第365話イナイからの忠告です!

「ねえ、イナイ」


俺は部屋の窓から中庭を覗きながら、イナイに声をかける。


「あん、どした?」

「最近、城の中の人、増えてない?」

「そりゃそうだろ。もうすぐ式だってのにギリギリに来るやつなんか、そういねーよ」


やっぱそうか。人が増えてるのは気のせいじゃなかった。

以前は見かけなかった場所でも、貴族っぽい人を見かける機会が多くなった。

今いる部屋の窓から外を見ても、色んな所で護衛を連れた人が、何人も見える。


ただ、今は俺もちゃんとした服を着てるので、その手の人達に絡まれる事もない。

クロトとよく一緒に居るので、不思議そうな顔をされることは多々あるけどね。

でもシガルも居るし、仲のいい兄弟とでも思われてそうな気がする。


「あと数日かぁ。そういえばリンさんとは結局一回も会って無いなぁ」

「向こうは何回か見かけてるみてーだけどな」

「あ、そうなの?」

「おう、こないだの一件・・・ゼノセスとの勝負の一件も見てたらしーぞ。あたしゃ仕事してたがな」


あら、見られてたのか。まあ、トレドナも色んな人が見て立って言ってたし、不思議でもないか。

でも見られてたのか―。なんかこう、まだまだだねぇって言われそうな予感がひしひしとするのは何故だろう。

割と頑張ったけど、あの人達には甘いって言われそうだなぁ。


「なんか言ってた?」

「リンとミルカは、まだまだだってよ」

「あー、やっぱり」


やっぱり予想通りだよ。あの人達と比べたらそりゃそうですよ。

でもなぁ、ミルカさんとかリンさんとかは、どうやってあれ見破るんだろ。俺はさっぱり判らなかった。


「ただセルは、えらく喜んでたな」

「え、そうなの?」


意外だ。あの一戦では、俺の魔術は大半通用してなかった。なのにセルエスさんが褒めるのか。

セルエスさんこそ、まだまだだねー、っていつもの笑顔で言ってきそうだと思ってたのに。


「あ、でも、ミルカは最後の一撃だけは褒めてたぞ。あれは純正魔術師には有効で、良い判断だってよ」

「お、やった」


瞬時の判断でミルカさんに褒めて貰えた。これは嬉しい。

俺は基本的に、瞬間判断はそこまで高くないからなー。普段の訓練で何とかしてるだけだし。

色んな状況を習慣づけてくれたあの人達の教えが無かったら、流石に思いつかない事が多い。


「ああ、そうだ。タロウ、シガル、クロト」

「ん、なに?」

「なあに、お姉ちゃん」

「・・・なに?」


イナイがハク以外の三人を呼んだので、皆イナイの方を振り向いた。

ハクは居ないわけじゃない。普通にそこでお茶を飲んでいる。


「前に、帝国の事話したよな」

「ああ、うん、聞いたけど」

「お前らも知っての通り、そこのがきんちょが来てる。てこたぁ、親も来る」

「まあ、そうなんだろうね」


代理って可能性も無くは無いと思うけど、あの質の悪いのだけ出席ってのは無いだろう。

トレドナは末弟って言ってたし、兄貴か、親父が来るとは思ってた。


「あのガキと違って、親父の方は比較的まともだ。けど、それはうちを、ウムルを敵だと思ってるからにすぎねぇ」

「は、敵?」


何それ、敵国の結婚式に来るの?

ていうか、敵国に招待状送ってんの?


「あー、えっと、タロウさん、多分意味が違うと思うよ?」

「まあ、シガルの言うとおり、言葉そのまんまの意味じゃねえよ」


俺の反応に、少しばかり呆れながら、イナイは言葉を続ける。

なんかすみません。


「あそこは結局の所、自国以外は国とは認めていない。そういう国だ。だから、侵略できないと判断しているこの国は、まともに相手をするしかない。敵と認めざるを得ない相手、って認識されてんだよ」


えーと、つまり、侵略できる存在は敵とすら見てない、って事で良いのかな。

危険すぎないっすかそれ。

しかも、その思考回路だと、ゆくゆくは全てを自国にって考えですよね。世界征服じゃないっすかそれ。


「それは・・・大分危険思考だね」

「まあな。前にも言ったけど、大概あぶねー国だよ。そこの親玉が来るんだ。一応気を付けとけ」

「あーうん、なるべく近づかないようにする」


なんか、面倒に巻き込まれる気しかしないもの。こっちからは近づきません。

というか、今までの経験上、俺がお偉いさんに近づくと問題しか起こさない予感がする。

オレ、ゼッタイ、チカヅカナイ。


「お姉ちゃん、見た目とかどんな感じなの?」

「あー、見た目なぁ」


俺が心の中で強く決心していると、シガルがその人の外見を聞く。そうよね、それ知らないと避けようが無いよね。

イナイはそれを言われ、困った顔で頭をぼりぼりとかく。


「タロウのあれを、昔に作ってりゃ楽だったんだが」

「あれ?」

「映像記録だよ」

「ああー」


そういえばそんなの作ったっけ。作ったのはイナイだけど。わたしゃ作っとりません。お手伝いしただけです。


「えっと、そうだな、簡単に言うと、ガタイはアルネぐらいで、白い髭生やしたおっさんだ」

「・・・想像したらめっちゃ強そう」


アルネさんのがたいって、並べる人そうそういない位でかいぞ。あのサイズの王様?

何その武王。めっちゃ怖え。つーかそれだけで特徴十分だわ。すぐ判るわそんなの。

あの人、人ごみの中に居ても、余裕で見つけられる身長と肩幅してんだもん。


「まあ、アルネよりは、流石に小さいけどな。けど、強いってのは確かだ。下手な剣士や魔術師よりはつええよ」


本当に武王でした。ありがとうございました。

うん、怖い予感しかしない。近づかない。けして近づかない。よし、心に刻み込んだ。


「・・・でも、お姉ちゃん、その人にはそこまで警戒してる様に感じないんだけど」


シガルが顎に指をあてながら、首を傾げつつ言うと、イナイはニヤッと笑った。

あれ、そうなの?


「そこまで、な。あそこの皇はあぶねーが馬鹿じゃねえ。うちと事を構える愚はやんねーとは思う」

「やっぱり。お姉ちゃんが気にしてる事は別にあるんじゃない?」

「そっちもバレたか」


シガルが納得の言葉を言うと、イナイが悪戯がバレたかのように笑った。

さっぱり解っていないのは俺だけの様なんですけど。いつも寂しいんですけど。

なにこれ、俺が悪いの?


「ぶっちゃけちまうと、こう言っときゃお前は近づかねーだろ?」

「まあ、そりゃ勿論」


そんな物騒な人とお近づきになる気は有りませんし。

そもそも何かしたら、イナイに迷惑かかりそうですし。


「あそこの人間が、お前に目を付けてる。それも良い方にな」

「へ?目をつけられてるのは知ってるけど、凄い嫌われてるくさいよ?」


あの末弟には確かに目をつけられているが、どう考えても良い印象を持たれてるとは思えない。

嫌がらせもされたし。


「あの馬鹿ガキじゃねえよ。皇とあいつの兄貴だ。おめえを探してたって話も来てる」

「俺を?」

「ああ、ポヘタにもわざわざ来たらしい」


俺をわざわざ探しに?いい意味で?

どういう事だろう。


「・・・そいつとお前は気が合いそうな気がするんだよ」

「そいつって、俺を探しに来た人?」

「ああ、聞いた限りでしかねーがな。ただの勘だが、そんな気がする」

「・・・お姉ちゃんはその人と接触させたくなかったの?」


シガルの言葉に、こくんと頷くイナイ。でもその人と気が合う分には問題はない気がするけど。

むしろ皇子なら、仲良くなれたなら、今後敵とか思われなくて良いんじゃないのかな。


「んー、仲良くなると問題あんの?」

「有るな」


即答か。なんでだろ。仲良くなれば、問題も起こらない気がするんだけど。


「なんで?」


俺が素直に聞くと、イナイはため息を付きながら口を開いた。


「お前、もし、ポヘタの王女殿下の国が攻められるって話を聞いたら、どうする?」


あの子の国が攻められる?

そんな話聞いたら、そりゃ駆けつける。あの子は友人だし。

間に合うなら、助けてあげたい。


「まあ、顔見りゃ分かるわ。お前なら行くだろうな」

「・・・ん、まあ」


返事する前に言われた。いつもの事だけど。

けど、それとこの話と、何が関係あるんだろう。


「お前と気が合いそうな皇子はな、他の継承権持ちからは嫌われてる。いや、死を望まれてると言っても良い。

だが、皇帝はそいつが一番使えると思っている。だからだよ」

「・・・ごめん、全然わかんない」


俺の返事にイナイは頭を抱え、シガルはクスクスと笑う。いや、だってわからんすよ。

俺にそんな皇位争いの話されても、難しい事は良く解りませんよ。ただ、なんとなく悲惨そうだなーってぐらいしか。

あ、そうか、その騒動に俺が巻き込まれないか心配してるって事か。


「ああ、うん、そっかそっか、えっと、解った」

「本当か?」


俺の理解したという返事に、物凄く胡散臭そうに聞き返すイナイ。絶対信じて貰えてないですね、はい。


「とりあえず、あんまり近づかないようにしておくよ。ややこしい騒動に巻き込まれたくないし」

「・・・巻き込まれる事その物を心配してるわけじゃねえけどな」

「そうなの?」

「まあ、似たようなもんだ。一応気を付けとけ」

「りょーかい!」


しかし、俺と気があう皇子か。どんな人間なんだろう。

一応近づかないと決めたものの、少し気にはなる。きっと変人だという事だけは想像に容易い。

・・・日本に居た頃みたいに、別の意味で好かれるという意味でないと良いなぁ。


今気が付いたけど、俺この世界でもまともな男の友人居なくね?

ウン、キニシナイコトニシヨウ。


「あ、そういえばなんでハクには言わなかったの?」

「ハクは一応、扱いとしては客人だ。けど、シガルとクロトは身内だ。だからだよ」


ハクは客人扱いなんだ。てことは、ハクが起こした事は、ハク自身に帰るって事になるのかな?


「ハクが何やろうと、ハクに何をしようと、たいていの人間にゃどうしようもねえよ」

「それは確かに」


あいつはやりたくない事は、基本的にはやらない。

例外的に、シガルやイナイに頼まれた時ぐらいだ。

それに、こいつは竜だ。不覚を取る事なんて、そうそう有りえない。


『ん、どした?』


そして当のハクさんは、名前を呼ばれなかったせいか、苦手なお茶と格闘してたせいか、全く話を聞いてませんでした。

まあ、こいつらしいか。

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