第392話ついでに本気で勝負ですか?
『さて、じゃあ、続きと行こうか』
牙を見せるような笑みをしながら、楽しそうに言うハク。なんでそうなるかな。
こいつのこういう所嫌い。やり始める前は敵意を向けた顔のくせに、やり始めるとものすごく楽しそうにする。
僕は別に、こいつと違って戦うのが好きなわけじゃない。面倒くさい。大体普通、あそこまで大怪我したら止めると思う。
「・・・やる理由がないから、面倒」
『知った事か、こんな中途半端で終わらせる気は無いぞ、私は。折角本気で二度目の勝負なんだからな』
ハクの言葉にため息を付く。やっぱり加減なんかしてないじゃないか。
やり始めるとムキになっちゃうから、僕も同類なんだろうか。なんだかそれはまた腹が立つ。
ハクは僕のやる気のなさなど完全に無視して、突っ込んでくる用意をしてる。
身体変化もさっきより竜に近づいている。怪我も、さっきまでの重症など一切見受けられなくなっている。流石、竜になる可能性を持ってるだけは有る。
「・・・ふう」
とりあえず、自分の状態を確認する。さっきと違って力が溢れてくる感じがする。
ついさっきまでうまく使えなかった力が、いつも通り使える感覚が戻って来てる。
これならやれる。
とはいえ、背中は痛いし頭も痛いから、あいつの攻撃は普通に防御してもだめなのは間違いない。
だからって一点集中しすぎてもだめだ。僕自身はそこまで何かが出来るわけじゃない。この黒を纏っているからできるだけだ。
それを大半外に出せば、動けなくなる。体は普通の子供だっていうのは、もう自覚してる。
『いくぞ!』
ハクは叫ぶと全力で真正面から突っ込んでくる、と見せて僕の横を通り過ぎ、盛大に土煙を上げながら急制動をして後ろから殴りかかって来る。
その攻撃をまともに正面から受けるのではなく、黒で逸らすように弾き、足も掬って体勢を崩す。
そのまま腕が開いたハクの胴めがけて、複数の黒の礫を雨のようにぶつける。
『いだだだだ!!』
やっぱり痛いだけか。最近そうじゃないかと思ってたけど。
僕の全力の一点攻撃を防ぐことは出来ないみたいだけど、以前と同じような攻撃が通じなくなってる。
ただ強いだけなら問題ないけど、こいつの場合こいつ自身の特性が僕の力を中和する。その力がどんどん強くなってる。
『このお!』
礫を全て跳ねのけるように腕を大きく振るうハク。その動きでも土煙が舞い、通常の状態なら吹き飛ばされるような暴風が生まれる。
僕はあえてその風に乗って後ろに下がり、距離を取って、遠距離からチクチク攻撃しつつ逃げ回る。
ハクが攻撃を躱すと距離を詰められないように黒を撒いて行く。撒いた黒の傍を通ればそこからも攻撃が出来るように。
『うっとおしいな!』
ハクは、僕の攻撃を潰しながら、最短距離を飛んで突っ込んできた。
僕はその攻撃を躱さず、そのまま腹に受ける。ハクの攻撃は、僕の腹を貫通した。
『げっ』
やりすぎたと思ったのか、ハクは僕とやっているにしては珍しい声を上げる。
「・・・残念」
僕はそう呟くと、僕を模っていた黒をただの黒に変え、ハクの全身を覆うように縛り付ける。さっきハクが盛大に土煙を上げた時に、その中で作った物だ。
僕自身は攻撃した礫の一つに紛れて隠れていた。
周囲に有る礫の一つから外に出て、まき散らした黒を回収しながらハクの前まで歩いて行く。
『ぐっ、この、くそっ』
ハクは黒の締め付けに身動きが取れず、暴れているつもりだろうが文句だけが口から出ているような状態だ。
今ハクを締め付けている黒は、感覚的に僕の力の8割は使ってる。流石にこれで外されたら困る。
こいつにこれ以上、無様なところを見せる気も、負ける気もない。
こいつにだけは、絶対負けない。
「・・・負けを認めろ。今のお前じゃ外せない」
『うぐぐ・・・』
悔しそうに唸るハクだけど、外せないことは理解しているようだ。さっきまで何とかしようともがいていたけど、もがくのを止めた。
こいつは此処から攻撃できない事も無いけど、この状態じゃ僕の方が速い。さすがにこいつはそこまで馬鹿じゃない。
続けた場合このまま黒を圧縮して、骨と内臓を砕かれるぐらいは想像できる筈だ。
『あー!また負けたー!他の誰に負けても良いけど、お前に負けるのは腹が立つー!』
「・・・そんなの僕だって同じだ」
『うー、今日は本気だったのにー!』
「・・・手加減はどうした」
こいつやっぱり完全に本気だった。でも、本気だったからこそ、僕もやれたのかもしれない。
手加減されてたら、まだ震えていたかもしれない。そんな事を思うと、少し感謝の気持ちが出てきそうになるのが、また腹が立つ。
『ん、なんだあれ』
「・・・?」
ハクが王都の方を向いて、不思議そうに呟く。僕も同じ方向を向くと、土煙を上げて何かが走って来てるのが解る。
よく見ると、馬に乗って走って来る騎士さん達だ。
『こんな時間にまで忙しいな、あいつらも』
ハクは他人事のように言ってるけど、僕は何となく嫌な予感がする。
あれはきっと、僕たちに向かってるんだと思う。ハクが町で暴れた事が通報されたんじゃないかな。
「居たぞ!あそこだ!他の者にも連絡を入れろ!」
僕たちを視認できるところまで来ると、この中で一番上なのであろう騎士さんが叫ぶ。
多分お母さんが作った道具で連絡を取ってるんだろう。
「君がクロト君。そして彼女がハクさん。間違っていませんね?」
「・・・うん」
『あってるぞー』
騎士さんは馬から降りて、僕に目線を合わせて言う。
なんか、通報されてきたわりには対応が静かだ。お母さんが何か言ってるのかもしれない。
「ステル様から連絡を貰って、君の捜索をしていました。ご同行願えますか?」
やっぱり、お母さんか。心配させたんだろうな。いつものお母さんなら、きっとこんな事しない。見かけたら教えてくれぐらいで済ませるはずだ。
特に今は、お母さんの大事な人達の、大事な時期だから。騎士さん達が大きく動くような事態は避ける筈。
『とりあえず私を解放しろー!』
ハクは動かせる首から上だけを動かしながら訴える。うるさいので黒を全部手元に戻して解放する。
なんか、さっきより力がしっくりくる。自分の内側に有る黒が、少しずつ溢れていく感覚がある。
何だろう、この感覚。さっきまでは感じなかったのに。
『とりあえずついてけばいいの?』
僕が体を確かめてる間に、騎士さんと話すハク。
なんか当たり前にしてて、腹が立つ
「・・・こいつに暴行されました」
『は?』
僕はハクを指さして、さっき王都で起こった事を思い出して騎士さんに伝える。
ハクは何言ってんだって顔をこちらに向けて来た。
「あー、えっと、その通報も有って、ご同行願いたいんですよね」
騎士さんは少し困ったような顔をしながらハクに言う。やっぱり通報自体は有ったみたいだ。
恐らく、通報があったから騎士さん達も僕たち所にたどり着けたんだろう。
「むっ!」
困り顔だった騎士さんがいきなり立ち上がり、険しい顔をして剣を構える。
騎士さんが睨む方向を見ると、誰かが転移してきた。そこには、僕の良く知る人が居た。
「クロト!」
「・・・お父・・・さん」
お父さんだ。お父さんが必至な顔で僕の傍までやって来る。それを見て、騎士さんは剣から手を放した。
必死なお父さんに、僕は俯いてしまった。怒られると、そう思ったから。僕はお父さんとの約束も、お母さんとの約束も破ってしまっている。
けどお父さんは、俯いた僕に何を言うよりも先に、膝をついて僕を思い切り抱きしめた。
「心配したんだぞ」
「・・・おとう、さん」
その声音が、とても暖かかった。お父さんの体温が、とても暖かかった。
そのせいで、涙が溢れ出た。
心配させたことが申し訳なくて。お父さんにこんな顔をさせたのが申し訳なくて。
でも何よりも、お父さんの暖かさが、優しさが、とても嬉しくて、涙が出た。
「・・・お、とうざん・・ごめんなざい・・・」
「・・・うん」
泣きじゃくる僕に、優しく応えてくれるお父さん。優しくて、温かくて、とっても強いお父さんの手が、僕の頭を撫でてくれる。
僕は自らこれを手放そうとしてた。この暖かい手を自分で手放そうとしてたんだ。
お父さんなら、僕が何であったって、僕が僕である限り優しいお父さんなのに。
「ごめんなざい・・・ごめん・・なざい・・」
「いいよ、クロト。謝らなくていい」
泣きながら謝るしか出来ない僕を抱きかかえ、お父さんは僕の背中をポンポンと優しく叩きながら騎士さんに向く。
僕は泣き止みたくても泣き止めず、お父さんの胸に顔をうずめて泣き続けた。
その間もずっと、お父さんは僕の背中や頭を撫で続けてくれていた。
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