第363話帝国の皇子様は諦めないのですか?

なんだ、あれは。何が起こっている。

あれは一体、何だと言うんだ。あんな物、あんな者、見た事が無い。

本物と一切見分けがつかない多数の幻影、何時放っているのか解らない魔術の数々。何よりも、その威力。

あんな物、一個人の力ではない。集団で力を合わせて、時間をかけて放つような物だ。


いくら魔術師が、生身では叶えられない事象を引き起こす事が出来る存在だとしても、あの女の力は逸脱している。

我が国の魔術師に、あれだけの力を持った魔術師など、一人も居ない。

いや、全員束になっても、あの女に敵うかどうかも怪しい。あれは、あの女の力はそれだけの物だ。






だと言うのに、あれはなんだ。なぜあの男はまだ生きている。何故あそこに立っている。

数々の攻撃を受けている筈だ。明らかに、致死性の攻撃を何度も何度も放たれている筈だ。

上から見ていたからこそ分かる。あの男は、どう考えても死角からの攻撃にも対応している。

それにあの動き。なんだあの速さは。あの速さで、これだけの時間動き続けてるというのに、まだ息が切れる様子がない。


何よりもあの男、詠唱をしている気配がないのに、転移魔術を使っている。

無詠唱魔術を平気な顔で使うほどの魔術師でありながら、あの動き。ふざけている。

なんだ、あれは。あんな物、在って良い筈がない。あれをどうやって下せと言うのだ。


思わず、歯を噛みしめる。腹立たしい事、この上ない。

ウムルという存在を、父が警戒する理由を思い知らされた。

ウムルなど、しょせん運よく亜人を押し返し、ただ大きな国土を手に入れただけの田舎者だと思っていた。

8英雄の話など、一切信じていなかった。だが、目の前の出来事を、否定できない。

これが、あの魔術師が、この国の最高位ではない事実に目を背けられない。


兄の言葉が頭にちらつく。腹立たしいが、あの兄は、この国を正しく理解していたようだ。

確かに、戦力が足りない。この国を亡ぼすには、我が国には力が足りない。

最低でも、あの女を下す程度の力を持った存在が居なければ、話にもならない。

まさか、腰抜けと貶していた相手の言葉が真実だと思う日が来るとは。それが尚の事、腹立たしさに拍車をかける。


「流石の一言ですね」


イラついている所に、イラつく奴が来た。小国のバカ王子風情が、何の用だ。

いや、解っている。理解している。ここぞとばかりに仕返しをしに来たんだろう。

あの男に対してやった事の仕返しに。


「ふん、あの程度、珍しい程でもないだろう」


俺が応えると、バカ王子は腹の立つ笑みを見せ、口を開く。


「おや、流石帝国。あれ程の力を珍しくないとは。いやはや感服いたします」


言葉とは完全に違う笑みを向ける奴に、怒りの顔を向けるが、気にする様子がない。


「おや、どうされました?どこかご気分でもすぐれませんか?」


それどころか、口だけはこちらの気を遣ってきやがった。くそ忌々しい。

こいつは人がうっぷん晴らしをしている時や、嫌な気分の時に限って近づいてきやがる。


「ふん、貴様が気にする事では無い」

「おや、そうですか、それは申し訳ございません。ですが殿下は国の明日を担う身、お気を付けください」


奴の目が、やはり苛立たしい。すべてを理解した様なあの目。

自分が手を出そうとした物が、手を出した存在が、どんなものだったのか理解したかというようなあの目が気に食わない。


だが、ここで奴に手を出すのは無理だ。流石にウムル国内で、ウムルの友好国の人間に直接手を出すほど愚かではない。

だが、それでも奴の方が立場は下だ。奴が下手を打てば、ウムルの干渉は最低限で行動に出られる。

だと言うのに、このバカ王子、 風評とは裏腹に隙を見せん。それどころか、外聞はちゃんと取り繕って話をしてきやがる。


「貴様に言われるまでもない。貴様こそ、身の安全に気を付ける事だな」


暗に、暗殺に気を付けろと脅しておく。もちろん、お前が機嫌を損ねている相手からのだ。

だが、奴は涼しげな顔で応えた。


「ええ、お気遣い痛み入ります」


奴は、脅しを脅しと理解した上で、礼を返して来た。

不愉快だ。帝国など恐るるに足りぬと、そう言われているようで、目の前の男を切り捨てたい衝動に駆られる。


「で、殿下、お話し中申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」


イライラを募らせていると、女が奴に声をかけてきた。見覚えは有るが、誰だったか思い出せん。

どこぞの国の、どこぞの領主の娘だったと思うが。


「どうやら私に用があるようです。話の途中で失礼することを、お許しください」

「ふん、勝手にどこにでも去るが良い」


むしろ、去ってくれる方が良い。このままだと状況を考えず奴を切り捨てたくなる。

しかし、あの女、あのバカ王子狙いとは、見る目が無いな。

・・・まて、あの女、あの男に切りかかった男の主人では無かったか?

ふん、なるほど、自分が手を出した存在に、口を聞いてもらおうと言う腹か。


横目で奴らを見ていると、周りが大きく騒ぎ、何事かと目を向けると、皆が訓練場を見ていた。

自身も目を向けて、その慄きの声を理解した。なんだ、あの氷塊は。あれを、撃ち出したのか。

横目で奴らを見ていたとはいえ、そこまで長時間目を離した覚えは無い。

あの間、たったあれだけの間に出したのか、あの魔術師は。


横目で奴を見ると、奴は真剣な顔で氷塊を見つめていた。

女も目を見開いて驚いている。ああそうだ、あれはそういう物だろう。

口にはしないし、他国に対しわざわざ認める気も無いが、あんな事をあれほどあっさりとやれる者など、我が国には居ない。


あれに驚かない人間は居ない。この国の人間以外は。

ここの兵士や騎士連中は、平然としている。

いや、多少の驚きは見せるものの、明らかに『見慣れている』反応だ。つまりは、この国ではあの程度、珍しくもなんともないという事だ。

くそ忌々しい。


だが、こちらの驚きをよそに、氷塊が落ちた後は、今までの戦闘が嘘のように静かになった。

どちらも、動く様子がない。

いや、娘共が土煙の中走っていった。あいつらも、あの時の。


しばらく見つめていたが、何も起こる気配を感じない。あれをまともに食らったなら、それも納得ではあるが。

もしそうなら、気に食わない存在が一人消えた事になる。それならば心地よいのだが。


「流石―――」


思考していると、バカ王子が嬉しそうに呟いた。奴の視線の先には、あの男が魔術師を抱えて歩いていた。

あれを、避けたという事か。撃ち放った瞬間は見ていない。奴の動きならば避ける事は叶うかもしれん。

だが、あの魔術師が、あれだけの事をやってのけた魔術師が、ただ撃ち放つだけの一撃をするとは思えん。


忌々しい。奴が何をしたのか、一切解らなかった。あの魔術師を下した方法が見えなかった。

いや、もしかすると、わざとか。力を見せつつも、その種を明かさないという事か。

完全には手の内は明かさないという事か。見せつけておきながら忌々しい。


「行くぞ」

「はっ」


これ以上ここに居たくないと思い、部下に声をかけ、部屋に戻ろうとする。


「ごゆっくり、殿下」

「ちっ!」


去ろうとすると、奴はわざとゆっくりとした口調で言って来た。俺は不愉快を隠さずに舌打ちをして去る。

どいつもこいつも舐めおって。俺を、帝国を、舐めやがって。

今に見ていろ。貴様ら皆、俺を舐めた報いを、いつか受けさせてやる。

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