第401話錬金術と魔術ですか?

「よう、セル、今良いか?」


中庭で旦那と仲睦まじく談話しているセルを見つけ、声をかける。

邪魔をするのは悪いとは思うが、少し確かめておきたかった。


「んー、アロネス、どうしたのー?」

「ああ、ちょっと頼みがあってな。邪魔して悪い」

「構わないけど、どうしたのー?」


旦那は新婚の時間を邪魔されたにも関わらず、特に文句も言わずニコニコ成り行きを眺めてる。

何となくだけど、系統が前陛下やブルベに似てると思う。

やっぱ、身近な人間が良いと、その人間に近しいタイプに惹かれる物なのかね。

多分これ言ったら、セルは絶対否定すると思うがな。こいつなんだかんだ、旦那にべた惚れしてるからなぁ。


「こいつの加工の仕方、覚えてるか?」


さっき、タロウにテストで渡した鉱石をセルに見せる。


「あー、リンちゃんの剣の材料ね。おぼえてるわよー」

「お前、これを使えるように出来るか?」


俺の問いに、セルは少しむっとした顔になる。

理由は簡単だ。セルは過去何度かやって、一度も成功していない。

石が壊れ、その機能を為さなくなった事しかない。

二けたを超えたあたりで、セルは拗ねた。


「・・・何で今更そんな事言うのー?私は出来なかったでしょー?」

「だよ、な。解っちゃいるんだが、もっかいやってほしくてよ」


セルは、俺の言葉に不満の顔が無くなり、首を傾げる。

出来ないと解っているのに、なぜやらせるのかと。


「・・・台無しにしても、責任持たないわよー?」

「かまわねえ。俺の我儘だし、これは俺の私財で購入した分だ」

「ふーん?」


セルは良く解らなそうに鉱石を受け取り、テーブルに乗せる。


「何が始まるんだい?」


成り行きを見守っていた旦那が、気になったらしくセルに問う。

セルは満面の笑みで旦那に応える。

付き合いが長いせいか、いつもの笑みとは物が違うのが何となくわかるんだよな。


「えーとねー、これリンちゃんの剣に使われてる石なんだけど、特殊でねー。術加工しないと、加工出来ないのー」

「へえ、セルエスは錬金術の加工も出来たっけ?」

「ううんー。簡単なのしか出来ないよー」


セルは喋りつつ、石を術加工していく。手順自体は同じだ。タロウと同じく魔力を中に混ぜ込む。

石の中に、石自身が術を使ったかのように加工する。

勿論、石自体に含まれる魔力は使わない。使わなくても効果が出る様にしなきゃ意味がない。石に自分の魔力を混ぜて、かつ、石自体がその魔力を自分の魔力と誤認するようにしなきゃならない。

よほど長期放置するのでなければ問題無い様に加工しなければ意味をなさない。


「出来ないのに、何故?」


これは俺に言ってきた様だ。その理由はとりあえずセルの術が終わってからだ。


「終わったら答えるよ」

「そうか、じゃあ楽しみにしていようかな」


ニコニコ笑顔で言う旦那を見てると、ほんと良くこんな男がセルに惚れたなと思う。

セルの若い頃は、それこそ毎日グルドと殺し合いに近い戦闘やってたのに。

血をだらだら流しながら笑顔でグルドの頭を踏みつけてた事とかあるし、そういう所もこいつ見てた筈なんだけどな。

何でこんな怖い女に惚れたんだろ。不思議だ。


なんて、昔のセルを思い出していると、びきぃっと亀裂が入る音がした。

セルの旦那から石に目を戻すと、そこには色の消えた、細かく砕けた石が有った。

触ってみると、石からは魔力が完全に消え、握れば砕ける程脆くなっていた。


「あー、むりー。やっぱり出来ないー」

「やっぱ、そうだよな」


魔術そのものなら、セルは俺を遥かに超える。単純な表面上の魔術戦なら、俺とセルはそこまで大きな差が無い。

けど、根元の質が違う。

セルの魔術と俺の魔術では、その純度が違い過ぎる。俺の魔術ではどうあがいてもセルを上回ることは出来ない。


そのセルでも、錬金術としての術加工は、こうやって上手く行かないんだ。

世界の真理の片鱗を覗ける魔術師が出来ないんだ。


勿論セルだって『魔術を使って加工』なら出来る。『魔術を使って素材の性能を引き出す加工』が出来ないんだ。

前者は素材の劣化も、出来上がりの劣化も気にしない加工。後者は素材の性能を発揮しきる加工。

素材その物の力を消さず、落とさず、引き出す。それが錬金術の術加工。


「で、何を確かめたかったのー?」


セルは考え込んでいた俺に目を向け。理由を問う。


「タロウそれ、一発でやったんだよ。寝不足のフラフラの状態で事も無げに。お前と魔術戦やる方が、よっぽど難しいってよ」


俺の言葉に、流石のセルもいつもの笑顔が消えて驚いた。

そりゃそうだ、こいつが全力でやって出来ない術を、当たり前のようにやったって言ってんだから。


「ねえ、アロネス、そういえば聞いて無いんだけど、タロウ君って『何から』精霊石作ったのー?」


そういえば誰にも教えて無かったな。

あいつは精錬術という素材の持つ性能を極限まで引き出す術と、精霊石という素材の力のみを引き出して圧縮する物を作るのが上手いとしか。


「その辺の薬草でもできるぞ、今のアイツは」


おー、珍しい、セルが思いっきり目を見開いてる。久々に見たぞこんな顔。

そしてセルは何かを考え込むように口を開いた。


「・・・何でそんな事出来るのに、タロウ君、あの程度なのかなー」

「あの程度ってのは酷いだろ。あいつは相当の力量だぞ。俺達の域には達してないだけで」

「そういう意味じゃなくてー、タロウ君は、その道の人間として全て高い力を持ってるけど、そのどれもが突出してないのよー。あそこまで行ってたら、とっくにあたし達に匹敵しててもおかしくないと思うのー」

「・・・そう言われりゃそうかもな」


タロウはすべてが高いレベルで纏まってる。けどそのすべてが突出しすぎていない。

勿論世間を考えれば突出してはいる。だが、あのレベルなら珍しいだけで居ないわけじゃ無い。国外にも、タロウクラスの人間は居る。

うちの国にだって、バルフがそうだ。あいつとタロウの今の差は紙一重だ。今のとこタロウが勝ち越しちゃいるが、何かが違えば倒れてるのはタロウだ。


ただタロウはあそこまでの域に、あの短期間で、そしてあの年で来れたんだ。

もっと力量が有ってもおかしくはない。とはいえ、事実として、タロウはその域に居ない。

タロウだって、頑張ってないわけじゃ無い。である以上、それは疑問に思っても仕方ない。なぜもっと強くないのか、なんて言っても可哀そうだ。


「それでもタロウは、お前らの期待に応えられるところまで来ちまったじゃねえか。そこを褒めこそ、嘆くのはおかしいと思うぜ」

「それはそうなんだけどねー」


セルはなんだか納得がいかないという感じだ。

俺だって納得いかねえよ。だからこの石此処に持ってきたんだからな。


「タロウはな、錬金術の加工も、普通の魔術も、同じ感覚でやってんだよ」

「・・・ああ、なるほどー。へぇー・・・」


俺は俺で納得いかないタロウの言葉をセルに伝える。もしそれで出来るなら、世界は錬金術師でもっと溢れてる。その感覚で出来ないからこそ、錬金術師は少ないんだ。

セルは、砕けた石をつまんで潰しながら、何かを納得したように言う。


「成程、なら、簡単なのかもしれないわねー」

「本当はその感覚はおかしいんだけどな」

「ええ、間違いなく感覚がずれてるわねー。でも、それなら何となく納得ができるわー」


納得は出来ないけど、納得できる。そんな矛盾した風に聞こえる納得できるだったな。

ま、俺も同じだけどな。


「んでまあ、あいつは相変わらず勘違いしたままにさせてるから」

「あー、その方が良いのかもねー」

「あいつの一番の強みは、理解して無い事を教えられた時、素直に受け入れる事だと思う。こっちの世界に来た時の素直さには多少の理由が有ったけど、それでもあいつは受け入れるって力が強い」

「そうねー、でなきゃ、ミルカちゃんの訓練に付いて行け無かったと思うわー」


他人事のように言っているが、お前もだよ。お前の訓練も付いて行けねーよ。

普通はあんなの殆どの人間が音を上げるわ。


「でまあ、魔術関連だしな。お前には伝えておこうかとな」

「はーい、りょうかーいー。まあ、私はそっちには特に口出ししないわよー。元々苦手ってタロウ君には言ってるしー」

「ああ、じゃあ俺はそろそろ行くわ」

「はーい、じゃあねー」


用件は済んだと、踵を返すと。


「あ、そうだー。アロネスー」


セルが何かを思い出したように声をかけて来た。


「今度お嫁候補兼お弟子ちゃん紹介してねー?」

「嫁候補じゃねえよ・・・」


どれだけ譲っても、弟子以上にはならねえよ。

その弟子も渋ってるってのに、誰が嫁なんか取るか。


「リンちゃんの目をあんまり舐めない方が良いわよー」

「・・・やめろよ、あいつ本当に押しかけ女房やりそうなんだから」


段々情が沸いて来てる俺も嫌だ。ああもう、頼むからアイツ早く折れてくれねえかなぁ。

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