第367話この人誰ですか!

「ごきげんよう、タロウ」

「・・・あ、はい」


俺の目の前で淑やかに礼をしている女性に面を食らい、まともな返しが出来なかった。

赤く長い髪と、その髪が映えるような白いドレスに身を包んだ女性。

所作は正しく淑女のそれであり、持っている雰囲気も貴族らしい気品を感じる。


「ふふ、どうかしましたか?」


優しく微笑む彼女に、余計に何も言えなくなる。

目の前の女性が、女性らしく振る舞えば振る舞う程、彼女という存在に疑問符が浮かぶ。


「なんだよう、似合わないって顔しちゃって。結構頑張ったんだよ?」


俺がどんな顔をしていたのかは判らないが、俺の表情をそう読み取ると、彼女は俺が良く知る彼女になる。

良く知ってるリンさんが、そこに現れた。


「お、驚きました」

「はっはっは。長時間持たないけどねー!」


それは胸を張って言っていいのだろうか。隣でミルカさんが冷たい目をしているのだが。

いや、この人はいつもあんな目か。


「急にどうしたんですか?」


ついさっきまで、自室でのんびり剣の手入れをしていたら、リンさんが部屋にやってきた。

リンさんが近づいていること自体は、気が付いていたけど、まさかあんな御淑やかな雰囲気で来るとは思わず、面食らった。

それにしても、なんでミルカさんも一緒にいるんだろ。さっきからどうでも良さげによそ見してるんで、説明はしてくれ無さそうですね、はい。


「タロウってば、城に来てるのに、一回も顔見せに来ないんだもんなー」

「あ、すみません」


しまったな。クロトが居るとしても、俺一人で挨拶に行くべきだったか。

素直に謝ると、リンさんはにかっと笑って、部屋に入ってくる。ミルカさんは入り口から動かない。

入らないのかな?


「やっほ、イナイ」

「おう」

「ひっ」


リンさんはまずイナイに挨拶をすると、そのまま傍に歩いて行く。そのせいでクロトが悲鳴をあげる。

クロトはリンさんが部屋に来る大分前からイナイにくっついて震えていた。


「あ、あのー、クロト君」

「ひうっ!!」


リンさんはベッドに腰かけているクロトより目線が下になるようにしゃがみ、上目使いで喋りかけるが、クロトには効果がなかった。

ただ、クロトも怖がりながら、一応目だけはリンさんの方を見ている。


「クロト、怖いかもしれないが、挨拶だけはしてやってくれ」


イナイがクロトの頭を優しくなでながら頼むと、クロトは涙目になりながら、リンさんの方に顔も向ける。

ハクに近づかれてる時のグレットもびっくりな位震えてるなぁ。


「・・・こ、こんにちは」


お、クロト頑張った。偉い。リンさんはそれを聞いた瞬間笑顔になった。


「うん、こんにちは!」

「ひうっ」


リンさんはちゃんと挨拶してくれたのがよっぽど嬉しかったようで、元気よく返事をする。

だがそれが逆効果となり、クロトは再度怯える結果になった。完全に泣いてる。


「あ・・・」

「リンねえの馬鹿」

「お前なぁ・・・」


自分の失敗に気が付き、しまったという顔になるリンさん。

それに呆れるミルカさんとイナイさんの言葉に、一層へこんでいる。

さっきは面食らったけど、この人変わらないなぁ。


「あうう。クロト君ごめんよ。怖がらせる気は無いんだよ」

「・・・ぐすっ・・・うん・・・」


泣きながらもリンさんの言葉に返事をするクロト。

でもその目はもう、リンさんに向いていない。イナイにがっちりしがみついている。


「うん、頑張った。よしよし」


イナイはクロトの頭を撫でて、ちゃんと褒めてあげている。

頑張ったもんね。しかし、クロトはリンさんの何がそんなに怖いんだろうな。


リンさんは、クロトをみて残念そうにしつつも、今度は驚かさないようにゆっくりと離れ、ドアの方の戻ってくる。

ミルカさんはそれを見て、すっとリンさんに道を譲る。

いや、むしろ、護衛をしているような感じに見えるな。


「では、皆さん、失礼します。また式でお会いしましょう」


部屋を出る際にまたしっとりとした雰囲気に戻り、礼をして去っていくリンさん。

ドアはミルカさんが軽く手を振った後に閉めて行った。


「・・・なんだったんだろう」


唐突に着て、唐突に去っていったな。何がしたかったんだあの人。

あ、クロトに会いに来ただけなのかな。


「クロトに泣かれてた事気にしてたからなー、あいつ」

「ああ、やっぱそのために来たんだ」


どうやら飛行船での一件を、かなり気にしていたようだ。

めっちゃ泣かれてたもんなぁ。まあ今回も泣かれたけど。


「頑張ったね、クロト」


俺もまだ泣いているクロトの頭を撫でてあげる。

二人で撫でているうちに、少しずつ気分が落ち着いてきたようで、何か考え込むしぐさを見せる。


「どしたの、クロト」

「・・・その、ごめんなさい」

「?」


何故か謝るクロト。何でだろう。


「・・・前に、一回、頑張るって言ったのに、また出来なかった」

「ああー」


そういえば以前、今度会う時は頑張るとか、そんな感じの事言ってたっけ。

でも今回結構頑張ったと思うけどな。前と違って、手の届く距離で挨拶した訳だし。


「大丈夫だよ。今日は頑張ったよ」

「・・・ほんとに?」

「うん、大丈夫」

「・・・うん」


ちゃんとクロトは頑張ったと伝えると、安心したように頷くクロト。

うん、クロトは頑張った。


「しっかし、驚いた。リンさん、あんな風に振る舞えたんだね」

「なんとかな。長時間やってっと、粗が出て来るけど、まあ頑張ってるな」


あ、どうやら元々は出来なかったみたいだ。ここに来てから頑張ったのかなぁ。本当に驚いた。

普段通りに振る舞われなければ、似た顔の姉妹って言われても信じるレベルだった。


「シガルにも見せてあげたかったな」

「まあ、式には見れるさ」


シガルは今日、ハクと一緒に二人だけで出かけている。

あの子は定期的に、俺を付いて来させないようにするけど、何してんだろ。

まあ、そのうち教えてくれるかな・・・。

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