第368話最近の二人の稽古ですか?

『よっと』

「うつっ!」


ハクの綺麗な掌底を腹部に貰い、大きく後ろに吹き飛び、思わず呻きが出た。

一応貰う直前に後ろに飛んでいるけど、それでも効いた。

そのまま着地すると動けなくなる可能性が有るので、後ろ向きに転がって衝撃を逃がしつつ、立ち上がる。


『行くよー』

「わっ、と」


吹き飛んで、かなり距離が開いていた筈なのに、顔を上げると既にハクが目の前に居て、攻撃を仕掛けてくる。

とはいえ、そんな事はいつも通りだし、想定内。ハクの本気の速度はもっと早い。

今のハクは、あたし相手だから加減をしてくれている。


その手加減をされている動きでも、あたしには手いっぱいな動きなんだけど。

正直なところ、ついて行くのが精いっぱい。

ハクの攻撃を短剣で受け止め、弾き、何とか態勢を立て直そうとする。


最初の頃のハクは速さだけだったけど、最近のハクは攻撃がとても上手い。

動きに無駄が無くなってきている。

そのせいで、元々手加減してもらって何とか相手が出来ていたのに、最近は完全に稽古をつけて貰っている形になっている。

あたしの方が少しだけとはいえ、武術方面で先輩だったはずなのに、今じゃそっち方面でも完全にハクの方が上だ。

やっぱり百年の年月を生きてるのは伊達じゃないって事かな。


『もうちょっと速度上げるよー』

「わ、わか、った」


ハクは今の速度での攻撃をいなすあたしに、宣言してから速度を上げ始める。

今の時点でも受けるのは手いっぱいだし、さっきも失敗して、直撃ではないとはいえ掌底を食らった。

ここから速度をあげられて、受けきれるはずも無い。

でも、そんな事はハクも解ってる。解った上で速度を上げてきている。


「くっ、つうっ」


ハクは攻撃を散らし、要所要所で急所を狙う。

あたしは、急所狙いの攻撃だけは絶対に食らわないように防御し、受けれない攻撃は上手くずらして、動きを止められないように体で受ける。

勿論手加減しているとはいえ、ハクの攻撃だし、受けられない速度の攻撃を食らっているから、蓄積すれば大きな痛手になる。

それでも、自分より速度も技術も高い相手と戦うには、こうするしか術がない。


「ふっ!」


だからと言って、ずっと防御していても話にならない。たとえ攻撃を食らうとしても、反撃しなければ勝ち目は無い。

攻撃の軌道を見て、食らっても耐えられる攻撃はあえて食らいながら反撃に移る。

わき腹にかする打撃の痛みを耐えながら、ハクの胴に剣を切り付ける。

ハクは打撃で放った手を引き戻す際に、あたしの肘を掴んで攻撃の軌道を変えて躱した。


『今のは良い動きだった。もうちょっと速度が欲しいけど』


なんて言いながら、肘から手を放して、再度攻撃をしてくる。

投げたり、力任せに攻撃されない辺り、本当に手加減されてるな。

クロト君との勝負の時は、本当に凄かった。戦った後、どんな爆薬で吹き飛ばしたのかって惨状だったもん。


とはいえ、今の反撃や、防御があたしの最速だ。たとえもう少し欲しいと言われても、これ以上は出せないし、これ以上の精度はやれる気がしない。

根本的に速度が違い過ぎる。まず、当てることは叶わない。

それでも、この世界を知る事に意味がある。この世界と手を合わせることに意味がある。


大好きな人は、目の前の友人は、尊敬する人達は、皆、この世界を知っている。この世界で生きている。

この世界に到達できなければ、あの人の隣に立つことは叶わない。


きっとそれでも、あの人は好きでいてくれる。愛してくれる。

優しい人だから、きっと、あたしにこの領域を求めることは無い。

だから、あの人の隣に立ちたいのは自分の我儘だ。


勿論、目の前の友人の隣に立ちたいっていうのもある。

彼女はあたしを守ろうとしてくれる。それ自体はとても有りがたい。

けど、あたしは何もできない女にはなりたくない。自分の力で立てない女になりたくない。

それに元々目指す先は戦いの場の力だったんだ。なら、友人と競い合う事が出来るぐらいにはなりたい。


『そろそろ休憩にしよっか』


ハクはそういうと、目の前からかき消える。

いや、一瞬動くのが見えた事は見えた。だからその方向に反射的に体が動くが、次の瞬間背中に何かをトンと当てられる感触を感じる。

フェイントじゃない。純粋に速度で、あたしの後ろに回り込んだんだ。

本気で動かれると、本当に付いて行けないなぁ。


それを終わりの合図と取り、強化魔術を解いて、座り込む。

足ががくがくしてる。腕も重くて力が入らない。

止まって初めて、自分の疲労に気が付く。ハクとやってる時はいつもこんな感じだ。


「はあっ・・はあっ・・・・んくっ」

『お疲れ様、シガル』


呼吸を整えようとする私に、治癒魔術をかけながら労ってくれるハク。

ハク自身は少し物足りないんじゃないだろうか。

以前はもう少しつき合えたけど、クロト君と戦ったあたりから、本格的にハクに付いて行けない。

動きに無駄がないって事は、単純にその分体力も使わない。だから今のハクは、ちょっと運動をした程度の筈だ。


そもそもハクは強化魔術なんて使ってない。流石竜だなって思う。

よく考えると、竜と正面から対抗するあたしも、相当馬鹿なのかも。


「水だ、飲むか?」

「はあっ・・はあっ・・・え・・・?」


へたり込んでいる私に、誰かが声をかけて来た。顔をあげると、どこかの貴族らしい雰囲気を持った男性が、私に水袋を差し出していた。

服装からも、多分そうだと思う。後ろに護衛らしき人達が居るし、間違いないだろう。


『誰だお前』


けど、ハクは特に気にすることも無く、普段通り。

男性はハクの言葉に少し驚きの顔を見せただけで、普通に返事をして来た。


「ふむ、失礼。先ほどからの手合わせ、勝手ながら見させてもらっていた者だ。この水は、見物料のような物と取ってもらえばいい」

『ふーん?』


ハクは首を傾げつつも水を受け取ると、軽く口に含む。


『うん、大丈夫かな。はい、シガル』

「あ、ありがと」


どうやら、渡された水が大丈夫な物か確認したみたいだ。

大丈夫じゃなかった場合、どうするんだろう。ハクは毒とか平気なのかな。

とはいえ、この人がわざわざ毒を入れる理由は無いと思うんだけど。


「しかし驚いた。先ほどの動きは、生半可な物ではない。その年であの動きとは恐れ入る」

「あ、あはは、ありがとう、ございます」


どこの誰かは解らないけど、他国の貴族の人なのだろうとは思う。

着ている服についている紋章のような物は、見た事のない物だから。

ぱっと見の印象は、目つきは鋭いけど、どこか優しげな人だなと思った。


「二人は師弟なのか?」

『友達だ!』

「えっと、はい」


水を少し貰いつつ、ハクに続いて答える。まだ呼吸が纏まらなくて、うまく喋れない。


「ああ、無理に応えなくていい。呼吸を落ち着ける方を優先して構わん」


男性はそういうと、ハクに目を向ける。ハクは特に気にせず、私の横に座っている。

一応ドレスを着ているのだから、地面に座るのは止めた方が良いと思うなぁ。

あたしもへたり込んでいるけどさ。


「すっごいな嬢ちゃん。俺、嬢ちゃんぐらいの年の頃にあんな動き出来なかったわ」

「ほんとほんと。私今でも出来ないよ」

「お前・・・そういう事堂々と言うなよ・・・」

「事実だけどね」


さっきまで後ろで静かにしていた人たちは、口々に話かけて来た。

慌てて返事をしようとしたら、そのうちの一番大きな男性の頭に剣の鞘が叩きつけられた。


「■■■!■■■■■■■■■!?」


殴られた男性は、聞いた事のない言葉で、涙目になりながら何かを訴えている。

何処の言葉だろうか。

とっさの言葉がこれということは、さっきのはわざわざこちらの公用語で話しかけてくれてたみたいだ。


「人の話を聞いて無いのか!休ませてやれ!」

「■■■■■■■■■」

「貴様もだ馬鹿者が!」


叩かれた人を、剣士ぽい女性が馬鹿にすると、貴族の男性はそちらにも鞘を振るうが、さっと避けられる。

貴族の男性は、わざとこちらの言葉で言ってくれているみたいだ。


「■■■!」

「避けるな馬鹿者!」

「■■■■■■!」


男性は、逃げながら挑発するような態度を見せる女性を追いかけまわし始めた。

なんか、不思議な主従関係の人達だな。少し、ウムルの人達の主従関係に似ている気がする。

他国では、貴族や主人にあんな風に振る舞う関係なんて、滅多に見かけないらしいし。

事実、ここに来ている他国の貴族では、こんな雰囲気の人は初めて見た。

勿論、ポヘタの支部長さんみたいな、変わり種の人も居るんだろうけど。


「すみません。騒がしくて」

「あ、いえ」


呆けていると、美人と形容するのが正しい容姿なのだろうけど、そういうには憚れる人が謝ってきた。

服装からすると男性なのだけど、容姿はどう見ても美人としか言いようがない。

ただ、その動きから、戦闘職の人間だという事は見て取れた。


「■■、■■■、■■■■■■■■■」

「■■■■■■■■■」


美人な男性が聞きなれない言葉で貴族の男性を咎めると、謝るようなそぶりを見せた。

二人は友人か何かなんだろうか。


「騒がしくしてすまない」

「いえ、仲が良いんですね」

「・・・悪くはない」


素直に仲がいいと思った。ただ主従というよりも、友人のような雰囲気。

けど、それを伝えると、彼は微妙な顔をした。後ろは楽しそうに笑っているけど。


「君たちの名を、聞いても良いか」

「あ、えっと」

「殿下、先に名乗りましょう」

「ああ、これはすまない」


殿下。つまりこの人は、王族。

後ろの人達、王族にあの態度なのか。流石にウムルでもそれは無いかなぁ。

いや、そうでもないか。お姉ちゃん達だけだと、そんな事なかったな。


「セス・エレンダの、ヴァイット・ガズ・ミュナル・イグリーナと言う。よろしく」


その名を聞いて固まってしまった。

国名と、この人の名前。あたしの記憶が間違いでなければ、お姉ちゃんの口から、きいた事が有る名前だ。


タロウさんは興味がなかったみたいだし、関わる気も無かったみたいだから、後で聞いた名前。

帝国、第二皇子。その名前を、目の前の男性は名乗った。

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