第351話入っちゃいけないところだったようです!
「そろそろ、イナイの仕事は終わる頃かな?」
城の廊下から、外の日が落ち始めているのを見ながら呟く。早朝からこの時間まで、一度も顔を会わせてない。
結構歩き回ったと思うんだけど、全然会わなかった。まあ、城が広すぎて、すれ違いは当然のごとく起きると思う。
大型のデパートとかで、子供と親がはぐれた上に、出会えないように。あれマジ見つからない。まあ、あの場合は人の量も理由だけど。
それに探知の範囲にも居ない。そんなに広範囲に広げてないけど、少なくとも近くを通り過ぎたらわかる程度の広さにはしている。
なのに出会えないって、相当だよな。
「どうなんだろ、お姉ちゃんの本業の仕事っぷりは、実はあんまり知らないから」
「俺も、そういえばそうだなぁ。昨日のが初めてかも、ちゃんと見たのは」
何時もは家とか宿とかで、ちまちま何か作ってるの見てるぐらいだし。
樹海の家でも、大仰な物作ってる所はあまり見ない。見かけたとしても、家事の合間にやってるぐらいだし。
イナイだけは、家に居ない事はあんまり無かったなぁ。まあ、居ない時も有ったけど。
『向こうの方に、前の浮かんでたのが有ったけど、あっちに行ってるんじゃないのか?』
前の浮かんでたのってなんだろ。
・・・飛行船の事かな?
「浮かんでたって、飛行船か?」
『前に乗った、空に浮かぶの』
うん、多分飛行船だろう。
ハクが飛行船を見かけたというが、俺は見かけた覚えがない。そんなデカい物見かけてたら、既に気が付いてると思う。
ここに来る途中にもなかったと思うし、昨日の飛行船の乗り場からも見えなかった。
「それっていつの話?」
『グレットと遊んでいた時に見えた。西の方に在ったぞ』
そういやこいつ、あの時空飛んでたな。グレットはシガルと楽しく遊んでいたら、いきなりハクが目の前にいるという、微妙に可哀そうな目にあった。
追いかけっこというか、追いつめられるというか、走っても追いつかれるのに、上空から急降下して目の前に現れたりするから、グレットはびっくりして泣いていたような気がする。
勿論ハクさんはさらに怖がられ、グレットはシガルに顔をうずめて震えたのは言うまでもない。でかくて全然隠れてはいないけどさ。
それでも、そんな高く飛んでたかな、こいつ。
まあ、ハクが見えたって事は、見えたんだろうな。
ハクの言うとおり、そこに行ってる可能性も有るか。式では飛行船も使うみたいだし。
というか、あの中でなんかやるんじゃないかね。
「ひぅ!」
ぽやっと考えながら歩いていると、変な音が聞こえたと思ったら、右腕に激痛が走った。
びっくりして腕を見ると、クロトが黒くなって、泣きそうな顔で俺の右腕を握っていた。
「い、いたいいたい、クロト、どうしたの」
「やだ、そっちやだ」
クロトが溜め無しで喋っとる。ハクとの言い合い以外では珍しい。俺はそっちに驚いちゃったよ。
「ど、どうしたの、クロト君」
どうやらクロトは怯えている様だ。とりあえず右腕が痛いのでちょっと強化。前と違って、物理的に思いっきり握られてるので痛い。
シガルは怯えるクロトをなだめようとしているが、クロトは震えて腕にしがみついて、これ以上前に行くのを嫌がる素振りしか見せない。
気になって、さっきまでそこまで広げていなかった探知魔術を広げてみると、理由がすぐ分かった。
クロトはどうやって感知しているのか知らないけど、このまま歩いて行けば、おそらくクロトが怯えている原因と出会う可能性が高い。
リンさんが、こっち向かって歩いて来てる。向こうは気が付いてるのかな?
リンさんは魔術使えないし、分かんないか。
「タロウさん、何か解ったの?」
俺の表情を読み、原因を聞いてくるシガル。こういう時便利だな、俺の表情の出方。
「うん、むこうからリンさんが歩いて来る」
「え、あ、そうか。クロト君、怖いんだっけ」
『誰だ?』
あれ、ハクは接近に気が付かないのか。なんだろう、この差は。
単純に、誰が近づいてるのかは判らないってだけかな。もしくはリンさん自体を覚えてないのか。
「飛行船であった、赤い髪の人だよ。覚えてない?」
『ああ、あいつか』
リンさん自体は覚えてたか。そういえばあんまり会話してなかったっけ?
「うーん、クロト、どうしてもリンさんの事、怖い?」
正直お世話になった人だし、恩がある人だ。なるべく怯えないでくれるとありがたいんだけど。
「やだ、あの人怖い。やだ」
普段ごねないクロトが、俺の腕にしがみついて、はっきりと嫌だという。
まああの人、折角見える範囲で逃げないようにしたのに、冗談言って怖がらせたのも有るからな。
ブルベさんに叱られてたっけ。
「まあ、しょうがないか。苦手な人だっているよね」
俺はそんなクロトの頭を、もう片方の手で撫でて、別方向に歩く。
シガルはそれをにこやかに見つめながらついて来る。
・・・あれ、ハクが付いて来ない。
「ハク、どうしたの?」
動かないハクに、シガルが声をかけた。
ハクは、さっきまでの進行方向を見つめたまま口を開いた。
『私はちょっと、あれに用がある。行ってて良いぞ』
ハクはそう言うと、そのまま真っすぐ歩き出す。
リンさんに用事、っていうと、ヤな予感しかしないんだが。
「多分、あいつ、リンさんに勝負挑む気がする」
「あたしもそう思う」
どうやらシガルも同意見のようだ。大怪我しないと良いけどなぁ。
様子見に行きたいけど、クロトがこの調子では近づけない。どうしたもんかね。
「あたしが付いてるよ。タロウさんはクロト君を見てあげてて」
シガルはそう言って、パタパタとハクの後を追いかけて行く。
「ん、分かった、気を付けてね。くれぐれも巻き添え食わないようにねー」
「はーい!」
シガルは大きく手を振り、ハクの横に並んで歩いて行った。心なし、ハクが嬉しそうな様に見える。
「じゃあ、いこっか、クロト」
「・・・うん、ごめんなさい」
「いいよいいよ、怖いのはしょうがないさ」
謝るクロトをフォローしつつ、どこに行こうかとのんびり歩く。
リンさんが居ない方向なら別にどこでも良いので、どこ行ったって構わんのだけどもね。
「ちょっと、そこのあなた」
クロトとのんびり散策していると、声をかけられた。声の方を向くと、いかにも貴族のお嬢様って感じの子が、護衛らしき人達を連れて立っていた。
なんだろ、何か用かな。
「はい、なんですか?」
「貴方、なぜここにいるのかしら?」
「・・・はい?」
何故ここにって、どういう事かしら。あれ、もしかしてここ、入っちゃいけない区画?
いやでも、その割に兵士さん達も止めなかったよ。すれ違った騎士さん達も、普通に挨拶して通してくれたし。
「えっと、ここって、来ちゃダメな所、なんですか?」
素直に聞いてみると、信じられないという顔をされた。
そんな顔しなくても良いじゃないっすか。だって誰も止めなかったら、良いのかなって思いますよ。
「ここは、私達の様な、身分有る人間が居る場所。貴方の様な者が居るべき場所では無い事ぐらい、理解できないの?」
あー、えっと、つまり、ここは貴族様の区画って事か。
なるほど、こういう人達にとっては、一般人がそこにいるだけでダメなのね。
まあ、いいか。ここでごねても仕方ない。謝ってとっとと去ろう。メンドクサイし。
「えっと、物をしらないもので。すみません、すぐ去ります」
「待ちなさい」
謝って、クロトの手を引いて去ろうとする。だが、彼女はそんな俺を呼び止めるどころか、回りの者達に命じて俺達を囲ませる。
何のつもりだ、この子。
「あなた、何者かしら。そんな一般人の格好で、子供を連れて、何をしていたの?」
「え、何をって言われても、ただの散歩なんですけど」
「ウムル城内を散歩?あなたの様な者が?バカも休み休み言いなさい」
「いや、そう言われても」
なんだこれ。何か疑われてるのは解るんだけど、何疑われてるのかが分からない。
「この国は、どうやら平和ボケしてしまっているようね。このような者が城内をうろついても誰も咎めないとは・・・」
そう言われても、困るんだけどな。むしろこうなるなら咎めてほしかったな。
「あな―――」
恐らくだけど、何かを問うか咎めようと、彼女が口を開いた瞬間、城が大きく揺れた。
いや、違う、これは地面が揺れてる。地震?
「・・・あいつ」
クロトが見つめながら呟いた方向に窓が有ったので、俺も同じ方向を見ると、土煙が上がっているのが見える。
そして少し遅れて、咆哮が大きく響いた。うん、間違えようがねえ!あれハクだわ!何やってんのあいつ。
「な、何が」
お嬢は驚いて護衛の一人にしがみついている。俺を囲んでいた連中も、俺を囲むより、お嬢を守る方を優先したらしく、彼女の傍に居た。
そのうち二人は俺を思いっきり警戒してっけど。
あと、流石に兵士さんが騒がしく動いてる。そりゃそうよね。今のは流石にそうなるよね。
部屋に居たのであろう人達も外に出て、近くの兵に事情を聞いたりしてる。あれ、ここの兵士さん達、なんか格好が違うような気がする。
あとでリンさんが怒られるのかなー。それとも何で行かせたって俺が怒られるのかな―。
「あんまりやりすぎないでくれよ・・・」
思わず、ボソッと呟いたのがいけなかったんだろう。
逸れていたお嬢の意識が、再び俺に向いた。
「貴方、何を知っているの!これは貴方の仕業なの!?」
お嬢はそう叫び、こちらを睨む。その騒ぎで、他の貴族らしき人達もこちらに集まってきた。
やっべえ、どうしよう。誤解って言って聞いてくれる気がしねぇ。
「こいつを捕えなさい!」
お嬢がそう叫ぶと、護衛の人達が剣を抜いた。これは本格的に不味い。
ウムルの人に助けを請おうと周りを見渡すが、誰も助けてくれない。あれー?
もしかして、あの兵士さん達、ウムルの人じゃないのかしら。ていうか、あの人達も武器構えてるんですけど。
「俺は怪しい者じゃないですって」
とりあえず聞いてくれるとは思わないけど、違うと言ってみる。絶対聞いてくれないと思うけど。
「賊だと言って忍び込む者なんていないわよ!」
御尤もです。それはそうなんだけどさ。そうじゃなくてさ。
「子供もつれてるんですけど」
「油断させるために子供連れ、なんてありきたりな手じゃない」
そうか、そうね。確かにそういう手も有るね。
うーん、どうしよう。これは何言っても駄目かなぁ。
「じゃあ、とりあえず抵抗しないので、ウムルの人達呼んでもらえません?」
「・・・内部に仲間がいるのかしら?」
うおーい。深読みしすぎだろう。つーか、それじゃウムルの関係者はみんなそういう事になっちゃうじゃんか。
「まあ、いいわ。とりあえず話は捕えてからよ。少し痛めつけた方が正直になるでしょうから」
お嬢がそう言うと、剣を抜いた連中が前に出る。うん、こりゃもうだめかな?
抵抗しないって言っても、子供が居てるって言っても、思い切り斬る気だもん、あれ。
「どうしたら無抵抗だって認めてくれます?」
「舌を切り落として、両手足を自ら落とせば認めるわよ」
「実質死ねって言ってますよね」
「相手は賊なのだから、当然でしょう」
このお嬢、引かないなぁ。まあ、心底俺を疑ってるってのが有るんだろう。
言葉遣いはそのままだけど、声音が少し堅い。最初の様な上から見てる声音じゃない。
結構会話引き延ばしてるんだけど、そろそろウムルの兵士さんか、騎士さん通ってくんねーかな。
いい加減、本格的に不味いんだが。なんでみんなこっち来ねーんだ。
こっちに来る人は居るんだけど、だれも止めてくれないっていうか、俺を囲んでる気がする。
「一応殺しはしないわ。ただ、捕らえた後、魔術を使う様子が有れば、その限りじゃないとは言っておく」
わーいやっさしー。せめて話聞いてくれたらもっとやっさしーい。
「そっちの子供、死にたくなければ離れなさい」
およ、どうやらクロトの事は気遣ってくれるようだ。俺も気遣ってくれませんかね。
あー、マジでどうしよう。最初の感じならここまでじゃ無かったと思うんだけどなぁ。
恨むぞ、ハク。
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