第394話クロトのお帰りです!

「では、お気をつけてお帰り下さい」

「はい、ご迷惑おかけしました」

「・・・御免なさい」


騎士さんが笑顔で告げるのを聞き、頭を下げて詰所を後にする。

今回の事は傷害事件としてではなく、家庭内のちょっとしたもめ事という扱いで終わった。

一応ハクとクロトがそういう事を同意する書類とか書いたり、市街地で暴れたら迷惑になるから駄目ですよっていう、ちょっとしたお説教とかで済んだ。


何が一番大変だったかって、ハクに文字を書かせるのが一番大変だった。何回書き直したか解らない。

あんまり失敗するから白紙の紙に何度も書かせて、一番マシと思えるものを書類の上に張り付けた。騎士さん達は苦笑いである。


『むう、私は悪くないのに!』

「暴れたんだから悪くないじゃ済まねーんだよ・・・」


ハクは何度も何度も同じことをさせられて、物凄くご不満な様子です。途中から眉間にめっちゃ皴を寄せながらやってた。

クロトは何の苦も無くさらっと書いて、書けないハクを鼻で笑っていたせいも有るだろう。

ハクさんめっちゃビキビキ来てた。クロトの調子が元通りになったみたいなのは良いんだけど、あそこで喧嘩は止めてくれ。


『私絶対文字綺麗に書けるようになってやる』

「・・・頑張れば?」


今クロトにして物凄い嫌味っぽい言い方だったな。


『やっぱこいつ嫌い。探すんじゃなかった』

「・・・探してなんて頼んでない。僕もお前の事嫌いだ」


おーい、折角開放してもらったのにまたあそこに戻る事になるぞー。頼むから喧嘩すんなー。

まったくもう、調子が戻ったのは良いけど、普段以上にハクに絡んでないか。

いいやもう、とりあえず帰ろ。


「とりあえず帰るぞー」

「・・・うん」


クロトは素直に頷いたが、ハクがとても不満気だ。めっちゃ頬が膨らんでる。


『私は先に帰って寝る』


ハクはそう言うと、止める暇なく一人で空を飛んで行った。

夜中だし、多分大丈夫だとは思うけど。昼間に飛んでったら絶対騒ぎになるような気がする。

あいつはこそまで気にしてくれなさそうだなぁ。


まあいいや、俺達もとっとと帰ろう。

・・・あ、よく考えたらこっからお城まで歩かなきゃいけないのか。

この詰所は王都の入り口そばだから、城まで遠い。


「クロト―、ちょっとこっちおいでー」

「・・・うん」


膝をついてクロトを呼び寄せ、素直に来たクロトを抱えて身体強化をかける。

夜中だしへーきへーきと自分に言い訳をしながら、お城までの道のりを飛び回っていく。これ見つかったら大騒ぎになりそうな気もするけど、許して。

あ、前方にハク発見。割とゆっくり飛んでたんだな。


城についた辺りで追いつくなと思っていたけど、ハクは直接部屋に入って行った。窓から入ったなアイツ。

俺達は一応ちゃんと門番さん達に話しを通して中に入れて貰う。イナイから事情を聞いてたらしく、特に問題なく入る事が出来た。

ハクの事も話したら、それも知ってたらしい。元々直接入る予定だったとの事だ。俺は一番先にあの場から出てったから知らなかった。

まあ、既に顔見知りの兵士さんいるから大丈夫だとは思うけど。









「ただいまー」

「・・・ただ、いま」


部屋の扉を開けて中に入る。わざと明るめに。クロトがあんまり気後れしないように。

城に到着した辺りから、少し緊張してたみたいだからな。俺の手を握る力が、少しずつ強くなってた。


「お帰り、クロト」


イナイは帰ってきたクロトに、優しく微笑んで迎えてくれた。

イナイも外に出て探していたらしいけど、帰って来るのを迎える人間が居た方が良いだろうと、先に帰って来ていた。

クロトの居場所を聞いた時に、そう言っていた。


「・・・お、お母さん、ごめ―――」


イナイは謝ろうとするクロトの頭に手を置き、軽く撫でる。クロトは少しびくっとしたが、それでも驚きは一瞬だけだった。

イナイはクロトを抱きしめ、ただもう一度、優しくクロトに告げた。


「お帰り、クロト」


イナイは只々、クロトを優しく迎え入れた。只それだけ。けど、それがどれだけ温かいか俺は良く知ってる。

この人の温かさは、本当に心が安らぐんだ。それはクロトも同じだったんだと思う。

クロトはさっきまでの緊張なんてもう見えない。


「・・・ただ、いま・・・おかあ、さん」


クロトは何かを吐き出すように、絞り出すように、帰りの言葉をかすれた声で伝える。

さっきのただいまじゃない。ちゃんとクロト自身が帰ってきたただいまだ。

本当に帰ってきたと思える、言葉だ。


本当に凄いな、この人は。厳しい時は本当に厳しいけど、その根元は優しさの塊みたいな人だよな。

いいなぁ、ほんと。好きだなぁ。


「ほら、とりあえず入んな」


イナイはクロトを抱えて部屋に入る。俺もその後ろついて行く。ハクさんはすでに寝てた。はえーよ。

シガルは台所から鍋を抱えてこっちに来た。


「おかえりー。温かいスープ出来てるよ。ちょっとお腹すいたでしょ?」


イナイはクロトを座らせて、シガルがその前にスープを用意している。

クロトはぽかんとしているが、気にせずシガルはスプーンを渡す。

シガルの笑顔に促される形で、クロトがスープを口に入れた。


「・・・美味しい」


クロトは小さく呟いた後、スープを食べ続けた。その目に涙が溜っていたのは、知らない振りをしておこう。

イナイもシガルも、そんなクロトを優しい目で見ていた。

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