第384話帝国側の様子ですか?

兄が実に不愉快そうだ。表面上は取り繕っているが、内心不愉快で堪らないのが解る。

おそらく、あちらもそれは理解しているだろう。

ただ、問題はこっちではない。明らかに頭の悪そうな顔をしているあっちだ。


「あの面を崩したとき、どうなるかな、奴らは・・・くくっ」


能天気な事だ。演奏のおかげで聞こえていないと思うが、向こうに聞こえたらこいつはどうするつもりだ。

下手をすれば、首をこの場で落とされてもおかしくない事を言っている自覚がない。

飛び火だけは勘弁してほしい。


まだこの技工具の重要性を理解している兄の方が救える。

あの愚弟は最悪、兄と協力してでも排除しなければいけない日が来そうだ。


「やはり、無理だな」


父がウムル王を見ながら呟く。その意味するところは単純明快だ。

今この場で、ウムル王を、そしてその部下を討てるかどうか、だ。

無論それが実行可能と思えるのは、馬鹿な愚弟ぐらいの物だ。


このホールには我らと限られた護衛しかいないが、通路や別室には兵を入れている。

とはいえ、あの化け物の前ではただの有象無象だ。物の数に入らん。

だがあの愚弟は、隙さえ見せればけしかける気に見える。

そんな事が可能なら、既にウムルなどという国は消え失せているというに。


もし事を実行すれば、奴の首は流石に飛ぶことになるだろう。物理的に胴体とおさらばだ。

俺としてはその方が有りがたいので、こちらに飛び火しないタイミングでやってくれると嬉しい。


しかし珍しい。父がわざわざそんな事を口に出すとは。

この場で危ない橋を渡る気は無いと思うのだが。


「父上」


俺が父に声をかけると、父はこちらを見ずに応える。


「ふん、あの男はその程度、意にも介さん。その程度の脅威なら、何の問題もない」


酷くつまらなそうに言う父を見て、本当にこの国を警戒しているのが解る。

父の言葉は、物理的な侵略は不可能だと、そう言っているに等しい。

だからと言って政治的に可能かと言われれば、それも否だ。


ウムルはすでに、自国で全てを賄える国になっている。

勿論現状そうしていない以上、やろうと思えばというのが付くには付くが、その気になれば可能だろう。

もしウムルを崩す機会があったとすれば、それはたった二回。


ウムルが立ち上がった直後。もしくはウムルが戦争を終わらせた直後だ。

資材と人材が纏まっていなかったあの頃。あの頃こそが、ウムルを崩せる数少ない機会だ。

だが、あんな辺境の小国など、帝国が気にかけているはずも無く、ましてや戦争に勝つなどと誰も考えていなかった。


今ではすべての国が認める強国だ。全てにおいて規格外。

やれる事など、精々揚げ足を取った嫌がらせや、思想家どもを扇動してウムル国内で動かす程度だろう。

他国の民衆の周知が弱いのが、ウムルの歴史の浅さを感じるが。


「父上。流石に奴らとて、一人の所を、寝込みを襲えばひとたまりも有りますまい」


何も解っていない愚弟は、本当に見当違いの事を言い出す。

こいつは本当に一体何を言っているんだ。

大体そんな状況が作れるはずも無いだろう。もしできたとしても、一人二人討ったところでどうするというのか。


「貴様は黙っていろ」


表情を変えずに父に言われた愚弟は、悔しさを隠しもしない。

こいつは自分を一体何だと思っているのか。父が健在でいる以上、お前は只の跡継ぎの一人でしかないのだが。

まあ、こいつは兄貴に取り入れなかった連中が付いてるからな。頭がおかしくなっているのも致し方ないともいえるか。

その結果殺されたらいいな。後ろ盾の連中も含めて。


「父上、出来る限りこの船を調べようと思いますが、よろしいですか?」

「好きにしろ」


兄の進言にも、にべもなく応える。そんな事、父が手を打っていないわけが無い。

そもそもこの船の存在位は、父も知っている筈だ。なにせ俺が知っているのだ。父が知らぬ筈がない。

父の目は、今更そんな下らない事をぬかした兄に、何も期待をしていない目だ。


あの兄弟は今になって、初めてこの船と、その技術の強大さを理解した。

いや、正確には理解していない。あの二人は本当の意味では理解してない。

一番怖い事に気が付いていない。




この国はその気になれば、これと同じものを何隻も作れるのだと。





あの二人はこの船が、唯一無二の、ウムルの最高傑作と勘違いしている。

勿論、内装や台所、生活空間の完備などを考えていれば時間はかかるだろう。

だが、単純に軍事行為の為だけに作られれば?大きさを制限すれば?

答えはすぐに出る。


そして何より恐ろしい所は、それらの技術を持つという事を、脅すわけでも無く、ひけらかすわけでも無く、ただ『当たり前に有る』と見せる所だ。

これが当然だと。これがウムルだと。これが、技工士イナイと錬金術師アロネスの、そしてその部下たちの力だと。


全く化け物だ。本物の化け物だ。

8英雄の連中でも、そいつらが従える人員でもなく、あの王こそが本物の化け物だ。

あの王は、あれらの存在を全て御している。そんな事は普通不可能だ。


奴らは全て単独で、どの国でものし上がれるだけの力を持っている。

だが、そんな奴らがこの国にまとまっている。それこそが、その事実こそが脅威。

小さな不和程度は有っても、大きな不和は生まれない。力づくですべてを叩き潰しているわけでも無いのにだ。


「これだから、世の中は面白い」


思わず、そう呟く。あの王は、今まで見てきたどの人間よりも怖い。本当に恐ろしい。

それが堪らなく楽しくて、口元がにやける。


ふと、父に見られている事に気が付く。その目は何か言いたげだったが、直ぐに目を背けられた。

まさか今の呟きを、愚弟と似たような意味でとられたか?

いや、まさかな。









ウムル王と王妃の踊りが終わり、皆も踊り始めた。あまり興味の無かった俺は、その間ウムル王たちの行動を眺めていた。

何やら打ち合わせをしているようにも見える。


何曲かの演奏の後、ウムル王が舞台に上がり、ホールにウムル王の声が響く。

やはり何か有るらしい。今度は何をするつもりやら。


『皆、楽しんでもらっている所にすまない。今日は私達の式以外にも、もう一つ皆に伝えたい事が有る』


その言葉に、皆ウムル王の下に目を向ける。

流石の父も例外ではない。


『その前に、客人を一人、紹介しよう』


ウムル王が後ろを向くと、奥から誰かが出てきた。

その人物を見た瞬間、直感で解った。あれは化け物だと。

あの王に仕えている連中よりも、明らかな化け物。


その化け物の登場で、ホール内はざわめく。それはそうだ。あの化け物は、あれは、ウムルが警戒するべき存在の筈だ。


『皆さん初めまして。私の名はギーナ・ブレグレウズ。リガラット共和国代表です』


ウムル王から技工具を受け取り、化け物は優雅に礼をして名乗った。

ウムル最大の脅威である、魔王の名を。

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