第370話奇妙な縁ですか?
「シガル・スタッドラーズ、か」
「まさか、こんな形で見つける事になるとは思いませんでしたね」
先程出会った少女を思い出し、その名を口にすると、相棒が反応して来た。
そう、まさかだった。此方としては、ただ有望な人間を見つけたに過ぎなかった。
まさかその人間が『シガル』だとは思っていなかった。
「偶然では無いだろうな」
「おそらく」
今自分が欲している人間の傍にいる人間達。シガルという少女と、ハクという女。
片方ならば、偶然同じ名前で済ますのも有りえる話だ。そしてここがウムル城内で無ければ、別人の可能性も無くはない。
何せ、肝心の人物が、どちらもいない。
だが、それでも、あの娘が『シガル』だという確信が有った。
スタッドラーズ。そう、スタッドラーズだ。その名は知っている。あの男の娘だ。
なるほど、親が有能ならば、娘も有望という訳だ。
方向性は違うが、あの男の背中を見て育ったのだろう。良い娘だ。
「くっくっく。どこかで縁を繋げればと思っていたが、こんなに身近にあったとはな」
「とはいえ、此方が知っていたとして、娘を紹介してほしいと言っても、聞き入れてはくれないと思いますよ?」
「そんな事は解っている。だが、知っているのと知らないのでは、雲泥の差だ」
「嬉しいのは解りますけど、その笑い方は本当に止めておいた方が良いですよ。兄君そっくりです」
相棒に兄にそっくりだと言われ、思わず部下たちの方に顔を向けると、皆頷いていた。
これは失敗した。あの兄の邪悪な笑みそっくりとは、自分自身も気分が悪い。
言われて気が付いた事に眉を寄せていると、部下に両手で頬を押しつぶされる。
「なんぼつぼりだ」
「いや、なんか、難しそうな顔してるから」
こいつなりに気を遣ってはいるのだろうが、毎回行動が意味が解らんわ。
手をのけて、ため息を付く。
だがまあ、気分は悪くは無くなったか。
「なんにせよ、これで目印は出来た」
「やっと、ですけどね」
「なに、構わんさ。これで多少気楽に動ける。時間を気にして、少しでもと躍起になる必要が無くなる」
そう、目印だ。俺達にとって、シガル・スタッドラーズの存在が目印になる。
タナカ・タロウは、その名を、存在を知られていても、その容姿が広く知られているわけでは無い。
奴を見た貴族の連中に話を聞いても、奴を特定できるほどの情報はまだなかった。精々子供連れだったという事ぐらいだ。
そいつらを連れ歩ければ話は別かもしれんが、そういう訳にもいかんしな。
騎士連中に聞くのは、問題外だ。
あの男を良く知っているらしいトレドナという男には、警戒され、上手く躱されてしまった。
奴から何かを引き出せれば、もう少し探しやすかっただろう。
だが、今となっては、そんな事は些末だ。
例え奴を見つけても、訓練中か、よほど特殊な事でもしていない限り、簡単に判別はつかない筈だったのが、こんなにも単純な目印が出来た。
ようやくだ。あれだけ探し回って会えなかった人間に、ようやく会える。
それに、あの男がもし俺の協力者となれば、同時にあの娘達も付いて来る。
そう上手くはいかんだろうが、上手く行かないなりに、やってみせよう。
あれは良い。あの二人は、それこそまだ見ぬタナカ・タロウより欲しいと思った。
いや、あの娘たちが傍に有ろうと思えるほどの人物と思うのが妥当か。
「今更だが、奴の娘自慢を真面目に聞いておくべきだったな」
「聞き流してましたもんねー」
「まさか、あそこまでとは普通は思わんだろう」
「そうですね。ただの親ばかにしか見えませんでしたもんね」
もし奴の話を真面目に聞いていれば、その時点で、『シガル』という存在がすぐ見つけられる事に気が付けた。
相棒には少し危険を冒してもらう事になるが、間違いなく一番の近道だったはずだ。
世の中、本当に、何処に何があるか解らんな。
「まあ、お前が危ない橋を渡らずに済んだと思う事にするか」
「あ、やっぱりやらせる気だったんですね。たまには別の人間にやらせてくださいよ」
「こいつらじゃ無理だろ」
相棒の言葉に、後ろの部下たちに目を向けると、全員が目をそらす。
相棒はこんななりだが、こいつらの誰よりも有能だ。それはこいつらも理解している。
「他にも居るじゃないですか」
「お前と同じ事が出来る奴が居るなら言ってみろ」
「・・・ネリアゾとか」
「論外だ」
相棒が鍛えている部下の名前をあげるが、俺は知っている。
そいつは確かに使えない事は無いが、相棒ほどの能力は無い。
もっと安全な所なら良いが、ウムルで動かすには、危険極まりない。
「まあ、よかったじゃん。やらなくていいんだからよ」
「そーそー」
「ズヴェズちゃん、殿下の為だと張り切るから、やれない方が悔しいんじゃない?」
「いや、流石にウムルで危険は、なるべく冒したくないと思うよ、俺」
「当たり前じゃないですか。こんな怖い国で危ない事なんて、いくら殿下の言葉でもしたくないですよ」
部下達の言葉に、相棒がやりたくないと答えるが、それでもやってくれと言えば、こいつはやってくれる。
部下達も首を振ったが、それでも頼むと言えば、こいつらはやる。
だからこそ、やれる人間にしか振りたくはない。俺はこいつらを、使い潰すコマにはしたくない。
「よし、俺は気分が良い、明日は街に出るぞ」
「「「「やったー!!」」」」
「ええー・・・・」
俺の言葉に部下達は喜ぶが、相棒は心底嫌そうな顔をする。
「・・・殿下、一人で行く気でしょう」
「当然」
「駄目ですよ」
「断る」
「断るじゃないですよ!」
「嫌だ」
「言い方を変えればいいって事じゃないです!!」
「ウムルの街で危険などそうそう有る物かよ」
「ありますよ!」
俺は独りで気楽に街を歩きたいのだが。それに独り歩きなど、今まで何度もしてるだろう。
何を怒っているんだ、相棒は。
「弟君がいるんですよ、ここには」
なるほど、あの馬鹿を気にしていたか。
確かに、あの馬鹿に一人でいる所を見られたら、何をされるかわからんな。
だがそれは、見られればの話だ。
それに、そう簡単に手は出せんし、奴の無能な部下共に負ける気はせんがな。
とはいえ、あまり心配させるのもいかんか。
「解った。お前と一緒なら良いだろう?」
「・・・それなら、まあ」
相棒は、まだ少し不満があるようだが、自分が一緒ならと納得してくれた。
さて、こんな堅苦しい、貴族ばかりの空間はそろそろ嫌気がさしていたんだ。
折角ウムルに来ているんだ。この国の中身を見ない手はない。
楽しく街に出向かせて貰おうか。
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