第352話面倒な人間なようです!

「クロト、ちょっと離れてて」


一応クロトの事は気にしてくれてるみたいだし、その言葉には有りがたく従わせてもらおう。


「・・・僕がやっても良いよ?」


クロトに離れておくように言うと、自分がやると言い出した。でもここでクロトがやっちゃうと、もっとややこしい事になる気がするのよね。

何となく、この人達、ウムルの人達じゃない気がする。兵士さんらしき人達も、違う格好してる人が何人かいるし。ていうか、違う格好の人しか居ないな。

てなると、クロトの力を見せるのは、あまりよろしくない気がする。まあ、あくまでなんとなくだけど。


「んー、もっとややこしくなりそうだから、無しで」

「・・・はい」


クロトは俺の言葉に素直に従い、少し離れる。だがその瞬間、物陰から何人か、クロトのいる方向に動いた。

あ、これ、離したらクロト捕まえる気だ。


「クロト、待った」


俺はすぐにクロトの肩を掴み、離れるのを制する。


「・・・?」


クロトは不思議そうに首を傾げてこちらを見上げる。気が付いて無いのか?


「クロト、やっぱ離れるのは無しだ」

「・・・大丈夫だよ?」


ああ、気が付いてたのか。まあ、大丈夫なのは大丈夫だとは思うけどさ。

それでも、一応保護者のつもりは有るんだよ。手が必要で頼むことは有っても、わざわざやらせる気は無いんだよ。


「一応気を使ったつもりだったのだけど」


お嬢が俺を鋭い目で睨みながら言う。ああ、そうだろうね。お嬢はきっとそうだろう。わざわざ離れるように言ったぐらいだしな。

けど、他の連中はそうじゃない。


「皆があなたの様なら、クロトを離れさせるんですけどね」

「・・・子供には手出しさせないわ。家名にかけて誓う」

「それがどれぐらい重いのか知りませんけど・・・じゃあ、あの連中下げて貰えませんか?」


俺はクロトを離そうとした時に動いた連中をちらっと流し見る。

意を察したのか、お嬢も同じ方向を見て、俺に視線を戻した。


「なるほど。つまらない人間が居るようね。その子をこちらによこしなさい。それなら問題ないでしょう」


なるほど、お嬢の手元に居れば連中は手出しできないのか。後はクロトが暴れなければ問題ないかな?

たぶん、あのお嬢、子供には甘いみたいだし。


「クロト、暴れないようにね」


クロトの背中を、お嬢の方向にトンと押す。クロトは素直に従い、トテトテとお嬢の方まで歩いて行く。

これがクロトを人質にとるための行動なら、もう見る目が無かったと思うしかないだろうな。

元々見る目はあんまり持ってないけど、子供の事を気にかけたのは本気だと信じたい。


「良い子ね。もう少しこちらに来なさい。巻き添えを食ってはつまらないわよ」

「・・・うん」


お嬢はクロトが側に来ると、クロトを連れてその場からもう少し離れる。

クロトをかばう様に立っている様から察するに、やっぱりさっきのは本当にクロトを気遣ってくれていたようだ。

その優しさを俺にも向けてくれると嬉しいんですけど。


「大人しく子供を渡したのだから、大人しく捕縛されたほうが身の為よ」

「いや、だから、特に暴れる気は無いんですけど」


一応ここまでの間、一度も構えは取ってない。もし取ったら敵対行動として、すぐ行動されかねないと思ったし。

ウムルの人達とは何人か顔見知りだし、通りかかってくれればどうにかなると思って、会話でどうにかしようとも思ってるんだけどな。

じりじりと距離と詰めてくる連中がいる以上、おそらくあの剣は振り下ろされるだろうなぁ。


「あ」


この状況を救ってくれる人間がこちらに歩いて来るのを感じ、思わず無防備に声が出る。

それをどう思ったのか、構えていた一人が剣を俺に振り下ろしてきた。一応急所は避けてくれているのは分かるが、それならせめて鞘で殴ってくんねーかな。


しょうがないのでその剣の射程外にすっと下がって避ける。

男はそのまま剣を切り上げてくるが、遅い。さっきトレドナとやったから、それより遅い斬撃は緩すぎる様に感じるな。

俺は体捌きのみで剣を躱し、下がる。全ての剣戟を躱された男の目は、驚愕に見開かれている。

ま、そりゃそうだろうね。格下だと、簡単に相手になると思ったから、急所避けたんだろうし。


「ふん、ただのコソ泥の類ではないようね」

「コソ泥ではないです」


お嬢がそれを見て、俺に言い放つ。心なし、護衛の連中がお嬢を守る為に少しお嬢に寄った気がする。

大丈夫だよ。別に何もせんよ。それにソロソロ解決するし。


「すまない、ちょっと通してくれ」


聞き覚えのある声で、人垣を分けてこちらに来る男。頼りにするには癪だが、この状況だと頼ったほうが早い。トレドナがこっちに来てるから、弁明してもらおう。王子のいう事なら聞いてくれるだろう。

トレドナは周囲の人間に危ないから行かない方が良いと制されているが、無視してずんずんとこちらに向かって来る。

あれ、あいつ剣抜いたんだけど、どういうつもりなの。


「トレドナ殿下、背後からというのは、いささか卑怯ではありませんか?」


剣を抜いたトレドナに、俺が気がついて無いと思っているのか、お嬢がトレドナに言い放つ。

賊とか言った相手に卑怯って、中々面白いなこのお嬢。

トレドナはそれに応えずに、俺を通り過ぎて、前に出て剣を構えた。


「・・・殿下、何のおつもりですか」

「この方に危害を加えるというならば、私が相手になろう。そういう事だ」


お嬢はトレドナの行為が理解できずにトレドナに問うが、その答えは自分が相手になるという言葉だった。

いや、そういうのじゃなくて、もっと穏便に解決してくれると嬉しいんだけどな。

お嬢の表情は、さらに理解不能といった表情だ。


「それに、相手にするならば私の方が良いぞ。この方を相手にすれば、彼らは只ではすまん」

「・・・殿下はその男の事をご存じなのですか?」

「ああ、よく知っている。8英雄の後を継ぐ方だ。その実力の噂程度は聞いているだろう?」

「―――ー!」


トレドナから目を見開いて俺に視線を移すお嬢。トレドナさんや、そういう自己紹介はしないでくれると嬉しいなぁ。

お嬢だけじゃなく、周りの連中も騒いでるし。

でもまあ、今回はしょうがないか。無事丸く収めてくれるなら、あえて目立つのは受け入れよう。俺も悪いし。


「この男が、あの?ただの噂では無かった?」


あー、イナイが言ってた通り、名前とか、やった事の噂とかはいろんな所に回ってるのか。

でも俺の容姿とか、そいうのは全然回って無いのね。


「良かったな、私が来て。もしこの方が本気で手を下していれば、その連中は既に地に伏しているだろう」

「・・・信じられませんわ」

「別に信じなくても結構。ただし、私の恩人で有る事は事実なのでな。危害を加えるというならば、見過ごす気は無い」

「・・・殿下と剣を交える気は御座いません。」


お嬢がそう言うと、護衛の連中が剣を収めた。良かった、何とか穏便に片付きそうだ。


「・・・もう、いい?」

「ええ、良いわよ。怖かったでしょ。御免なさいね」


クロトがお嬢にそう聞くと、怖がらせたと謝り、クロトを離す。うーん、このお嬢、行動がちぐはぐだなぁ。

子供にはあんな甘いのに、俺への行動が苛烈すぎる。子供が実行犯、なんてことも世の中には有るんだよ?

まあ、でも、クロトを守ろうとしてくれた事は事実か。一応礼は言っておこっと。


「クロトを守ろうとしてくれて、ありがとうございます」


俺が礼を言うと、お嬢は目が点になった。こいつ何言ってんだって顔してる。分かり易い子だなー。


「あなた、頭が少しおかしいのでは?」


なんて、辛辣な言葉を返されたよ。なんだよ、礼言っただけじゃんか。

その言葉を聞いて、トレドナが少し吹き出しながら剣を収める。お前まで笑うのかよ。


「酷いですね」

「酷くないわよ。普通に考えれば、礼どころか文句を言う状況だわ」

「そうですかね。まあ実際の被害は無かったですし、クロトを気遣ってくれたのは事実ですから」

「・・・あなたと話していると、頭が痛くなりそうだわ」


お嬢は眉間に皺を寄せている。そんな顔が定着しちゃうよ。せっかく可愛い顔してんのに、皺寄るともったいないよ。


「ふん、やはりか」


お嬢と話しているとトレドナの呟きが聞こえ、見ると、険しい顔で通路を見つめていた。

誰かが去って行ったみたいだけど、なんかあったのかね。


「どしたの、トレドナ。なんかあった?」

「ああいえ、気にしないで下さい。些末な事です」


ふむ?まあ、気にするなって言ってるし、大丈夫なのかな?


「貴方、殿下になんて口のきき方を!」


トレドナとの会話で、お嬢が食い掛ってきた。あ、うん、そうか。普通はそうよね。


「私が望んだことだ。先程言った筈だ。恩人だと」

「な、そんな、ですが」

「これは私とこの方の話だ。口を挟まないで貰おう」


トレドナがそう言うと、ぐっと堪えるように口を閉じるお嬢。話し方から察するに、トレドナの方が立場上な感じなのかな?

お嬢はトレドナに何も言わないものの、納得いかないという表情で睨んでいる。怖い。


「貴公等も、何時までも見世物ではないぞ!」


周囲にいる連中にトレドナが叫ぶと、蜘蛛の子が散らすように居なくなっていく。

え、トレドナさん、もしかしてかなり発言力有るの?物凄く予想外なんすけど。


「そなたも、まだ何かあるか?」

「・・・納得はしていませんが、殿下にお任せしましょう。ですが、何か有ったとき、殿下の立場が悪くなりますよ」

「問題ない。それならばこの方に恩を返せるというものだ」

「・・・そうですか。では、失礼いたします」


女性は上着の裾を握り、それを広げるように開いて礼をして、去っていった。

やっぱウムルの人じゃないのね、あの子。


「悪い、助かった、トレドナ」

「いえ、気にしないで下さい、原因は俺にもあるみたいっすから」

「うん、どういう事?」

「・・・ウムルの兵がここに一人も来ないのは、おかしいと思いませんでしたか?」

「あ、うん、それは俺も思ってた」


流石に、いくらなんでも、ウムルの人が誰もここに来ないのはおかしいと思ってた。

たとえあれがハクのやった事で、問題ないと解ったとしても、説明ぐらいしに来るだろう。


「兄貴に危害を加える為に、来ないように手を打ったやつが居ます。兄貴が絡まれてるのを見て、実行したんでしょう。

こちらに実害が無かったがために、ウムルの兵はその手にかかり、こちらには来なかった。

とはいえ、時間の問題ですが。そう長時間近づけさせないのは不可能でしょう。兄貴の力があれば兵が来るまでに解決するなり、逃げるなり簡単でしょうから」


トレドナは、そう言いつつ、さっき見つめていた方向を睨んでいる。

やった奴、なんとなく分かったかも。


「・・・なあ、それって、さっきのあいつ?」

「はい」


それで自分も原因って言ったのか。顔覚えたって言われたもんなぁ。性格わっる。


「ともあれ、何事も無くて良かった。この場合向こうがっすけど」

「お前も酷いな」

「あはは、兄貴にのされなくてよかったと思いますよ?」

「・・・一応手を出す気は無かったよ」

「ま、でしょうね」


トレドナは肩をすくめて笑う。今回は助かったし、しょうがないか。

こいつに借り作っちゃったよ。


「さっきので、兄貴の顔は皆の知る所となったと思うんすけど、一応区画外までついて行きますよ」

「ああ、悪い」

「いえいえ、役にたてるなら嬉しいだけっすから」


そういうトレドナの顔は、本当に嬉しそうだ。なんだかなぁ。

しっかし、面倒な事する奴に目をつけられたな・・・。


「あれ、そういえばフェビエマさんは?」

「ああ、もしもの為にウムルの騎士を呼びに行きました」

「なんか、悪いな」

「いえ、兄貴が居るのは見えてましたから。あいつも兄貴が居れば問題ないと思って俺から離れたんだと思いますよ」


ま、そういう事なら、いいの、かな?

まあ、いいや。とりあえずこの服着てこっち方面は良くないと覚えておこう。

しっかし、本当になんで、騎士さん達は止めてくれなかったんだろう。後で聞いてみよ。

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