第375話男性の真意ですか?

「・・・良かったんですか?」


少年から離れ、しばらく歩くと相棒が問いかけてきた。

おそらく先ほどの少年の事だろう。


「・・・なあ、お前はあの少年を見てどう思った?」

「どう、とは?」


質問が漠然とし過ぎたせいか、相棒は俺に問い返す。

確かに、どうと言われても困るか。

何か一つを見てたわけでは無い、今日一日付き合っていたのだから。


「あの少年の動き、あれだけの事が出来るように見えたか?」

「いえ、全く」


何に対しての事か分かった相棒は、素直に答える。その答えは予想通りの物だ。

そうだ、あの少年は、あれだけ事が出来るようには見えなかった。

勿論、魔術師は見た目でその実力は分かり難い。故に魔術師としての技量はそう解る物ではない。


だが、体術は違う。体術は誤魔化しようがない。

道場での少年の体術は見事だった。最初の動きは多少驚きこそした物の、理解出来る範疇だった。

おそらく、最初の動きまでなら、相棒も予想していたのだろう。


だが、二度目は違った。

あの不意打ちを躱したときの少年の動きは、明らかに、最初から分かっていた動きだ。

俺の声に反応して避けたわけじゃない。少年は此方を向いたまま躱した。

まるでそこに打撃が来るのが、解っていたように。


何よりも、少年のあの打撃。明らかに少年の体から放たれる打撃とは思えなかった。

大の大人の体が浮く打撃だ。

地に足が付いて、しっかりとした踏み込みであれば、それも有るかもしれん。

だが少年のあの時の打ち方は、明らかにそこまでの力が籠っているようには見えなかった。


何よりもその後の踏み込み。あれは躱せん。

例えあの男が万全の状態で構えていたとしても、間違いなく食らっている。

間違いなく、疑いようもなく、少年は強者だ。


「んーー」


頭をかきながら、少年から感じた物を思い出す。

いつもなら、いつもならこんな事は無い。今までこんな事はそう無かった。

あの時、目の前で起きている出来事を、全く信じられなかった。

魔術を見た時も、あの動きを見た時も、同じだった。





少年からは、何も感じなかった。





いつもなら、強者の気配を、使える物の気配を感じる。

化けると思える物を、感じられる。

だが、あの少年からは、何も感じなかった。何も見えなかった。





―――――それが、怖いと、思った。





「くくっ」

「なんですか、急に笑い出して」

「いやいや、今更滑稽だと思ってな。たかが街で見かけた少年一人に恐怖を感じたのがな」

「恐怖ですか?強い子でしたけど、良い子だったじゃないですか」


どうやら相棒にはこの感覚はない様だ。おそらく、目で見た出来事を、そのまま受け入れているのだろう。

それが悪いとは言わない。事実を受け入れるのは大事だ。


だが俺は、感覚ではあの少年に勝てる気しかしないのに、頭では勝てないと解る。

感覚と思考の理解が乖離している。あの少年という存在を掴めなかった。

初めての相手だ。あんなに、理解しがたい者は。


「俺はあの少年が怖かった。手元に置いても扱いきれる気がしなかった」

「そんなに、ですか?」

「あの時はな。今は少し落ち着いた。もしまた会う機会がれば、誘ってみるのも良いかもしれん」


確かに、怖かった。あの得体のしれない存在が怖かった。

だから誘えなかった。誘わなかったんじゃない。誘えなかったんだ。

何か、触てはいけない物に触るような気がして、怖かった。


「今更、怖がった所で仕方あるまいに、な」

「俺には、貴方がそこまで言う子には見えませんでした」


相棒の言葉に軽く頷く。きっとそれが普通だ。それが当然なのだろう。

俺だって、普段ならそう思う。あの少年がどれだけ強かろうが、恐怖を抱くなどありえない。


「せめて名前ぐらい、聞いても良かったかもしれんな」

「貴方が聞かないから、わざと聞かなかったですが、失敗しましたか?」

「いや、構わん。あの時は俺も聞く気が無かった。名乗る気も無かったしな」

「そうですか」


もし、どこかで縁が有れば、次は名乗るとするか。

じっとりと、手汗をかいている自覚をしながら、そう決める。


「くくっ、楽しいな。まだまだ知らぬことばかりだ」

「はぁ、俺には良く解りませんが」


手汗を拭い、部下達との合流場所に戻るべく、歩みを進める。奴らも存分に羽を伸ばした事だろう。

あまり抜け出して馬鹿兄弟に絡まれても面倒だ。この後しばらくは大人しくしておくか。


そういえば少年は、家族が式関連で仕事に来たといっていたな。ならば城で会う可能性も全く無い訳ではあるまい。

まあ、あくまで可能性が有るという程度だが。


思考していると、部下たちの姿が見える。どうやら先に集まっていたようだ。

大声を上げながら手を振っている。一人は相変わらず何か食っているが。


「やかましいやつらだな」

「ですねぇ」


先程までの緊張が、ほぐれていくのが解る。

単純だな、俺も。

さて、面倒だが帰るとするか。

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