、強化して無かったら実際骨折してた自信が有ります。すげー痺れた。

ていうか、そんな拳を当たり前のように俺に向けないでください。死にます。


「で、えーと、次は本気で殴れば良いの?」

「ちょ、ま、待って、待ってください、今度こそ死にますって!」


物騒な事を言い出したリンさんを止め、ローブを脱ぐ。

手加減されて腕痺れたのに、本気でやられたら死んじゃう。


「流石に本気でタロウを殴ったりしないってー」

「信用できません」

「ぶー」


頬を膨らましても駄目です。既に前科あるんですから。

そういえば今日はドレス姿じゃないけど、良いんだろうか。

セルエスさんはドレスなのに。


「そういえばリンさん、今日ドレスじゃ無いんですね」

「あー、うん、さすがにちょっと、普段着が着たくて」


それでいいのか王妃様。まだ式は終わったばっかりで、他国の人も大分残ってるのに。

街中はまだお祭り騒ぎらしい。あと数日はこのままだろうとの事だ。


「ほんとは髪も切りたいんだけどねー。ねーさんに髪はのばせって言われて仕方なく伸ばしてる」

「あ、確かに前より伸びましたよね」


ねーさんって言うと、あの従者さんだよな。リンさんにいう事聞かせられる人なのか、あの人。

この国の力関係わかんねー。


「リンちゃんはしなさいって言われないと、化粧もしないからねー」

「だって、匂い苦手なんだもん。かゆいし」

「それで美人だし、肌も綺麗だからねー。リンちゃんぜったい人間じゃないよねー」

「セルに言われるのは納得いかない。子供のころから殆ど見た目変わってないじゃん」

「私は努力してるもーん」


はたから見れば二人とも美人なのだが。

まあ、イナイさんが一番です。俺の中では。

そう思ってちらっと見ると、イナイがふいっと目線を逸らした。何故ですか。


「相変わらず可愛いー」

「こんなイナイ見る様になるとは思わなかったよね、昔は」

「う、うるさい」


どうやら照れていた模様。ああ、さっきの俺の考えを察した行動だったか。

因みにイナイが一番でシガルが二番と言う話では無いです。俺にとってはどっちも一番です。

シガル可愛い。時々怖いけど。


「はいはい、もういいからテストの続きやんぞ!」

「あいだだだ」


イナイにグイッと耳を引っ張られて、意識を戻される。

耳がちぎれるかと思った。


「あいたた・・・えーと、それじゃ地面に置くので、思いっ切り殴ってください」

「はいはーい」


俺はローブに魔力を通し、地面に置く。

リンさんはそれに応え、ローブの前に立って拳を構えた。


「あ、馬鹿、やめ―――」


そこでイナイが何故か止めようとしたが、既にリンさんの拳は振り下ろされてしまった。

そしてなぜ止めたのかが良く解った。

リンさんの本気の一撃はあまりに大きな土柱を作り、地響きを起こし、後には大きなクレーターが出来上がったからだ。

俺はその様を、被害範囲外から呆然と見ていた。


「あぶねー。リンが地面殴ったらどうなるかくらい察しろよなー」

「もうー、タロウ君、リンちゃんの力舐めたらだめだよー?」

「す、すみません」


地面が盛り上がる寸前、セルセスさんが全員連れて巨大クレーター外に避難させてくれた。

もうちょっとで巻き添え食う所だった。

そうだった。あの人踏み込みでクレーター出来るのに、力まともに加えたらそうなるよな。


「あ、あれ、リンさんは?」

「中心に落ちてるんじゃないかしらー?」


え、リンさん置いてきたの?

それ、地面の中に埋まってるんじゃ・・・。

そう思っていると、リンさんはクレーターの中心から跳ねる様に出て来た。

少し汚れてるけど、それ以外特に問題なさそうだ。


「いやー、あっはっは。埋まっちゃった」

「あっはっはじゃねえよ。バカかお前は」

「イナイちゃん、聞いちゃだめだよ。馬鹿なんだからー」


今回ばかりは俺は何も言えない。だって地面に置いたの俺だし。


「だーって、置かれたら、素直に殴るでしょ」

「お前じゃ無けりゃそれでいいよ。お前だから言ってんだよ」

「そうよー。後の被害考えてよー。今日はここ一か所だけだから良いけど、面倒なのよー?」

「うー」


あ、割とこういう事何度も有ったのか。

穴ぼこだらけの訓練場とか、訓練しにくいよな。

別の訓練できそうな気もしなくは無いけど。


「いいじゃん、もう!それで、ローブはどうだったの!」


リンさんが膨れながら俺に言ってきた。

そこで完全に忘れてたローブを見る。

見たところ、問題・・あ、ちょっと布が薄くなってる。


「布が薄くなってる部分がありますね」

「・・・ふむ、タロウ、そこは硬化出来るか?」

「あ、うん、やってみる」


イナイに促され、魔力を通す。するとまばらに硬くなってる様だった。

どうやら一部機能を失ってるみたいだ。


「微妙に壊れてる・・・」

「流石にリンちゃんの一撃は、完全には耐えられなかったかー」

「だが、布が完全に駄目になって無いって事は、耐えたのは耐えたって事だ。それも衝撃の逃げ場のない地面で」


なるほど、そうか、布自体は完全に破けてないもんな。

てことは、受け流すつもりなら、リンさんの攻撃も受けられるって事になるのか。

やったぜ。これで少し防御面安心だ。

問題は、受け流すにはリンさんの動きに付いて行けないって事だな。安心出来ねぇ。


しかし壊れちゃったから、これを補強か、もう一度作り直さないとなぁ。

ちょっと悲しい。


「しっかし、ここでリンと実験やるって言っておいてよかった。伝えて無かったらまーた騒ぎになるところだったな」

「そうねー。流石にさっきの地響きはねぇ」


ハクの時も似たような事が有ったような気がするのですが。

あの時も、兵士さんや騎士さんには話は通してたのかな?


「まあ、何にせよ。まともに食らっても、リンの攻撃を一撃だけとはいえ防げるって事だ。これは相当だぞ」

「そうねー。剣で切ったらどうなるか解らないけど、それでもこの強度は凄いわねぇ」


あ、そうか、リンさんの剣は同じ素材を使ってて、しかもがっつり金属の塊だ。

あれは防げないな。


「それじゃー、私は見届け終わったし、ちょっと行ってくるねー」

「え、ちょ、セル?」


セルエスさんはリンさんの肩を掴んで、リンさんの声を無視して唐突に転移していった。

リンさんの反応から察するに、リンさんを連れてくるようにとか何とか言われてたんじゃないかな。

イナイは驚く様子が無いし、多分話通ってるっぽい


「後は劣化だが・・・変わらずか?」

「うーん、言われて作った劣化テスト用は、昨日から何回も魔力流して切ってをくり返してるんだけど、特に変化無さそう」


相変わらず堅いし、頑丈。

イナイが言ってたような、劣化する気配は感じない。そもそもこの鉱石から感じる力と言うか、魔力と言うか、素材の力みたいなものが消える感じはしない。

だから多分、問題無いと思うんだけどなぁ。


「・・・タロウ、それ貰って良いか?」

「え、うん、どうぞ」

「言っておいた通り、これあたしでも使えるんだよな」

「うん、大丈夫だよ」


テスト用途の事で、イナイが使える様にもしておいてくれと言われ、ちゃんと使えるようにしてる。

中々難しかったけど、何とかなった。


「じゃあ、ちょっとあたしも出かけて来る。もしかしたら今日は帰らねえかもしれねえ」


イナイもどこかに行くのか。


「あ、うん、わかった。気を付けてね」

「ああ、行って来る」


イナイはシガルに目を向けて手を上げると、シガルは何かを理解したように手を上げた。

それに満足げに頷いた後、イナイは転移した。二人の通じ合い加減が最近怖い。

そういえばイナイが城内で転移するって珍しいような。いつもはだいたいちゃんと道具使うのに。


「しかし、用事って何だろ。あの布の実験でもするのかなぁ」


それなら俺の目の前でやってくれたら良いのに。

まあ、いっか。何か考えがあるんだと思うし。

さて、それじゃあ残りの時間は訓練して、夕方までのんびり遊びますかね。

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