第359話愉快な結果ですか?

「くっ、ふふ、ふふふ、うふふふふ、あはは、あはははははははははは!!」


防音の魔術で囲った空間に、大きな笑い声が響く。

珍しい。この人がこんな風に大笑いするところ、めったに見られない。

そんなに今の、面白かったかな。

私には、この人が心躍る程の勝負だったと思えなかった。


「みた?ねえ、今の見た!?凄い、凄いわよあの子!見えてた!!今のは絶対見えてたわよ!!」


笑いが収まったかと思ったら、私の肩をがくんがくん揺らしながら捲し立ててきた。

ここまでテンションが高いのは、先の笑いよりもっと珍しい。

そんなに面白かった?


「楽しそうだねぇ。今の、そんなに騒ぐほど面白かった?」


私と同じ気持ちの言葉が、隣から出る。やっぱり私の感覚は間違ってない。

確かにいい勝負だったし、滅多に見られないような次元の勝負だった。

けど、この人が騒ぐほどの勝負とは思えない。




魔術師セルエスがはしゃぐ程の勝負とは、思えない。




確かに見事だった。ゼノセスの魔術も、タロウの魔術も、そう見られない物。

そして、最後の彼女の性質を逆手に取った、タロウの決め手も見事。

純正の魔術師ならば、あれは釣られる。下手をすると、私ですら、一瞬釣られかねない。

隣にいるこの人達には、通用しないけど。


「リンちゃんは解んないでしょうねー。ミルカちゃんも解らないー?」

「へーへー、どうせ魔術は解りませんよー」


セルねえの言葉に、唇を尖らせながら拗ねるリンねえ。その矛先が私にも向いたので、一応考えてみる。

セルねえは、見えたと言った。でもタロウは元々見えてた筈だ。魔力が、世界の力が。

私や普通の魔術師では、感じる事しかできない力を、視覚で捕えてた。


それをわざわざ、魔術師セルエスが、見えたと喜んだ。

そこから考えれば、辿り着くのは単純明快に、この人と同じ物が見えたという事。

この人の世界、魔術師の頂点の世界を見たという事になる。


「セルねえと、同じ?」


私の答えに、にんまりと邪悪な顔で笑うセルねえ。とても邪悪。


「完全に同じじゃないし、制御しきってるわけでも無いけどねー。でも見てたわよー、あれはー。でなきゃ説明つかないものー。

タロウ君には、見破れなかった筈だものー。彼だからこそ、ゼノセスの魔術は破れなかった。それを破った。見えなきゃ、彼には破れなかったわー」


心底楽しそうな声音で語るセルねえ。その顔は、公の人前には出せない邪悪な笑みだ。

リンねえが若干引いてる。


タロウがあれを破れなかった理由は、魔術師として、戦闘職につく人間としての経験が、ゼノセスの方が上だったからと思ってた。

セルねえにしてみれば、どうやら違うらしい。


「良く解らないけど、タロウがいきなり本体見破ったのは、セルと同じ事が出来たからって事?」

「正解でちゅよー。よくできまちたー」


リンねえが、魔術が解らないなりに理由を口にすると、セルねえがリンねえの頭を撫でながら揶揄う。

リンねえは流石に不機嫌になった。


「セル、ぶつよ」

「怖い怖いー、あははははははー」


リンねえが握りこぶしを作ると、セルねえは笑いながら離れる。本当にテンションが高い。

流石のリンねえも、ため息を付いて呆れている。


「ああ、楽しい。本当に楽しい。早く。早く早く。早くここまで来て。ああ、待ち遠しい。なんて、可愛い」


そして唐突に、何時もと違う、間延びしていない語りをしだした。どこか悦に入った様子で言葉を紡いでいる。

本当に、今日は珍しい様子を見てる。むしろ、初めてかも。

ここまで楽しそうなのは、見た事が無いかもしれない。


「セルが楽しそうだと、ものすっごく嫌な予感しかしない」


リンねえがセルねえの様子を見てそんな事を言うけど、この人だって同じだ。

リンねえが楽しそうにしてる時は、嫌な予感がする。ものすごく楽しそうなときは尚の事。


「彼が、セルエスの言っていた子なんだね。凄いね」


会話が一段落したところで、穏やかな声と表情でタロウへの感想を語る、セルねえの旦那さん。

まだ旦那さんじゃないけど、もうすぐ旦那さんだから同じような物だ。

この人には、さっきの攻防は理解しきれてない。最後の駆け引きも、見えて無い筈。


「そう、可愛いでしょう?あんなに素直に育った子は初めて。ああもう、愚弟にあの可愛さの欠片でも有れば!」


セルねえが彼の手を取って語りだすと、彼はうんうんと笑顔で頷く。

その愚弟様に同情を覚える。こんなところで貶されてるとは思わないだろう。

結婚式は来るのかな。私の時は来てたけど、どうするんだろ。


「ねえ、それでいいの?今のセル絶対おかしいよ?」

「それは、私も同意」

「ははは、人間楽しい時はそんなものだよ」


リンねえと二人で、今のセルねえが変だと彼に言うが、彼はまったく気にしない。

この人、昔からセルねえ知ってて、それでも好きだっていう人だから、この人も変だ。当然かもしれない。


「ミルカちゃーん?今ものすごーく失礼な事考えたでしょー?」

「ひへはいひへはい」


セルねえが何かを感じ、私の頬を伸ばす。自分への悪口は許すのに、この人の悪口には敏感だ。

そう考えると、二人はいい夫婦になるのかもしれない。

今のテンションが高いセルねえの機嫌を損ねるのは危険なので、一応否定。


「あたしとしては、まだまだ甘いなって思ったけどね」


リンねえが、さっきの勝負の感想を言い出したので、セルねえが私から手を放した。

頬が痛い。否定したけど、これはバレてる。


「まあ、それはねー。だからこそ、あの子は自分が使える技術を全部使って、何とか対処したんでしょー?」

「そうなのかい?」


セルねえの言葉に、旦那さんが食いついた。

この人、戦闘は専門外だから解らない。そんな彼に、セルねえが説明を始める。


「タロウ君は無意識に、あそこにいる物は全部幻影だと気が付いてたの。ううん、違うわね、思考の外の無意識が反応していた。

だから、攻撃に対処出来た。自分の意識の外でつないでいる力も使ってね」

「・・・よく、解らないな」

「あははー、そうねー。貴方は解らないわよねー。まあ、感覚の話よー」

「感覚かぁ。専門外だから、余計に解らないなぁ」


セルねえの言うとおり、感覚の話。研ぎ澄ました感覚で、一挙一動を観察し、その先を見る。

そうすればおのずと、幻影に違和感を覚える。いくらなんでも、おかしいと気が付く。

あまりにも、幻影が全て完璧すぎると、気が付く。


こちらの行動に一切の動揺を見せない事ならば可能。けど、こちらの行動に、一切の警戒を見せないのは流石に異常。

そんな精神の持ち主なら、そもそも自身の姿を隠すなんてことはしない。身を隠すのは、誤魔化すのは、自身を狙われては困るから。

なのに、あの場に居た幻影の全てが、一切の動揺も、警戒も見せなかった。その時点で、あの場に居るのは全て幻影の可能性が高い。


そして、だからこそ、無意識にそう感じていたからこそ、タロウは全方位への攻撃へ、敏感に反応した。

明らかに、自分の行動を全て見渡せる位置から攻撃を仕掛けていると、その意識が無意識に有ったからこそ、あの反応が出来た。

視界の端にかすかに見える何か。肌に触る空気。耳に入ってくる音。それらの感覚全てでもって、攻撃を『見て』いた。

私は、私達は、そういう風に出来ている。そういう風に鍛えられているし、そういう風に鍛えた。


だからこそ、その無意識を、意識的に引き出せなかった未熟と、リンねえは言った。

私も身体を使う側の人間として、全面的に同意。

あれでは、少なくとも私とリンねえは、凄いとは思えない。まだまだ甘い。あの幻影を見破る術が、タロウには有ったんだから。


「さてー。面白い物も見れたし、もどろっかー」


セルねえはそういうと、旦那さんの腕に抱きつきながら歩いて行った。


「・・・戻りたくないなぁ」

「ブルベにい、待ってる」

「・・・うう、いくよぉ」


リンねえは、最後の詰めの練習をしている。なんだかんだ様になってきたし、そんなに嫌がらなくていいと思う

ちゃんと、御后様出来るよ。


「私、仕事に戻るから」

「あーい・・・」


流石にもう逃げないと思うので、私は私の仕事をしに戻る。

それに、連れて行くの、面倒だし。

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