第386話あの二人怖いです!

ホール内のざわめきが凄い。まあギーナさんの登場はそれだけの物なんだろうなぁ。

クロトはそういう事情とか完全関係なく怖がってるけど。


「うーん、折角見つけたけど、これだと行けないなぁ」


何となくだけど、あの人じゃないかなって人が入って来ていたのには気が付いていた。

入って来るのがあの皇帝陛下殿と同じだったから、もしかしたらと思ったらその通りだった。

しっかりとは魔力を覚えてなかったから少し自信無かったんだけど、あの時の軍人さんが皇帝の傍にいたのが、踊っている時に見えた。


帝国の軍人さんだったんだなあの人。今日はもう一人の人は居ないみたいだけど。

皇帝にはあんまり近づきたくないけど、あの時のお礼は言っておきたい。けど護衛みたいだし、私語は無理かなぁ。

それにしてもあの人が帝国の軍人さんって事は、帝国もそこまで全部怖い国じゃないのかも。あの人いい人だったし。

ここに居るって事は、あの人結構お偉いさんだろうし。


そういえばあそこに並んでいた誰がシガルを誘った人なんだろうか。

皇帝以外立ってるし、皆貴族っぽい格好してて解らん。

まあ、今日はこの船に泊まるみたいだし、そのうち話せる機会有るかな?

ギーナさんも泊まってくなら、クロトから離れられないから無理そうだけど。


「誰か知ってるやつがいたのか?」

「あー、うん。この間お世話になった人見つけてね。お礼言いたいんだけど、仕事中みたいだし無理そうだなって」

「ふ-ん」


イナイが訊ねて来たので、この間の無様を思い出しつつ答える。

あの人帝国の人だし、言ったら気にするかな。気にしそうだなぁ。

まあ、あの人が一人の所を見つけたら話しに行こう。クロトが落ち着いてたらっていうのが大前提だけど。

未だクロト君は俺の腕の中で震えておりますので。


『彼女の名を知らぬ者は、この場には居ないだろうと思う。故にこれ以上の詳しい紹介は省くとしよう』


お、ブルベさんの話が始まった。さっきは聞いてなかったし、ちゃんと聞いてよ。

ブルベさんの言葉に異を唱える人間は居なさそうだ。恐らく言う通り、知らない人なんていないんだろうな。

まあ、大きな戦争だったらしいし、呑まれた国も少なくないって聞いてる。一般人が名前知ってるぐらいなんだし、知らない方がおかしいか。


『皆に伝える事は、彼女がここに居る時点で察することが出来るだろう。だが、あえて言葉にし、ここに居るすべての者に宣言しよう』


ギーナさんがここに居る理由か。んー、平和条約でも結ぶとかかな?

現状は一応、停戦条約すら結んでいない睨み合いって事になってるらしいし。


『ウムル王国はリガラット共和国と、恒久的な和平を結ぶ事をここに宣言する』


あ、正解だわ。やったぜ。だいたいこの手の話の時、微妙に想像と違ったりする事が多かったからな。

しかしなんか、皆の反応が不思議だ。なんかこう、ありえないだろうっていう感じの反応が多い。

俺としては全然違和感無いんだけどなー。ギーナさんの性格考えれば、割と受け入れやすい。


『ウムル王の言葉通り、私達は和平を結ぶことを宣言します。勿論これを機に、他国との交流を出来ればと思っています』


ギーナさん、今日はガッツリ代表やってるな。

ポヘタの時は比較的軽い言い方だったのに、今日は格好もがっちり決めてる。ふわふわフリルのドレス姿だ。いいとこのお嬢様って感じだなぁ。

ん、舞台奥に居る人、見覚えが有る。何処で見かけたんだったかな・・・。


『そしてそれを証明するためにも、彼女と、手を取りたいと思います』


ギーナさんはそう言うと、いつの間にか舞台に上がっていたリンさんに目を向ける。

リンさんはそれに応えるように、ギーナさんの下へ歩いて行く。服装は変わっていないが、腰に剣を下げていた。

ドレス姿で剣持ってるって、リンさんらしいっちゃらしいけど、どうなの。しかもその雰囲気は、完全に普段のリンさんだ。


リンさんはギーナさんの前まで歩いて行くと、その剣を抜いた。降れば届く距離だ。

ギーナさんは両手を降ろし、自然体で立っている。リンさんも、抜いた剣を片手に普通に立っている。

なんか儀式的な物でもするのだろうか。


そう思った次の瞬間、リンさんが動いた。本気でやれば船が壊れるから、加減はしてる。

けど、常人には対応不可能な速度だ。素の状態だったら余裕で真っ二つになる自信が有る速度だ。何よりもおかしいのは、手を下げていたのに上から剣が降ってくる事だろう。

あんな物、速度もタイミングも全てが読めずにぶった切られる。

だがギーナさんはにこやかな表情を崩さず、片手でそれを受けた。掴んだわけでも、躱したわけでも無い。掌で受けた。まじかよ。

流石に大きく驚きの声が上がる。その驚きが、どちらになのか、両方なのかは判らない。


『ふふ、やはり、貴女はその方が似合っている』


ギーナさんはリンさんを見て楽しそうに言い、リンさんも楽しそうに剣を収める。

うん、何あの人達。怖い。

今の攻防、何人がちゃんと見えたんだろうか。そしてどれだけの人間が理解できたんだろうか、あの人達の異常性を。

あの人達の絶対おかしい。


『手を、取って頂けますか?』


先程剣を受けた手を、リンさんに差し出すギーナさん。リンさんはその手を一切の躊躇なく取る。


『これからよろしくお願いいたします、ギーナ』

『ええ、よろしくお願いしますね、リファイン』


二人が名を呼び合うと、ホール中の人間が物凄く反応をした。うるさすぎて何言ってんのか解らん。

魔術でどうにかできない事も無いが、今はクロト抱きかかえてるからやりにくいのよな。ぶっちゃけ探知も維持が辛い。

いつもと違って思いっきり抱き付かれてるし、抱きしめてるせいだろうな。


「あの二人訳が分からない」

「あたしにも解んねえよ。打ち合わせに無い事やるなよあいつら」

「え?」

「さっきの流れは一切打ち合わせにねえよ」


マジか。自由だなあの人達。なんかすげえ満足げな顔してるぞ。

打ち合わせに無い事やっても平然としてるブルベさんが凄いな、俺なら慌てるわ。


『彼女には皆との交流の為、数日は此処に逗留してもらうつもりだ』


あ、てことはこれ、出歩けない事決定だ。クロト君が意味を理解して、また泣きそうになっております。

ごめんよクロト。傍にいてあげられるけど、これは変更のしようが無いんだよ。

あー、でも、とりあえず今日だけでも、俺達だけ城に戻るっていうのも有りか?


「ねえ、イナイ」

「ん、どうした?」

「クロトが可哀そうだから、これ終わった後俺達だけ城に戻るのって有り?」

「あー・・・うーん・・・しょうが、ないか」


あ、これイナイ戻れないやつかな。なんかやる事有るんじゃなかろうか。


「イナイ、もしかしてここに留まらないといけない感じ?」

「あーいや、大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ、大丈夫だよ」


なんか、大丈夫じゃないけど大丈夫にするって感じに聞こえる。

本当に大丈夫かな。


『では、皆楽しんでいた所を中断してすまなかった。引き続き楽しんで行ってくれ』


ブルベさんがそうしめると、後ろの楽団の人達がまた演奏を始める。

ただ、演奏の音とざわめきと、どっちが大きいのかって思う位ざわめきがうるさい。

踊り始める人も居らず、皆ブルベさん達を見ている感じがする。


「ギーナさん、あんな風にも振る舞えたんだねー」

「まあ、なんだかんだあいつも国の代表だし、出来ねーこたねえだろ」


シガルがさっきのギーナさんに対する感想を言うが、俺も同じ気持ちだった。

イナイはそうでもないみたいだけど。


「確かにそっか。でもいきなりあんな話になったら、皆大変そうだね」


シガルが少し首を傾げながら言う。大変、なのかな。

まあ、大変なのか。今まで敵国だと思ってたら、仲良くしましょーだからなぁ。

国としての対応そのものを変える必要が有るのか。


「んー、正直ギーナに関しては、問題はアロネスなんだよな」

「ん、アロネスさん?」


何でここでアロネスさん?


「おう、あいつギーナの事怖がってるからな」

「・・・アロネスさんが?」


あの人が怖がる?

・・・普通に想像つかない。いっつも自信ありそうな笑み浮かべてるとこしか見てないせいかな。

ああでもそういえばあの人、ギーナさんの国の説明してくれた時『怖い国』って言ってたっけ。


「あいつには、何度か向こうの国に行ってもらわないと困るんだよ。ギーナと一緒にな。けどあいつ、ギーナの傍に寄るの嫌がるんだよ。クロトほどじゃねーけど」

「普段のアロネスさん知ってると、想像つかないね」

「なんだかんだあいつは死にかけたからな。結構なトラウマになってんだろ」


マジか、そんなに重傷だったのかアロネスさん。

そうなると確かに怖いな。自分殺しかけた人間の傍は、ちょっと怖すぎる。







その後もしばらく騒がしかったけど、これ以上ブルベさん達に動きが無い事を確認したからなのか、またちらほらと踊っている人達が出始める。

俺は動けないので、その光景を眺めてるしか出来ない。まあ、皆でのんびりできたと思えばいいか。

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