第357話タロウの敗北ですか?

「すごい・・・」


目の前で展開されている戦闘に、呟きが漏れる。

あの女性の魔術は、その辺に居る魔術師からすれば規格外もいいところ。

詠唱の短さもそうだけど、あの威力の魔術をあれだけ連発して、途切れる気配がない。


何より怖いのは、魔力を感じないし、見ることが出来ない事。魔力の流れがまるで見えない。

魔術の構築のタイミングも、撃ってくるタイミングも、仕込んでいる魔術の位置も、その発動も、何もかもが、判らない。

あんなもの、普通は躱せない。成す術なく蹂躙されて終わり。


あれが、王宮魔術師のトップクラス。恐らく、あの人はその中でも格別。

あの人は技工船の集まりにいた一人。遺跡の魔人に対抗しうる戦闘職の人間の一人。

そしてきっと、限りなく英雄に近い位置にいる、一人。


あの人の力を見た人は、殆どが思う筈。

彼女の相手になるのは、8英雄ぐらいだと。相手になる人間など、そう居ないと。

それだけの力を持っている。あの人がやっていることは、それだけの物だ。

なのに、それなのに。


「やっぱり、タロウさんは凄いな・・・」


タロウさんは対処してみせる。対応してみせる。本来なら蹂躙になりかねないような攻撃を、技術を、当たり前に戦いにしてしまえる。

本当に、凄い。


あたしじゃ、対処が出来ない。流石に、あの人の放つ攻撃全てに対処できないとは言わない。

けど、こんなに長時間戦っていられない。あんなに当たり前に躱せない。あんなに簡単に攻撃を察知できない。

勿論タロウさんの動きの速さもその理由かもしれない。けど、違う。それはあくまで理由の一つ。

ただ早いだけで躱せるほど、あの人の攻撃は甘くない。完全に読んでいるかのように、タロウさんの移動位置に攻撃を仕掛けてる。

なのにタロウさんは躱す。防ぐ。まるで当然の様に。そこに魔術が来ると知っているように。


けど、それでも流石に今回は苦戦してるみたい。きっとどれが本体か判らないからだ。

あの幻影、全部が精密すぎる。あまりにも本物にしか見えない。

幻影から魔術が放たれた時ですら、魔力の流れが見えない。あれじゃ判別がつくはずがない。


『タロウは何時まで付き合ってるつもりなんだ?』

「え?」


ハクが口にした言葉に、戦闘から目を離してハクの方を見る。

するとハクは、とても不思議そうな顔で首を傾げていた。


「ハク、どういう事?」

『だって、本人殴ればいいのに、ずっと偽物相手にしてるから』

「本人って、ハクは何処に本物がいるか分かるの?」

『うん。シガルは判らないの?』


流石に物凄く驚いた。タロウさんですら見分けられない幻影を、ハクは見抜いている。

何処に本物が居るのか、ハクには見えている。一体どうやって。


「ど、どうやって?あんなに違和感のない幻影なのに」

『だって、匂いが無いもん』

「・・・匂い?」

『うん、幻影に匂いが無い。あれじゃすぐ判る』


そっか、なるほど。ハクは、人間の嗅覚じゃ判らないような匂いで判別してたんだ。

てことは、グレットも何処にいるのか判ってるのかもしれない。意外な欠点だ。

つまりこの技術は、人間にしか通用しない魔術。とはいっても、あの人の攻撃魔術なら、真竜でもない限り問題ないと思うけど。


「そっか、匂いか。最初から何処にいるのか、ハクには判るの?」

『うん。簡単に判るのに、タロウは何でずっと偽物攻撃してるのか不思議だった』

「人間はハク達ほど匂いは判んないんだよ」

『ふーん。じゃあタロウはどうするつもりなんだろ』


本当に、タロウさんはどうするつもりだろう。対処法を思いついているようには見えない。

ハクみたいに匂いで判別なんて、流石に出来ないだろうし。


「そろそろ本気でやっても良い頃だと思うのだけど?」


視線を戻すと、そんな声が聞こえた。何処から聞こえてくるのか判らないけど、あたし達の所にもしっかり聞こえてくる。

これもおそらく、相手を混乱させるため。位置把握をさせない為の技術。

音が複数の方向から聞こえてくるせいで、余計に混乱する。


それにしても、本気か。タロウさんの本気。技工剣を全力で使えって事だろうか。

でも、きっとタロウさんは使わないと思う。確かに一度人に向けて本気で使ったけど、あの時のタロウさんは、いつものタロウさんでは考えられないほど激昂してた。

今の状態のタロウさんが、イナイお姉ちゃん達以外に全力行使をする事は無いと思う。


「まあ、まだやる気が出ないなら、やる気を出させるだけね。さあ、そろそろ本気を見せて頂戴」


彼女がその言葉を口にすると、空気が重くなったのを感じた。まるで見えないけど、目には見えないけど、明らかにさっきまでとは違う何かを感じる。

まだ、何かが有るんだ。ここまでの事を出来るあの人が、まだ何かを持っているんだ。

彼女たちの挙動を注視していると、無詠唱で魔術が構成されて行くのを目の当たりにする。

無詠唱魔術での攻撃。それもおそらく、かなりの威力が籠っている筈。


タロウさんはそれを転移で躱して反撃に移るが、また幻影を攻撃し、目眩ましを――――――――。


「――――っ」

『おおっ!』


また同じ展開の焼き直しなのかと思った矢先、凄まじい魔術を目の当たりにした。

一瞬。本当に殆ど一瞬で巨大な氷塊が現れ、タロウさんが居るであろう土煙の中に打ち込まれた。

とんでもない魔力量。現れる寸前まで魔力を感じなかったのに、氷塊の魔力量は信じられない量だ。

さっきまで魔力が見えなかったなんて、まるで信じられない威力。

いつかハクが放った炎の魔術には劣るけど、それだけの話。あの魔力量の魔術じゃ、普通の障壁じゃ防御なんて無理だ。


それに一瞬見えた土煙の中の魔力。タロウさんとは違う魔力が一瞬見えた。おそらく何か仕掛けられている。

ここまでの攻撃は全部布石。あれを当てる為の、布石だったんだ。

訓練で撃つような一撃じゃない。けど、きっと、彼女はこの勝負を訓練とは思って無い。

先の言葉からも、それが伺える。


普通なら、これで終わり。あんな物、普通はどうにもならない。

ただ氷塊が落ちて来ただけなら、魔術師ならきっとどうにかなる。魔術師でなくとも、ウムルで騎士になるような人間なら、死ぬ事は無いと思う。

けど、あれは魔術。尋常じゃない魔力が内包された魔術。その衝撃は、ただの氷塊ががぶつかった衝撃では済まない。

あの状況で、あんなものを打たれれば、普通はもう終わりだ。


氷塊が落ちて、地響きと共に轟音が辺りに響く。衝撃で土煙が上がっても、そこに有る事が目で確認できる氷塊から、少しずつ魔力が消えていく。

どうやら追撃をする気は無いみたい。先ほどまでの攻撃を考えると、少し意外。

タロウさんがどうなっているにせよ、攻撃があると思ったのだけど。様子を見ているんだろうか。


「タロウさん、大丈夫かな・・・」


流石に、少し心配だ。タロウさんなら大丈夫だと思う反面、万が一を考えると心配になる。

だってあの人は、そんなに丈夫じゃない。解ってる。あの人の体がそんなに頑丈じゃない事ぐらい、もう気が付いてる。

だから、どうしても少し心配。


『終わる時はあっけないもんだな』

「え?」


ハクが氷塊を眺めながら呟いた言葉に、耳を疑う。終わる時はあっけない?

ハクには何が見えているの?


「ど、どういう事?」

『ん、今決着がついたじゃないか』


決着がついた?今ので?

今の一撃で、終わった?




・・・・タロウさんが、あれを、まともに、くらった?




血の気が引くのを感じる。あんな物をまともにくらえばただで済まない。

最悪死ぬどころか、ただの肉塊になる威力だ。元の形なんて残らない物だ。

あれは『くらっちゃいけない物』だ。


「――――――っ!!」

『あ、シガル?』


思わず氷塊の下に走る。あの下にタロウさんが居るとは思いたくない。けど、ハクの言葉が事実なら、あれの下にいる事になる。

まともな状態な筈がない。私の治癒魔術でどうにかなるような傷とは思えない。それでも、走らずにはいられなかった。

ただの訓練でこんな事になるなんて思わなかった。あそこまで全力な攻撃を仕掛けるなんて思わなかった。何よりタロウさんが対処できないなんて思わなかった!


やだよ、いやだよ。今でもタロウさんはあたしの目標だけど、それでも、負けたって構わない。

あたしは貴方に生きていてほしい。どんな無様な負け方をしたって、生きていてほしい!

貴方が傍に居ないなんて、私にはもう考えられないんだから!!


「タロウさんっ!!」

「ん、どしたのシガル」

「へ、きゃ!?」


土煙の中で彼の名を叫ぶと、聞きなれた、緩い声が聞こえた。それを理解する前に、誰かにぶつかって抱きとめられた。

顔をあげると、良く知る人がきょとんとした顔をしていた。タロウさんが、不思議そうにあたしの顔を見つめていた。

けど、すぐに焦った顔になって、あたしの肩を掴んだ。


「ど、どうしたのシガル、何かあったの!?」

「え、いや、なにかって、え?」


状況が解らない。タロウさんが心配で駆け付けた筈なのに、タロウさんに心配されている。それも結構焦ってる。

そのせいで、混乱はしてるものの、自分の感情が急激に落ち着いて行くのが解る。


『シガル、急に走り出してどうしたんだ?』

「あ、ハク」


気が付くと、隣にハクが居た。土煙がまだ収まってないから、良く見えないけど。

多分近くにクロト君も居るんじゃないかな。


「ハク、何か有ったのか?」

『さあ。私には良く解らない』


タロウさんがハクに真剣な声で聞いているけど、ハクは良く解らないと答えた。

そこで解った。そういう事かと。ハクの言葉の理解を、今できた。

理解できたとたん、肩の力がどっと抜けた。


「ハク、言い方が紛らわしい」


あたしは、少し恨みがましい感じでハクに言う。


『え、私のせいか!?』

「へ、どういうこと?」


ハクはあたしの言葉に焦り、タロウさんは状況がつかめず、いつもの様な緩い雰囲気に戻る。


「あはは、ごめん。ちゃんと聞かなかったあたしも悪いね」


そう、ハクの言葉を勘違いしてしまった。ハクは『決着がついた』としか言っていない。

ハクは、『タロウさんが負けた』とは一言も言っていなかった。


つまり、あの瞬間。ハクがああ言った時『タロウさんが勝った』という事だったんだろう。

ハクの感想も相まって、余計に勘違いした。


「よかったぁ・・・」


安堵して、タロウさんの腰に抱きつく。


「ん、心配かけた?」

「うん・・・勝手だけど、心配になった」

「そっか、ごめんね」


笑顔で送り出しておきながら、心配なんで身勝手だとは思う。けど、心配だった。

そんな身勝手に、彼は謝る。本当に優しい人だな。貴方が謝る必要なんてないのに。


「あ、ところで、あの人は?」

「ああ、ゼノセスさんなら、足元にいるよ」

「え、あ、ほんとだ」


土煙と、焦りで見えてなかったけど、彼女は地面で横たわって気を失っていた。

本当に、タロウさんが勝ったんだ。あの一撃の間に。


「タロウさん、あたしには何があったのか、全く分からなかったんだけど、説明してくれる?」

「ん、いいよ。でもとりあえず、彼女を向こうまで連れてってあげよう。何時までも地面の上はちょっと」

「うん!」


とりあえずゼノセスさんを横にさせるのが先として、後でちゃんと教えて貰おう。

何をやったのか。そして幻影にどう対処したのか。

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