第355話この人怖すぎます!

「シャレになってねえぇ!!」


身を襲う広範囲に展開された魔術を、身体強化して走り回って避ける。自分がついさっき立っていた場所が、綺麗に無くなっている。

こんなんまともに食らったら死んでしまうわ!この人容赦がなさすぎるだろ!

そう、心の中で愚痴りながら走る。


「光、巡り、薙ぎ払え。我が眼前の敵を、障害を、悉く。その一切を残さずに、全てを灰燼と化せ」


ゼノセスさんが詠唱をしているが、あの人唱えてる途中で魔術放って来るから、タイミングが判んねぇ。

魔力の流れの隠匿、認識阻害魔術がかなり上手い。流れが見えないから、放って来るまで軌道が全く判らない。

視認してから避けているせいで、後手に回ってしまう。


「あぶなっ!」


魔術を躱した先に短剣が飛んで来てた。間違いなく強化が施されている短剣を、剣でうち払いつつも足を止めずに走る。

くっそ、手がしびれる。これだけでも威力が半端ねえ。2重強化してるのに手がしびれるって、ちょっと威力有りすぎでしょう?

そして次の瞬間そこに閃光が走り、地面が抉れていく。マジで容赦なさすぎるだろう。足止めてたらもろに食らってんぞ。

さっきから攻撃が全部、まともに食らえばただじゃ済まない物ばかりだ。魔術師隊っていつもこんな訓練してんの?

命がいくつあっても足りないと思います。


「ちょっと本気過ぎませんか!?」

「あらあら、そうかしら?」


俺の叫びに、気のない返事が返ってきた。ですよねー。

俺も逃げてばかりいられないので、ナイフが跳んで来た方向に居たゼノセスさんの元に走り、笑顔の彼女の懐に入る。

アッサリと懐に入れた胴に掌を突き入れると、何の手ごたえも無く素通りしてしまう。くっそまたかよ。

空振りのスキをさらした俺に、また閃光が迫ってくるのを感じ、転移で逃げるが、着地点に爆発が起こり、視界が塞がれた。

爆発の瞬間、障壁を張って防御するが、それじゃ意味がない。またを見失ってしまう。


「これでまた、やり直しかしら?」

「そうですねぇ、いい加減勘弁してほしいですねぇ・・・」


俺のから、ニコニコ笑顔で喋る彼女に応える。その声がどこからしているのか判らず、その姿のどれが幻影で本物かも判らない。

どれもが実体に見えるレベルの幻影が、俺の全方位に何人も立っている。


一番最初に、ごく短い詠唱で爆炎をぶつけられた。その際に土煙を巻き上げ、俺の視界を塞いだ後、ずっとこの展開だ。

何よりの罠は、その時の爆炎も、土煙が上がって視界がふさがれている間の攻撃も、全て魔力の流れが見えていた事だ。

ただ、視界が塞がれていた時に一瞬嫌な感じがして走って逃げたら、閃光が走り、さっきまで立っていた地面が無くなっていた。

周囲を見れば、どれが本物か分からない、多数のゼノセスさんと来たもんだ。

そして最初に感じた魔力を一切感じさせずに放たれる魔術の数々。対処が出来ねぇ。


攻撃は殆ど実体だけど、偶に幻影が混ざっている。それを躱したり、防いだりすると、その隙を狙ったかのように目くらましが来る。

彼女達を攻撃しに行っても、そのタイミングで攻撃が降ってくるか、目くらましが来る。

転移して逃げても、そこを読んでいたかのように目くらましが来たり、攻撃が来たりする。一応俺も阻害魔術使ってんのになぁ。


「なんで実体のある攻撃された方向に居るのも幻影なんですかねぇ」

「さあ、なんでかしら?」


次はどこから攻撃が来るか警戒しつつ、軽口をたたくが、彼女はニコニコ笑顔でまともに応える気は無い。

探知魔術での魔力感知がほぼきかないから、肉眼と肌で感じるしか攻撃を躱せない。障壁使って防御しても、目くらましされた後にまた幻影が増えて位置が変わる。

こちらの攻撃は一切当てれず、向こうの攻撃だけが延々俺を狙ってる。勘に任せて攻撃しても当たらないし、攻撃が来た方向に走っても幻影。

ちょっと酷すぎやしませんか。


「そろそろ本気でやっても良い頃だと思うのだけど?」

「はい?」


俺が悩んでいると、ゼノセスさんはそんな事を言い出した。本気って、飛行船の時のあれだろうか。

でもぶっちゃけ、あの状態になったところで、どうなると言うのだろうか。

どれが本物か分からず、何処に攻撃したら良いのか分からない。

彼女の魔力量がどの程度か分からない以上、障壁を張り続けていても、魔力差で負けかねない。


「まあ、まだやる気が出ないなら、やる気を出させるだけね」


彼女がそういうと、周囲の温度が下がった気がした。いや、気のせいじゃない。これ実際に冷気を感じる。

俺が警戒をしていると、幻影の彼女たちの周囲に、氷の塊がいくつも出来上がっていく。それも無詠唱でだ。

くそ、さっきまで詠唱してたの自体罠かよ。俺攻撃魔術は無詠唱でなんて撃てねーぞ。

相殺するにも魔力が見えないから威力が判んねえし、障壁で防ぐにしても、いつまで防げるか。

それに、あのうちどれが実体で、どれが幻影なのかも判らない。いっそ俺も同じことしてみるか?


「さあ、そろそろ本気を見せて頂戴」


彼女はその言葉と同時に、一斉に魔術を放って来た。全方位から来る魔術を躱す様な無茶はやってられない。

転移で彼女たちの包囲を抜けた位置に逃げて、効果が無い気がするけど広範囲魔術を彼女たち全員に向けて放ってみる。


『風よ、切り裂け!』


どこまで通用するか分からないが、俺も魔術で魔力を隠しつつ、彼女達に向けて魔術を放つが、その半分はすり抜け、半分は障壁で防御される。

一点攻撃ならともかく、多数相手だとやっぱ威力が足りねー。障壁で簡単に防がれる。

そして彼女が放った魔術は全てが本物だったらしく、俺が居た地点で綺麗にぶつかり合っていた。

体は幻影なのに、攻撃は全部本物とか、ほんと勘弁してください。やっぱ防御しなくてよかった。


そして転移した俺に間髪入れず短剣が跳んでくるのを察知し、また打ち払う。意識が短剣にいった瞬間、また魔術が俺を襲うが、今度は発動前に彼女達の方へ駆ける。

俺の後ろで爆発が起こるが、気にせず短剣を投げてきた彼女の胴を打つと、また素通りした瞬間爆発を食らう。

威力そのものはそこまで高くないので障壁で防げるが、綺麗に攻撃した瞬間にやられるので躱せない。

いや、攻撃そのものは何とかなるが、周囲をまく土煙がどうにもならない。何度か風で払ってもみたけど、それでも遅い。


「うー、またかー」


思わずうなりながら愚痴るが、直ぐに思い違いに気が付く。足が動かない。

視線を落とすと足元が凍っていた。いや、氷に足が囚われている。同時に、背筋が凍るような恐怖を感じた。

まずい。本気でまずい。今までの流れはこの一手を打つための布石だったのか。

似たような攻撃、行動を繰り返しての気の緩みを狙ったのか。俺はすぐさま4重強化を使い、氷を無理矢理ぶち砕く。

魔力の量が解らない以上、魔力ぶつけて壊すより、よっぽど確実だと思っての行動だ。


けど、少し。ほんの少し遅かった。動けない理由を確認したその時間。その時間が命取りだった。

眼前に、馬鹿みたいな量の魔力を内包した氷の塊がいつのまにか有った。眼前に現れるその瞬間まで、一切気が付かなかった。

デカい。走って逃げるにはでかすぎる。障壁で防ぐにも、時間が足りない。

威力で言えば、おそらくハクの攻撃の方が上だと思う。けど、あの時はまだ防ぐ準備時間が有った。ハクが攻撃をしてくる予告があった。今回はそんな暇はない。


まずい。本気でまずい。4重強化してるから何とか死ぬ事は無いとは思うけど、まともに食らえばただでは済まない。

いや、本当に死ぬ事は無いと言えるのか?

この威力の魔術での攻撃をまともに食らった事は無い。魔力がこれだけ内包されてる以上、氷の威力は、ただ氷だけの強度では無いし、衝撃も常識で語れるものじゃないだろう。


その上、ついさっきまで逃げようとしていたので、体勢は崩れている。何もかもが万全の状態とは程遠い。

やばい、焦りすぎてるせいか、思考が纏まらない。対処法が思い浮かばない。

迫る氷がいやにスローに見える。




―――――本気で、やばい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る