第389話魔術に頼れません!

『たっだいまー!』

「いまー」


クロトが暗い顔でもちゃもちゃお菓子を食べていると、ハクが元気良く帰ってきた。グルドさんも後ろに居る。

けどクロトはハクに顔を向ける様子はない。いつもならちらっと位は見るのに。

よっぽど何か有るんだろうな。あれだけ懐いていたイナイの手が怖いって、本当におかしい。

せめてちょっとでも話してくれたら良いんだけど。


「お帰りハク。グルドさんもお疲れ様です」

「おかえりなさーい」

「お帰り。グルドもちゃんと送ってきたな」

「そりゃー、姉さんとの約束だもん。俺が破るわけないじゃない」


イナイの言葉にご機嫌な様子で応えるグルドさん。あの二人が話してる所を見ると、ガラバウとかとは別の意味で見てるのが辛い。あの人は好きな人と、一緒に居られないのだから。

俺としてはこの人なら、イナイさえよければ本当に良いんだけどな。でも前に言ってた通り、ダメなんだろうなきっと。


それにしてもグルドさん、服がところどころ焼けてるのは気のせいだろうか。

ハクがあの人に触れられるって事は、俺もしかしてハクに勝てないんじゃねーかな。

今までも薄々感じてた。あの時の、クロトとの一戦以降、なんかハクに勝てる気がしない。


「いやー、この子強いな。驚いた」

『全然歯が立たなかった!』


やっぱり勝てなかったらしいハクは、胸を張って笑いだす。

ほんとこいつ楽しそうだよな。服がボロボロになった気配がないあたり、竜になって戦ったんだろう。

多分治療もしてもらったんじゃないかな。怪我らしい怪我見えないし。


「ここまで強い真竜には初めて会ったよ」

「あー、ハクは他の竜と比べるとつえーな。あたしもハク以外ではもう一体しか知らん」


多分老竜の事だろうな。あれは滅茶苦茶怖かった。イナイは余裕の顔してたけど、俺はシガルが居なかったら折れてたと思う。

あれはシャレにならない位怖かった。技工剣使っても勝てない気がするんだよなぁ。


「姉さん、他にもこの子ぐらい強い竜知ってるの?」

「ああ、こいつの故郷の竜に強いのがな。やったこたねえが、おそらく他の竜とは物が違う」

「へぇー、姉さんがそこまで言うって事は、相当なんだねぇ」


グルドさん達が話している間も、クロトはお菓子を黙々と食っていて、こちらを気にする様子が無い。

というか、気にする余裕が無いように見える。とりあえず目の前の物を食べて、現状を誤魔化してるような、そんな気がする。

何かをする事で、平穏を保ってるような、そんな感じだ。


「なあ、姉さん、あの子どうしたの?」

「あー、んー、ちょっとな」

「・・・ふーん?」


グルドさんも何か様子がおかしい事に気が付いたらしく、イナイに尋ねる。

だがイナイはクロトを見ながら言葉を濁した。クロトが聞いてる前で言うのは止めておこうと考えたんだろう。

グルドさんも何かを察したような感じで返事をした。


『おー、シガル、シガル、これ食べて良いの?』


クロトの事を一切気にせず、ハクはテーブルに近づいて行く。通常運転っすねハクさん。

ある意味心強いわ。

竜に戻りながら服を脱いで、椅子に座る。子竜状態だと可愛らしいんだけど、人型だと落ち着かないやつに見えるのは何でだろう。


「あ、うん、いいよー」

『わーい』


ハクさん、昼間も馬鹿みたいに食ったのに、まだ食うの?お前そのうち破裂しない?

なんて馬鹿な事を考えているとハクとクロトの手が当たった。本当に、チョンと当たったぐらいだ。


『む、邪魔―――』


ハクが文句を言おうとしたその瞬間、クロトは異様な速さで部屋の端まで移動した。本当に一瞬。

ハクから逃げるように、何かを怖がるように、黒を纏って飛びのいた。

クロトは壁を背にして、ハクを見つめている。


『・・・?』


ハクはそこで初めて、クロトの様子に疑問を覚えたようだ。でも首傾げながら食ってるけど。そして両手に菓子持ってるけど。とりあえず食うの止めろよお前。

クロトは目を見開いてハクを見ている。その目は間違いなく、怯えている。

クロトがハクに怯える?なんで?

イナイに続いてハクまでとか、訳が解らない。いや、イナイに怯える時点で解らないけど。


「ク、クロト?」

「――――っ」


クロトに声をかけると、はっとしたような表情で部屋を見回した。ついさっきまでの自分の行動を理解してない様子だ。

そして何かから逃げるように、真っ黒になって傍に有った窓から飛び出した。

早すぎて止める暇もなかった。


「クロト!?」


俺は急いで窓に近づき、名前を叫んでクロトを目で追おうとする。けど、その時点ではもうクロトは居なかった。早すぎる。

ヤバイ、どうする。クロトは探知じゃ探せない。あの子は魔術が通用しない。


「―――どうするもこうするもねえだろ」


馬鹿か。下らねえことで悩んでる場合か。こっちに来て、便利な魔術に頼りすぎだ。

心配ならそんな事考えてる間に走れ!


「イナイ、俺探してくる!」

「あたしも後で行く!見つけたら連絡よこせ!」

「分かった!!」


イナイに返事を返して、窓から飛び出る。とりあえず探知は聞かなくても、目視では見つけられるんだ。

視力と聴力を思いっきり強化して、王都内を跳ねまわってやる。絶対見つける!

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