第371話どうにか気を紛らわしたいのです!
「あー、何してんだかなぁ」
公園でのベンチで、ぐでっとなりながら、空を眺める。
シガルに話を聞かされた後から、どうにも胸のもやもやが取れない。
シガル自身はきっぱりと断ったのだから、あくまでその言葉が嬉しかったと言うだけなのは解ってる。
解ってるけど、解ってはいるんだけど、こう、落ち着かない。
あの後、帰ってきたイナイに、俺の様子がおかしいと言われたし、相当挙動がおかしいんだろう。
シガルに説明を受けたイナイは、大笑いしていた。
何でそんなに笑うのか俺には分からず、イナイに聞いたけど、結局教えてくれなかった。
微妙な気持ちを抱えたまま翌日になり、早朝から一人街中をぶらつき、公園で黄昏ているという訳だ。
なんだかなー。グルドさん時はこんな風にならなかったのに。
いや、あの時は本人が目の前にいたからか。今回は知らない人間だもんなー。
「早朝だけど、割と人通り多いな。いや、朝だからかな」
公園には、散歩に来ているご老人方や、動物を連れて歩いている人達等を見かける。
日本で見かける光景の様に、数人でランニングしている人も居た。
服装が違う事を除けば、日本に居る時と何ら変わりない。
「こっちの猫、でかいのいるなー。もはや豹だな、あれ」
ペットの散歩であろう人の連れている動物は、千差万別で、眺めているだけで意外と楽しい。
基本的に哺乳類が多いけど、割と爬虫類系や虫系も見かける。
ただ、爬虫類系もサイズがデカい。大型犬並みのトカゲみたいなのとかも居た。
デカい節足系の虫を連れているのを見た時は、流石に鳥肌が立った。驚いたのが俺だけな辺り、そう珍しい光景ではないらしい。
まあ、近づく人は居なかったけど。
「帝国皇子、か。どんな奴なんだろ。シガルが悪い印象を持ってないって事は、悪い奴じゃないんだろうけど」
全く興味はなかった。いや、むしろ関わり合いたくすらなかった。
だって、どう考えても、面倒事しかないもん。向こうが俺探してるって、戦力的な意味だって事ぐらいは解る。
流石に暴れすぎだもん。顔とか、詳しい情報とか流れてなくても、そりゃー気になるよね。
けど、俺は戦争の駒になる気は無い。人殺しは経験した。でも、それは犯罪者相手だ。
自分だけのエゴを押し通すために人を殺せるほど、俺は豪胆じゃない。人殺しは、やっぱり怖い。
いや、頭に血が上ったときは、やってしまう可能性も無くは無いけどさ。
前科あるし。
勿論、何処かが攻めて来たっていうなら、守る為に戦うのは吝かじゃない。
けど、あの国は違う。アロネスさんやイナイから聞いた話では、あの国の歴史は侵略の歴史だ。
そんな国にもし行ったら、間違いなく他国を攻めるために使われるのは目に見えている。
だから、関わり合いになる気は一切なかった。だってのに。
「今はそいつの事ばかり考えてるときたもんだー」
シガルのあの表情を思い出す。嬉しかったと、申し訳なさそうに言ったあの表情を。
あれを見た瞬間、俺の中では間違いなく、嫉妬とか、独占欲とか、そういう感情が揺らいだ。
シガルに対する怒りは無い。もしあったとしても、それはお門違いだ。
いや、怒りじゃないな。これはもっと、どす黒くて情けない感情だ。
「あー、くそ、ぜんっぜん気が晴れねえ」
早朝の散歩でもすれば気が晴れるかと思ったけど、グルグル考えるだけで、どんどん胸糞悪くなる。
何が腹立つって、こんな事考えてる自分に一番腹が立つ。
「このままじゃ、帰れないよなー」
シガルは昨日、俺の顔色をずっと窺っていた。いつもの屈託のない笑顔が見れなかった。
イナイは気にするなと、笑いながらシガルの頭を撫でていたが、それでもシガルは苦笑するだけだった。
間違いなく、原因は俺だ。俺の様子がおかしいからだ。
だから今日は、何とか気持ちを切り替えるために、一人で出て来たのに、全然纏まらない。
「グルドさんは良い人だったし、ガラバウは一応知ってる奴だったもんなー」
いや、それでも、あの二人の場合、イナイとシガルの反応が違ったか。
今回は、シガルが良いと思えるような、そんな相手だって事だ。
結局の所、何がこんなにもやもやしてるかって、自分に自信が無いのが一番の理由だろうな。
シガルの男だと、胸張って言える程、彼女に釣り合う男では無いなと思っている自分自身だろう。
「結局悪いの自分じゃん」
解り切っている結論に、自分に対して毒づく。あー、こいつほんと役に立たねえなぁ!
じっとしていてはだめだと思い、立ち上がって街に向かう。
結局、切り替える必要があるだけだ。シガルは傍にいてくれる。だからそれでいいと。
今日は、とりあえずそのために使おう。
ただ、帝国皇子がどんな人間かは、見ておきたいとは思う。
イナイには悪いけど、帰ったら此方から接触しに行こう。
「そしてこんな気分の時に、こういう事に出会うと、本当にイラッとするな」
路地の向こうから怒鳴り声が聞こえ、足を止めて耳を澄ますと、内容からリンチの類の様子を感じた。
周囲を見ても、人通りは少なく、誰かが駆け付ける様子もない。
ウムル王都でもこういう所は有るんだな。いや、当然か。平和ボケしている日本でも、犯罪は無くならない。
細かいトラブルなど、人間が生きる以上、無くならないもんなのかもな。
なんて、呑気に考えつつも、その場に走って向かう。
現場にたどり着くと、全裸で、体中あざだらけの少年が頭を抱えて蹲っていた。
「お―――」
「うらぁ!!」
「ごはっ」
「くそ、ふざけんなよてめえ!?」
「はっ、至って本気だ!」
「あーもう、なんでそうなんですか貴方は」
『お前ら、何やってんだ』と、咎めようとした瞬間、そこにいた一人が蹴り飛ばされ、怒鳴り合っていた。
探知で人数は解っていたのだが、てっきりあの子以外全員仲間かと思っていたら、違ったようだ。
俺が来るまで動きが無かったのは、様子を窺っていたのかも。
目つきの鋭い男と、美人な女性の二人組は、そこにいた男達をあっという間にのしてしまった。
特に、女性の動きは鮮やかだった。女性の方が強いなあれ。何か武術をやっているのは間違いない。
「はん、こういう陰険な事をする連中は、総じて他愛ないな」
「半分以上こっちが対処しましたけどね」
「助かる」
「助かるじゃないですよ、全く」
からからと笑う男と、それに文句を言う女性。
いや、もしかしてあの人女性じゃないのかな。服装は完全に男性の服だ。
体の線が分かり難い服着てるから、余計に判らないな。肩幅広いように見えるけど、あれは多分何か入ってる。
「で、そこで見てるお前、なにか用か?」
どうやら男は俺に気が付いていたらしく、鋭い目で俺を睨みつける。
多分これ、仲間と思われてるんじゃないかね。
「あー、用あったんだけど、なくなったというか、なんというか」
「ふん、仲間がやられたらそう出るか。情けない。まあいい、こいつら持って帰れ」
やっぱ思われてた。
いや、持って帰れ言われても。別に仲間じゃないし。
「多分この人、仲間じゃないですよ。駆け付けた時咎めようとしてましたから」
俺をこいつらの仲間と思っている男に、隣の美人から訂正が入る。
どうやらこの人、周囲を見る力に長けているようだ。
「なんだ、それはすまん」
「あ、いえ、状況的に勘違いは仕方ないかと思いますし」
男は美人の言う事に、すまなかったとすぐ謝ってきた。
この手の事に首を突っ込む事と言い、気のいい人間に感じる。
タイミングの問題よね、こういうのって。しょうがないしょうがない。
「さて、小僧、立てるか?」
男は、頭を抱えて倒れている少年に声をかけるが、反応がない。
少し心配になり、少年をゆっくりと抱きこすが、意識がない。
体勢のせいで解らなかったが、どうやら気絶していたようだ。
顔も、体もあざだらけ。下手をすれば、命に関わる怪我もしているかもしれない。
意識がないなら、尚の事危険だ。
『世界の命の源よ、傷付きし者に、その慈悲を。癒しの慈悲を与えよ』
無詠唱でやると驚かれるのは流石にもう学習したので、驚かれないように詠唱して治癒をかける。
俺の詠唱は日本語だから、治癒魔術なら適当に言っても何言ってるのかバレないとは思うが、それだと魔術を失敗しそうで怖い。
暫く、ゆっくりと治癒をかけていくと、少年のあざが消え始める。よしよし、上手く行ってる。
完全に内出血の気配が無くなったのを確認して、治癒魔術を止めた。
「これ、着させてあげましょう」
美人さんが、少年の服らしいものを持って来て、意識のない彼に服を着させる。
なんか手馴れてるな。そういう仕事とかしてるのかな?
「素晴らしいな、今の魔術」
「そうですか?」
男はそれを眺めつつ、さっきの治癒魔術を楽しそうに褒めて来た。
詠唱したし、ゆっくりやったし、何も問題ない筈だ。
「ああ、とても鮮やかだった。ウムルには魔術を学ぶ、大きな学校があると聞く。そこで学んだのか?」
学校って言うと、シガルが行ってたとこかな。
でも王都広いし、他にもありそうだけどな。
「いえ、俺は師匠に鍛えられた口です」
「なるほど。弟子がこれならば、師はもっと素晴らしいのだろうな」
「ええ、勝てる気がしないです」
「ははっ、それならば仲間かも知れんな。俺も師に勝てる気はせん」
俺がセルエスさん達を思い浮かべ、若干げんなりした表情を見せると、男は心底楽しそうに笑いながら言った。
なんか、楽しい人だな。話してて気分が良い人だ。
「さて、意識が戻らないようですが、どうしましょうか」
「兵士の詰所にでも連れて行けばいいだろう」
「そうですね、そうしますか」
少年の意識が戻らないので、兵士さんの詰所に行く提案をする男性。
美人さんはそれに頷くと、少年を男性の背中に乗せる。
「うおっ、な、何をする」
「貴方が面倒を見てあげないと、筋が通りませんよね?」
「うぐっ、くっ」
にっこりと笑う美人さんに、唸りながら何も言えない男性。この二人面白いな。
「ふんっ!とっとと置いて、とっとと何か食いに行くぞ!」
「はいはい」
男性は少年を担ぎ、ずんずんと歩いて行く。
美人さんは楽しそうに笑いながら、その後ろをついて行った。
俺はそれを眺めていると、ふと思い出したように男性が振り向く。
「そうだ、先ほど因縁を付けてしまった詫びに、食事でも奢ろう」
「え、あ、いえ、全然気にしてないんで大丈夫ですよ?」
別に何も根に持っていないし、直ぐに謝ってくれた。それだけで十分だ。
「とりあえず、彼の怪我が無い事を説明するために、付いて来て貰えませんか?」
「ああ、はい。そうですね。すみません、気が付かなくて」
美人さんの頼みに、それもそうかと思って頷き、彼らについてく。
詰所にいくと、知り合いの兵士さんが偶々いたので、話はスムーズに片付いた。
一応、彼をリンチしていた連中をのした事も説明したが、特に何もお咎めは受けなかった。良いのかね。
「ふむ。兵士に知り合いがいると言うのは、やはり便利だな」
「半面、危険ですけどねー」
二人はそんな事を言っていた。危険ってどういう意味だろ。
「さて、食事に行くか!」
「はいはい」
どうやら二人は、どこかに食べに行くようだ。
けど、ふと思った。この時間、開いてる店は少ない。
その上、今いる場所の近辺には、全くと言っていいほどなかった気がする。
食べれる所、知ってるんだろうか。それとも、どこかに帰って食べるのかな?
「あのー、この時間、この辺じゃ開いてるお店とか少ないと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「そうなのか?」
「こっちに振らないで下さい。知るわけないじゃないですかそんな事」
どうやら二人とも知らないようだ。
ウムルには学校があったよな、なんて事言ってたし、他国からの旅行者かも知れない。
まあ、この際乗り掛かった舟か。
「一応開いてる店知ってるんで、案内しましょうか?俺もたべてませんし」
「おお、助かる!」
「すみません、お願いします」
俺の言葉に喜ぶ男性と、頭を下げる美人さん。
なんだか、でこぼこな感じのコンビだなー。いや、違うからこそ一緒に居るのかもしれない。
楽しそうに付いて来る男性と、それを見てため息を付く美人さんを見て、そう思った。
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