第390話クロトは思い悩みますか?

夜の街並み、だけど明るい街を歩く。今日の街は眠る様子が無い。

屋台が並び、大道芸がそこかしこで行われ、完全にお祭り騒ぎ。

皆楽しそうだななんて思いながら、街を眺めて歩いてる。


「・・・逃げちゃった」


ハクが、怖かった。今まであいつを怖いなんて思った事なかったのに、凄く怖かった。あいつは僕の天敵の一つなんだって、解ってるから。

イナイお母さんの手が、怖かった。僕の存在がどういうものかを知ったら、消されるんじゃないかと思った。

お母さんの優しい手まで、僕は怖かったんだ。自分がお母さんにとってどういう存在なのか、解ってしまったから。


「・・・なんで、なんでこんな記憶」


僕はもう、自分の記憶には何も期待してなかった。昔の記憶なんて必要なかった。

暖かいお父さんと、優しいお母さん達が居れば、それで良いと思ってた。

なのに、今更、こんな記憶。自分が何なのかなんて、知りたくなかった。必要なかった。


「・・・やだ、やだよ。僕、消えたくないよ」


もし僕が何なのかを知れば、消されるかもしれない。僕は、危険な物だから。

あの二人が居れば、僕は簡単に消せる。リンという人と、ギーナという人。

あの二人は、あの男と同じだ。同じ力を持ってる。だから、怖くて仕方なかったんだ。

今の僕は生きたいから、消えたくないから、自分を容赦なく殺せる力を持ってるあの二人が、怖かったんだ。


「・・・お父さん、助けて。やだよ」


人込みを避けるように路地に入り、蹲って泣く。どうしたら良いのか解らない。

お父さんは相変わらず大好きだし。お母さん達だって好きだ。ハクの事は好きじゃないけど、消したい程じゃない。

あそこに、戻りたい。でも、戻れないと思う自分が居る。


お母さん達が探してる魔人。あれは僕が生み出した物だ。意図して作った物じゃないとはいえ、僕が作った物だ。

僕の力が混ざった事で、僕の力を少しだけ行使できるのが、あいつら魔人だ。


お母さん達は魔人を敵対視してる。つまりそれは、魔人をこの時代でも生みかねない僕も、敵だって事。

僕も、魔人たちと同じ。お母さん達にとっては、殺す対象。むしろ僕こそを殺さなきゃいけない。

僕は、元凶だから。すべて魔人の元凶が、僕だから。


「・・・思い出したく、なかった」


膝を抱えて泣きながら、自分の記憶に恨みを吐く。

あの時の気持ちなんて、これっぽっちも今の僕は持ち合わせてない。あの時の、全てを恨んでた気持ちとかは有ったんだって解ってる。

けど、今の僕には何にも関係ない。そんな記憶も感情も、今の僕にはいらなかった。

僕は、お父さんたちと楽しく過ごせれば、それでよかった。


「・・・帰りたい」


お父さんの所に帰りたい。あの優しい声を聞きたい。お母さんの優しい手に撫でられたい。

けど、帰れない。帰りたいけど、帰れない。僕は、お父さん達の敵だ。お父さんたちが殺さなきゃいけない敵だ。


「・・・どうしたらいいのか、わかんないよ」


悲しくて、辛くて、どうしたら良いのか解らない。ただ膝を抱えて蹲るしか、出来なくなってる。

涙が止まらない。あの暖かい場所に戻れないかもしれないと思うと、辛くて堪らない。

お父さんの腕の中に戻れないのが、とてもつらい。


「えーと、坊主、どうした?」


蹲る僕に、誰かが声をかけて来た。その声に、ゆっくりと顔を上げる。


「うわー、ひでえ顔。どうした坊主・・・坊主?嬢ちゃん?まあどっちでも良いか。何でこんなとこで泣いてんだよ。

王都とはいえ、こんな路地裏で子供が一人はあぶねーぞ。迷子か?」


にかっと笑いながら言う男の人。多分、慰めてくれてるんだと思う。

僕の顔はきっと、ぐちゃぐちゃだから。鼻水も涙も酷い事になってる。


「ほれ、これで顔拭きな」


男の人は、手拭いで僕の顔を拭いてくれた。僕は何も言う気が起きなくて、なすがままにされる。


「迷子なら送ってやるよ。家の場所解らないなら、騎士隊の人達のとこに連れてってやるし。

だから、な。もう泣くなって」


僕の頭を撫でながら言う男の人。けど、それはダメだ。それじゃ戻る事になる。

戻りたいけど、戻れない。戻っちゃいけない。

さっき、それが分かったんだ。ハクを怖がった時点で、僕はもう、お父さんたちとは相いれない物なんだって。

だから、帰れない。その意思表示をするために首を横に振る。


「いや、嫌だってされても、おっちゃん困っちゃうんだけどな。こんな所に置いてく訳にもいかないしさ。見つけた以上放置って寝覚めが悪いし。

もしかして家出でもしたのか?」


家出。そうか、そうかもしれない。僕は家出したのかな。

住んでる家が有ったわけじゃないけど、お父さん達っていう居場所から逃げた。

あの暖かい場所から、逃げた。


「何が有ったか知らねーけど、親御さん、心配してると思うぞ?」

「・・・心配」


きっとそうだと思う。お父さんもお母さん達も、きっと心配してると思う。

皆優しい人達だから。暖かい人達だから。だから、怖い。

あの暖かさが、あんな冷たい物に変わるのが、とても怖い。そんなの、見たくない。

そう思うと、また涙が出てきた。


「ああー・・・どうすりゃいいのよ」


男の人は困ったように天を仰いでいる。申し訳ないと思うけど、僕だってどうしたら良いのか解らない。

なんで、こんな思いをしてるんだろう。なんで、こんな思いをしなきゃいけないんだろう。

僕は、僕なのに。昔の僕なんて、僕には関係ないのに。


「ん?」


男の人が、誰かが近づく足音でそちらに顔を向ける。その人物は迷いなくこちらに向かって来ていた。

僕は誰が来たのか興味が無くて、視線は男の人に向けたままだ。ただ音から、その人物は僕の近くで止まったのは分かった。


「えーと、お前さん、こいつの保護者か何か?」


男の人がそう言ったところで、驚いて顔を上げる。

お父さんやお母さんなら、こんなに静かに近づいて来ると思って無かったから。

でも、そこに居たのはどっちでもなかった。


『別に、保護者じゃない』


そこに居たのは、つまらなそうに僕を見下ろしてるハクだった。

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