第372話案内役です!
「うむ、食べた食べた」
「はー、朝からこの食事が日常ですか。王都とはいえ、裕福ですねぇこの国は」
お茶を啜りながら満足そうにしている男性と、店内を観察する美人さん。
男性の方も観察はしていたが、食べ始めて少しすると、食べる事に集中していた。
興味の対象が違うんだろうな。
「この茶も美味いし、この生活が普通というのは、なかなかの物だな」
「ええ。使っている食材も、悪い物では無い。量もそこそこで額も高くはない」
「朝だというのに客も中々いるし、日常の光景なのだろうな」
「まったく、怖いですねぇ」
二人はお茶を啜りながら、そんな会話をしていた。
完全にこの二人、国内の人じゃないわ。どう考えても今の会話、他国の人だわ。
でも怖いってどういう意味なんだろう。羨ましいとか、そういうのじゃないんだ。
「怖い、ですか?」
不思議に思ったので、素直に聞いてみた。
「ああ、んー」
「私は、軍人なんですよ。見えないかもしれませんがね。
他国の軍人にとって、これだけの事が当たり前に出来る国力が有るという事は、やはり脅威です」
俺の問いに、ちょっと悩むそぶりを見せる男性と、すぐに返事をして来た美人さん。
この人達、軍人なんだ。てことは、この国に来た貴族とかの護衛なのかな?
「結婚式で来たって感じですか?」
「ええ、そうですね」
ああ、やぱりそうなのか。どうりでこの人の身のこなし、綺麗だと思った。
男性の方も、美人さんには劣るものの、良い動きだったし。
でも会話の感じからすると、男性の方が上っぽいし、指揮職と戦闘職の組み合わせなのかな?
「結構遠い所から来られたんですか?」
「ええ、そこそこ。仕事仕事で嫌になりますよ」
俺の問いに、おどけながら言う美人さん。なんていうか、凄い様になるというか、絵になるというか。
美人とイケメンは何やっても絵になるの典型みたいな人だな。
朝、カフェで、お茶を飲みながら談笑する美人。うん、絵になるな。
「それはすまなかったな、帰ったらしばらく休暇をやろう」
「何ですか、ただの世間話じゃないですか。拗ねないで下さいよ」
「別に拗ねてはおらん。確かに最近こき使い過ぎていたからなと思っただけだ」
「なら良いですけど」
ああ、やっぱりこの人が上司なのか。拗ねていないといいつつも、少し不満そうにする男性。
美人さんは苦笑しながら男性に応えている。
この二人、上司部下ってわりに、距離感が近いというか、仲がいいな。
「今日は、御休みなんですか?」
「ああ、今日は一日羽を伸ばす日だ。城は貴族連中が多くて本当に疲れる」
男性が椅子の背もたれに体を預けながら、吐き捨てるように言う。
正直な人だなー。軍人さんが言っちゃって大丈夫なのかしら。
「なので、少年、一つ頼みがある」
男性はテーブルに肘をつき、拳の上に顎を乗せ、俺を見つめてきた。
頼みってなんだろう。
「先の通り、俺達はこの街の事を良く知らない。
少年はこの地に詳しいようだし、もし暇ならこれも縁と、街を案内してもらえんかな。
勿論、少年の時間が取れる間で構わん。礼も出す」
「はあ、案内ですか」
まあ、今日は暇だし、別に構わないけど。
「構いませんけど、俺もあんまり詳しい訳じゃないですよ?」
「ん、少年は此処に住んでいる訳じゃないのか?」
あー、どう説明しようか。イナイの名前出したら面倒な事になりそうだよな。
えっと、イナイの事を省いて、事実だけを言うと、えっと。
「えっと、家族がこの結婚式の件で仕事が有って、ついてきた感じなんです。初めて来た訳じゃないですけど、住んでる人ほど詳しくはないかなと」
おし、上手くイナイの事抜きで説明できた。間違ってないぞ。
「なるほど、だが、多少は巡っているのだろう?」
「ええ、まあ」
「先の話からすると、少年は暇で、散歩にでていたら、先の事に出くわしたといった所か」
「あ、はい、そんな感じです」
正確には違うけど、やる事が無かったのは事実だ。散歩してたし。
「なら決まりだ。少年が迷惑でなければ、案内を頼みたい」
「良いんですか?さっき言った通り、そこまで詳しくないですよ?」
「構わんさ。此方もいつまでも暇な身ではないのでな。多少でも案内できる人間が居るのは良い。少年は信用できそうだしな」
「あ、えっと、それはありがとうございます」
さっきまでの鋭い目とは違う、良い笑顔で言われた。
なんだろう、この男性の言葉は、凄く何かが内側に浸透する。
言葉に力が有るとでも言えばいいだろうか。この男性に信用するといわれ、それが何だか良い気持ちになれる。
なんか、凄いなこの人。
「所で少年、普段はどこに住んでいるんだ?」
「あ、えっと、山奥に住んでて、結構世間知らずなんですよね」
「ほう、山奥に。ふむ」
店を出ての道中、単に世間話だと思うが、何処に住んでいるのかを聞かれた。
現状は旅をしてるけど、一応樹海に住んでたし、いいよね。
「ちょっと、失礼」
男性はそういうと、俺の肩や、脇、腹などをポンポンと触っていく。
な、なんだろう。
「・・・なるほど、確かに。締まった体をしている」
「ぱっと見で解らなかったからって、そういう事するの止めましょうよ・・・」
「ちゃんと断ったじゃないか」
「何するのか言ってないから、どう見ても驚いてましたよ」
どうやら、俺の体つきに疑問を覚えて確認したらしい。
まあ、確かに、俺の体ってぱっと見ひょろく見えるからなぁ。
今日は腕も出てないし。
「・・・ふむ」
男性は俺を見て、何かを考えるているようだった。どうかしたのかね。
いや、考えてるっていうか、悩んでる?
「まあ、良いか」
「なんなんですか、もう」
「あ、いや、なんでもない。少年も申し訳ない」
「いえ、気にしてないですよ」
この人思った事を直ぐやっちゃうタイプなのかな。
まあ、驚いたけど、別に気にはしてないから良いんだけど。
「さて、いくか」
「はい、じゃあ、どこ行きましょうか」
「ふむ、そうだな。時間的に・・・普通の市場は有るか?」
「普通の?」
普通の市場ってなんだ。普通じゃない市場って、闇市的なの?
知らんでそんな所。
「卸売りではない方の市場、ですね」
「ああ。ってなると、ちょっと歩きますけど良いですか?」
「ああ、構わん。頼む」
美人さんが男性の言葉を補足し、俺も理解したので、案内を始める。
こっから市場だと、少し距離あるんだよなー・・・。
「活気が有ったな」
「ですねー」
市場で買った果物を食べながら言う男性の言葉に、同意する美人さん。
確かに、活気がある市場だったけど、都会の市場ってあんなものじゃないのかな。
ポヘタでも、市場は割と人が多かった覚えがある。
「それに、安い。美味い」
「ですねー」
既に5種類目になる果物をほおばりつつ、男性は言う。
因みに美人さんも食ってる。この二人よく食うなー。
なんて言いつつ、俺も食ってるけど。
「食料品のみならず、装飾類も同じように並んでいたな」
「ですねー」
「お前、真面目に返事する気ないだろ」
「だって、言う事ないですもん。あえて言うなら宝石類に偽物が無かったぐらいですかね」
「あるじゃないか」
「まあ、貴方は宝石類を見る目が無いですからね」
宝石類の鑑定は、俺も多少できる。
アロネスさんに鍛えられたので、完ぺきではないができる。
ただ、手に取ってみて良いなら、100%見分けられるけど。
物によって、内部の魔力の流れに特徴があるので、一発で解る。
「たかが石ころじゃないか、と思うんだがな」
「その石ころが国を左右する時も有るんですよ」
「知っている。全く、宝石なぞ全て砕ければいいのに」
「止めて下さいよ、そうやって色んな人に喧嘩売るの」
「直接言う訳ないだろう」
「あたりまえです!」
軍人さんには軍人さんの苦労が有るんだろうな、と思う会話をしながら二人は俺に付いて来る。
次の目的地はとある流派の道場だ。
この国には、一つの武術が多く広まっている。
いや、武術そのものは多くある。だが、とある無手の武術はウムル全国に存在する。
その武術を使う人間に憧れた者達が、門下となり、数が増えて行った。
王都に来て、俺もそれを知った。
王都内だけでも、いくつかの道場が点在していたからだ。
その流派の名は牙心流。
英雄、ミルカ・グラネスの使う流派。
そう、ミルカさんに憧れて、多くの門下生がその業を学んでいるらしい。
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