第374話気晴らしが出来ました!
「うーん、堪能した」
「ええ、そうですね」
夕方の街並みを歩きながら、伸びをする男性と、ホクホク顔で本を抱える美人さん。
どうやら本が好きみたいで、男性に引きずられるまで、ずっと本屋から出ようとしなかった。
買った本から察するに、ジャンルは問わずに何でも読む人みたいだ。
「お前は書店に行かせると、本当に動かんな」
「貴方だって、珍しそうなもの見つけるたびに足を止めてたじゃないですか」
呆れたように言う男性に、対抗して返す美人さん。
とはいっても、本気で言い合っている感じでは無い。
仲のいい者同士のじゃれ合いみたいな感じだ。
「さて、戻りたくはないが、そろそろ戻るか」
「そうですね」
男性はそういうと、懐から袋を取り出し、美人さんに渡す。
美人さんは受け取ると、中から金貨を2枚取り出し、俺に渡した。
2枚ともこの国の金貨だ。
あれ、二人とも支払いの時、普通にこの国の紙幣使ってた気がするんだけど。
「今日の報酬だ。助かったぞ、少年」
「ええ、良い物が見れました」
笑顔で言う二人には悪いが、俺は渡された報酬に困っている。
金貨って、ちょっと待とうよ。1枚でも普通に多いと思うよ。
「多くないですか?」
「なに、ただ案内されただけでは無いからな」
「ええ、私達にとっては妥当な額ですよ」
そう言われては仕方ない。受け取るしかないか。
少々悩みながら、金貨を懐に入れる。
「ところで、多少は気は晴れたか、少年」
「へ?」
男性の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまう。
確かに今日は気晴らしがしたいと思ってたけど、その話は一切していない。
なんで、この人が。
「時々何かを思い出す様な、暗い顔をしている時が有ったからな」
「本当によく見てますよね、貴方は」
「少年は比較的解りやすいからな。お前だってなんとなく何かあるとは思っていただろう?」
「まあ、多少は」
どうやら、案内の最中の俺の挙動や表情を見て、何かあったと思われていたみたいだ。
何時から気が付いていたんだろうか。
ていうか、何時から気を遣わせてたんだろうか。
「すみません、気を遣わせて」
「なに、気にするな。まだ何か有るならば、それでパーッと遊んでくるといい」
「あんまり無責任な事言っちゃだめですよ」
「今日一日で少年の人となりは理解した。節度のない行動を取る類の人間では無いだろう」
「まあ、それはそう思いますけど」
二人の言う通り、この金貨を1日で使い切るような遊びはしない。
というか出来ないな。
あ、でも、それ相当のアクセサリーを二人に買っていくのは有りか?
「何を悩んでいたのかは知らないが、あまり悩み過ぎても解決はしないぞ。
出来ることが有るならばやるしかないし。どうしようも無い事なら悩んでも仕方ない。ま、人間そんなに簡単に割り切れはせんがな」
優しい声音で俺にそういうと、俺の肩をポンと叩いて、男性は背を向けたまま手を振って去っていく。
美人さんも頭を下げた後、男性について行った。
「なんか、凄い人だったな」
やれるならやるしかないし、どうしようもなければ悩んでも仕方ない、か。
あの人の言葉は、何故か解らないけど凄く受け入れやすい。
悩んでも仕方ないぞと言われた時、何だかわからないが、気が軽くなった気がした。
自分でも分かっちゃいるしな。悩んだってどうしようもない事だって。
「さて、俺も帰りますかねー」
皆へのお土産に、甘い物でも買って帰ろう。
夕方の閉店手前の甘味屋で適当に甘いものを買って、俺は城に戻った。
「ただいまー」
部屋に戻り、わざと元気よくただいまと告げる。
「おう、お帰り」
「お帰りなさい、タロウさん」
「・・・おかえりなさい」
どうやら皆いる様だ。ハクさんは寝てます。良く寝るなこいつ。
起きてる時は何時寝てるんだってぐらい起きてるのに、寝てる時はとことん寝てる。
寝だめ出来るのかな、竜って。
「はい、お土産」
俺はそう言って、甘味の入った箱をテーブルに乗せて、蓋を開ける。
「おう、じゃあお茶でも入れるか」
「ありがとう、イナイ」
礼を言うと、イナイは手をひらひらさせながらコンロの方に歩いて行った。
そこでシガルに目を向けると、何かを窺うような目でこちらを見ていた。
不安そうな、申し訳なさそうな。
きっと、今日一日こんな顔をさせてしまっていたんじゃないだろうか。
少し落ち着いて、周りを見れるようになって、初めてシガルの不安さをちゃんと感じ取れた。
言われた俺より、あれを告げたシガルの方が、よっぽど不安だった筈だ。
その上で、俺を信頼しての言葉の筈だ。
「ごめん、シガル。変に気にし過ぎだった」
「え、た、タロウさんが謝る事は無いよ」
謝る事は無い、か。確かに事実だけを見れば、そうなのかもしれない。
けど、俺は、シガルを不安にさせた事を謝りたいんだ。
だから、俺はシガルを抱きしめて言葉にする。
「ううん。シガルを不安にさせてごめん。もう大丈夫だから」
「・・・うん」
俺の言葉にほっとしたのか、シガルも俺の背中に手を回して抱き返してくる。
そうだ。何悩んでたんだか。悩む必要なんてない。
シガルは傍にいてくれる。そうはっきりと言ってくれている。悩むだけ馬鹿げてる。
それでシガルを不安にさせるなんて、本末転倒も良い所だ。
「仲がよろしい事で」
イナイがお茶を持ってきて、俺達を見ながら言う。その声音は優し気だ。
「うん、仲いいよー」
シガルはいつもの笑顔でイナイに返事をする。良かった。
「イナイも来る?」
「・・・ん」
俺がイナイに聞くと、イナイは少し悩むそぶりを見せた後、おずおずとこちらにやって来る。少し上目使いなのが可愛い。
俺とシガルは一瞬目を合わせると、二人でイナイを抱きしめた。こういう時は息が合うなぁ。
「わっぷ」
「あはははは!」
俺とシガルに成すがままにされるイナイと、楽しそうに笑うシガル。
うん、こうだよな。こうじゃないと駄目だよな。
そういえば、あの二人の国も名前も聞いてないわ。軍人さんって事しか解らん。もしまたいつか会う事が有れば、あの人にお礼を言おう。
結婚式の護衛って言ってたし、会う機会はあるかもしれないし。
今度ちょっと、探してみよう。
あと、吹っ切れたとはいえ、やっぱり気になるしな。
シガルが良いと思う男、か。俺より良い男なんだろうなー。
今回の事で覚悟は決めておかなきゃなと思った。二人が誰かを好きなったら、受け入れる覚悟を。
俺は二人を受け入れたんだ。二人が誰かを連れてきたら、受け入れないと筋が通らない。
そうだ。俺はその気持ちが足りなかった。ちゃんと解ってたつもりで、解って無かった。
グルドさんみたいに、ずっとイナイを想っていた人なら構わないなんて、ただの我儘だ。
シガルの口から、別の男性の誘いが嬉しいという言葉を言われなかったら、ずっと気が付かなかったかもしれない。
だから、これからはそのつもりでいよう。
動揺しないっていうのは無理だけど、それでも受け入れないと。
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