第354話広い方の訓練所に行きます!
「・・・なんか、こう、落ち着かない」
「同じく」
シガルが自分の服の裾を掴みながら呟いたので、俺も同意した。普段着慣れない服っていうのは、落ち着かない。
なんていうか、服を着ているというよりも、服に着られている気がする。まあ、シガルは可愛いけど。
そういえばこういう服着るの、ポヘタでの一件以来かな。
一応、服自体が着心地が悪いという訳ではない。むしろ着心地は良い。
動きにくいという事も無いし、単に気分の問題だ。
『何かおかしいのか?』
ハクは俺達の様子を見て、不思議そうに首を傾げる。
やっぱこいつドレス姿似合うな。スタイル良いせいなのか、姿勢が良いせいなのか、堂々としているせいなのか。
全部かな。
「んー、あたしもタロウさんも、こういう格好慣れてないから」
『そうなのか?私は結構好きだぞこの格好』
ハクは今、ばっくり背中の開いたドレスを着ている。こういうデザインが好きなのか。
シガルは普通に可愛らしいワンピースドレスだ。凄い量のフリルとレースがついてる。
『動きやすいし、脱ぎやすい』
違った。機能性の問題だった。まあこいつのドレス、背中はほぼ無いから、羽に当たらないってのも理由だろう。めっちゃスリット入ってる上に、ウエストも絞ってあるから動きやすいだろうしな。
後恐らく、竜になる際に脱ぎやすいって事だろうな。
つーか、よく見ると、尻尾とかちゃんと邪魔にならないデザインになってるから、特注じゃねえのこれ。
「あんまり、脱いじゃ駄目だよ?」
『うん』
シガルがハクの発言に、脱がないように念を押しておく。素直に頷いたし、大丈夫かな。
こいつ別に、裸で恥ずかしいとかないからな、元々が竜だし。でも周りの目はそうはいかないので、なるべくやめてほしい。
「しっかし、イナイは今日も仕事かー」
「一日二日で終わる物じゃなかったんだね」
今日もイナイさんは朝早くから作業服でお出かけされました。確認だけって言ってたし、昨日一日で終わると思ったんだけどな。
まあ、邪魔するわけにもいかないし、しょうがない。
手伝えればいいんだけど、俺が手伝えることは無いって言われた。ちょっと寂しい。
「そういえば昨日、ハクは大分暴れてたみたいだけど、どうだったの?」
昨日は二人が部屋に帰ってきた後、イナイが二人の服合わせをやり始めたから聞きそびれた。
まあ、リンさんに勝てるとは思わないけど。
『全く歯が立たなかったぞ!』
俺の質問にニッコリ笑顔で応えるハク。そすか。歯が立たなかっただけなら良いけどさ。
大怪我しなくてよかったよ。主にシガルが。
流石にその辺は二人とも気にかけてくれるとは思うけど、若干不安なんだよな。
「今日はどうするの?」
「んー、どうしようか」
城の散策したいけど、また昨日みたいな事有ったら面倒だなぁ。
そうだ、ハクが戦った所って、昨日の訓練所とは別みたいだし、そこに行こう。
「リンさんとやったところって、昨日の訓練所とは別だよね」
『うん、広かったぞ』
「じゃあ、ちょっとそっち行ってみようか」
『わかった!』
ハクは俺の言葉を聞くと、ずんずんと前を歩いて行く。案内してくれるのかな。
ていうか、なんであんなに張り切ってんだろ。
「あ、タロウさん、それならグレット連れて行きたいんだけど、いいかな?」
「そこに連れてって大丈夫なのかな」
「兵士さん達は良いって言ってたよ。あっちでも騎馬の訓練とかしてたし」
「そっか、じゃあ先にグレット迎えに行こう。ハクもそれでいい?」
『わかった!』
ハクの同意も得られたし、グレットを迎えに行こう。クロト君はさっきから俺の手を握ってついてきております。
一切声発してないけど、ちゃんといるよ。手を握って無いとその存在を感じられない位存在感無いけど。
「ひっろ」
グレットと遊んだあの場所も広かったが、こちらの訓練場は城壁がはるか彼方にあるぐらい広い。
結構向こうで兵士さん達が集団で訓練してるのが見えるけど、ここでやっていいのかな。
「ホントに良いの?向こうで訓練してるけど」
「うん、広いし、別に良いって言われたよ」
邪魔にならないようになら良いって事かな?
しかし、結構な人数でやってるな。集団戦の訓練とかなのかな。
ああいう訓練は足並みそろえないといけないから大変そうだ。俺には向かないなぁ。
「あら、貴方達、なにしてるの?」
後ろから声をかけられ、振り向くと、以前飛行船で会った魔術師の女性が立っていた。
・・・この人の名前なんだっけ。ワグナさんと親しかった覚えは有るんだけど、名前覚えてない。
そもそも教えて貰ったっけ?
「あら、覚えてない?」
俺が名前を思い出そうとしていると、少し残念そうに女性は言った。
「あ、いえ、すみません。覚えてるんですけど、お名前伺いましたっけ」
「ああ、ごめんなさい、そういえば名乗ってなかったかしら?私の名前はゼノセス。ゼノセス・グラウド・エネセナよ」
ゼノセスさんか、覚えておこう。
とりあえず、接近感知できなかったんだけど、もう驚かないぞ。
最近俺の探知魔術余裕ですり抜けてくる人ばっかだな。これ、探知魔術に頼りすぎると駄目だな。
イナイとか、普段存在隠したりしないから意識してなかったけど、ちょっと探知に頼り過ぎだったかもしれない。
「えっと、俺は」
「知ってるわ、タナカ・タロウ。ちゃんと覚えてるし、ここであなたの名前を知らない方が珍しいわよ」
まじかよ。名前まで知らない方が少数派なのかよ。
「あ、なんか、すみません」
「ふふ、別にいいわ。確かに私は、貴方とあまり話してなかったからね。そっちの子達も、あの時の子よね」
ふわっと笑うゼノセスさん。前にも思ったけど、この人美人だなぁ。
「シガル・スタッドラーズです!」
「・・・クロトです」
『ハクだ!』
「はい、よろしくね」
三人ともいつものように挨拶をし、グレットもがふっと鳴くと、ゼノセスさんは笑顔で応えてくれた。
柔らかい雰囲気の人だな。前に会ったときは、ワグナさんを揶揄ってた時のイメージが強かった。
「此処にいるって事は、これから訓練でも始めるのかしら?」
「ええ、まあ」
「そう、なら丁度良いわね」
「へ?」
俺の疑問の表情を気にせず、横を通り過ぎていくゼノセスさん。
その動きを目で追っていくと、彼女は振り向きながら、満面の笑みで口を開いた。
「一勝負、しましょうか」
「え」
瞬間、魔力が迸る。怖気がするほどの膨大な魔力を、眼前の人物から感じる。
怖い。無茶苦茶怖い。なんだこの人。半端じゃないぞこれ。
「さあ、やりましょうか」
そう言って、懐から短剣を数本取り出し、両手を開くように彼女は構える。
やばい、やる気満々だこの人。顔は凄く綺麗な笑顔なのが逆に怖い。
『私がやるつもりだったのに・・・』
ハクさんがなんか呟いてる。それで張り切ってたのかお前。昨日リンさんとやったんだから少し休めよ。
あー、くそ、これやらなきゃダメなんだろうなぁ。怖いよう。めっちゃ怖いよう。
いやホントマジ怖い。何この威圧感。本気で震えて来るぞ。
「はぁ・・・シガル、上着お願い」
「うん、頑張ってね!」
シガルに上着を預けて、前に歩いて行く。
シガルさん、なんか楽しそうですね。
「・・・お父さん、頑張れー」
クロトの応援する気が有るのか無いのか分かり難い応援と、その後ろから遠吠えの様に鳴くグレットに、背を向けたまま手を振って応える。
「お手柔らかに」
一応そう言っておこう。何処まで加減してくれるか分かんねーけど。
「こちらこそ」
ニッコリ笑顔で応えられた。
うん、やっぱ怖いわ。正面立つと一層怖いわ。何このひと、マジ怖え。
やりたくねぇー。
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