第385話イナイと踊ります!

「ではお嬢さん、一曲踊りませんか?」


リンさん達が踊り終わって、次の曲が流れ、皆が踊り始めたのを見て、イナイを誘う。

若干雰囲気にのまれ、普段付けないような恰好を付けながら。


「ぷっ」


笑われたぞこんちくしょー。


「に・・ぶくくっ・・似合わねえ・・くくっ」

「わ、わらっちゃ、か、可哀そうだよお姉ちゃん」


めっちゃ笑うのを必死に耐えてる、本当は大爆笑したいの必死に耐えてる。耐えきれてはいないけど。

後シガルさん、肩震わせながらのフォローありがとう。泣くぞ。


「どうせ似合いませんよーだ」


ちょっと拗ねながら言うと、イナイは立ち上がり、苦笑しながら俺の手を取る。


「では、よろしくお願いします」


優雅に礼をするその姿は、俺なんかと違って堂に入っていて、とても綺麗だ。


「コラ、見惚れてんじゃねえよ」

「あ、ごめん。綺麗だったから思わず」

「・・・素直に肯定すんなよ。恥ずかしいだろ」


イナイは軽口のつもりだったのだろうが、俺は正しく見惚れていた。

素直に返事をした俺の言葉に、イナイは少し顔を赤くする。


「行ってらっしゃい。あたしはクロト君とお留守番しておくね」

「・・・いってらっしゃい」


シガルとクロトに見送られ、イナイの手を引いて踊りに参加する。


「おう、上手い上手い。その調子だ」


なんて、イナイにリードされながらだけど。

暫くすると余裕も出て来て、周囲を見る事も出来るようになった。

解っていたけど、結構視線が刺さる。


前回の魔術戦。そして今踊っている相手。視線が刺さらないわけが無い。

目立ちたくはないけど、ここまで来たら知ったこっちゃねえや。

イナイが楽しそうだし、イナイの相手を堂々と出来ない位なら目立つ方がマシだ。


「こんなに、楽しい物だったんだな、こういうの」


こんな風に呟いて微笑むイナイを見て、そう思わないわけが無い。









「タロウ、ちょっと待った」

「え、うん」


途中で唐突にイナイが踊りを止め、真剣な表情で言う。その視線はシガル達に向いていた。

なんか様子がおかしい。クロトが震えてる。


「戻るぞ」

「うん」


あくまで休憩という雰囲気を崩さない程度に、シガル達の下へ向かうイナイ。

俺もその後ろをついて行く。

傍まで戻ると、クロトが真っ青な顔で体を抱えて震えていた。

シガルはその横で、目線を合わせて心配気に語り掛けている。


「シガル、クロトはどうした?」

「お、お姉ちゃん。わかんない。急に何かが怖いって」

「怖い?」


シガルの説明に、俺とイナイはリンさんを見る。けどリンさんはむしろ反対側にいる。

リンさんを怖がっているとはいえ、さっきまでは我慢出来てたんだ。もっと離れたのにこんなに怖がるわけが無い。


「やだ、やだよ。怖い。なんで、なんで二人も居るの。あの時だって一人だけだったのに。おかしいよ。やだよ。消えたくないよ」


クロトはガタガタと震えながら早口に喋る。あの時ってなんだ。それに二人っていうのも解らない。


「クロト、どうしたの?何が怖いの?」


俺もクロトに目線を合わせて聞くと、クロトは俺にしがみついて来た。


「やだよ・・・やだよぅ・・・お父さん・・・助けて・・・」


泣きながら、かすれた声で俺に縋るクロト。

何に怖がっているのか解らないし、何から助けてほしいのかも解らない。

そもそも、クロトが怖がる存在に勝てる気がしない。



でも、それでも。



「大丈夫、大丈夫だクロト。傍にいるから。ここに居るから。・・・絶対守ってやるから」


お父さんと、俺を父と頼るこの子を、守ってやりたい。助けてやりたい。

父親の自覚なんて全然ないけど、それでも、この子にとっては俺は父親なんだ。

俺はクロトを抱きしめながら、声をかける。


「大丈夫だ、クロト」

「・・・うん・・・うん・・・」


少し安心したのか、まだ震えてはいるものの、さっきよりは落ち着いて来たみたいだ。

さっきの言葉の意味も気になるけど、今は落ち着かせる方が先だ。


「・・・もしかして」


クロトの頭を撫でながら宥めていると、イナイが呟いたのが聞こえた。

何か気が付いたのかな。


「どうしたの、イナイ」

「クロトは、リンを怖がってるから、もしかしたらと思ったんだ」

「ん、どういう事?」

「ギーナをここに呼ぶ予定なんだよ。リンを怖がってるって事は、それより強いギーナも怖いのかも知れねぇ」


あー、有りそう。そういえばクロトはギーナさんとは初対面か。

ポヘタではギーナさんが帰ってからだったからな、クロトと会ったの。


「あり得そう」

「となると、クロトにはしばらく我慢してもらうしかないな」


あー、リンさんと同じパターンか。もし原因がギーナさんなら、怖いかもしれないけど危険は無いから良かった。


「ごめんねクロト、怖いかもしれないけど、我慢してね」

「・・・うん。お父さんが傍に居るなら大丈夫」


まだちょっと震えてるけど、大分落ち着いて来たみたいだ。

クロトを抱えて椅子に座り、背中を撫でる。


「この様子だと、大人しくしておいた方が良いな」

「そうだね」


クロトの見ながら言うイナイの言葉に、シガルが頷く。

シガルには申し訳ないけど、ダンスは無理っぽいな。


「シガル、ごめんね」

「ううん、いいよ。大丈夫」


にっこり笑うシガルに、一層罪悪感を覚える。

後で何か挽回しておきたいな。






そしてイナイが言った通り、しばらくしてブルベさんの紹介でギーナさんが出てきた。

ギーナさんが喋った際にクロトがビクッとしたので、あの人が怖いので確定だわ。

そうかぁ、リンさんだけじゃなくて、ギーナさんも怖いのかぁ。


クロトがちょっと可愛そうになってきた。

あの人達の怖さを常に感じてるって事だしなぁ・・・。

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