第349話誘導されました!
「こうなる予感はしたけどさ・・・」
木剣を片手にだらりと持ち、ぼそりと呟く。その呟きはきっと誰にも届いてはいないだろう。
俺達が今居る場所は、兵士たちが訓練をする区画で、俺達がいる事で普段より一層騒がしいようだから。
どうやら俺の存在自体は、一般の兵にも広く知られているらしい。ミルカさん、マジ何考えてんの。
トレドナも身なりが貴族だし、余計に注目を集めているのだろう。ただこいつ、どうやらここに良く来ているらしく、兵士さんたちと普通に挨拶していた。
兵士さんが、今日も訓練に来られたのですねって言ったし、間違いないと思う。気安い王子様だな。そういうの嫌いじゃないけどさ。
「よろしくお願いします」
先程まで上がりっぱなしだったテンションは完全に消え、静かに、正眼に剣を構えるトレドナ。
その目は真剣そのものだ。ついさっきまで凄まじくテンション高かったんだけどなー。
久々に兄貴と手合わせが出来る!ってすごかった。とりあえず基礎訓練終わらせたかったんだけどなぁ。
今の状況は、今日の訓練をしようとシガルと話していたら、トレドナにここに案内された結果だ。
案内するって時点で、多分こうなる予感はしたけど、予想通り過ぎる。
正直グレットと遊んだ時点で大分体使ってるから、もう良いかなとも思うんだがね!
あいつ、間違いなく、このつもりで案内したよな。良いけどさ、別に。
「ふぅ・・・よろしくお願いします」
俺もトレドナに応え、剣を何時もの様に体と切っ先を少しずらし、青眼に構える。
ただ一瞬だけ、トレドナが不思議そうな顔をしたのは気になったけど、一瞬だったので、今は置いておこう。
お互いが剣を構えると、先ほどまで騒がしかった空気が、しんと静まったのを感じる。
視界に入る限りでは、兵士たちは皆が手を止めて、こちらを注視しているように見える。おい、自分の訓練やれよ。
そんな事を考えていると、トレドナが突っ込んで来た。中段の握りの位置から、踏み込みの移動で剣を手前に引くように動き、下半身の力をきちんと伝えた剣が振り下ろされる。
――――――速い。
瞬間的に仙術で身体強化をかけ、剣を軽く擦る様に受け流して、横に避ける。
強化せずとも躱せたとは思うが、予想外の鋭さに、とっさに強化してしまった。
だが、トレドナは受け流され、完全に下に行き切った体を無理矢理戻し、片手で切り上げを放ってきた。
俺はそれを柄尻で上に弾き、剣を跳ね上げる。その勢いのまま、自身も切り込むための上段の構えに移行する。
剣を跳ね上げられたトレドナは、片手が完全に持って行かれ、脇ががら空きだ。
そのがら空きの脇に、上段から、小さく脇をしめて剣を振り下ろす。
だがトレドナは、空いている片手を肘からぶつけに行き、重心を後ろに下げて体を守った。
「ぐっ」
トレドナは痛みでうめき声を漏らしつつ、受けた衝撃も使って間合いを取り、剣を構え直す。
片手は間違いなく使い物にならない衝撃を食らっている筈だが、それでも両手で握りこんでいる。
こいつ、あの時とは全然違う。速いし、力も強い。
今回、こいつが使っているのは只の木剣だ。けど、跳ね上げた時の手ごたえは、間違いなく食らえばただでは済まない力を感じた。
そのうえこいつ、さっきの一撃を腕でカバーしたのに、まだ腕を動かせている。
きっとそれまでの訓練とは大違いな、本当に鍛え直す訓練を積んだんだろう。でなければ、ここまで劇的な変化は有りえない。
あいつから、魔力の流れは見えないし感じない。完全に素の身体能力と、技術による動きだ。
身体能力もさることながら、技術の方も上がっている。おそらく、あいつの師による指導の賜物だろう。
あの人は強かったし、技量は間違いなく俺より高い。あのミルカさんを楽しませられる人だからな。
まじかよ、うかうかしてたらこいつにまで負けそうになるんじゃねーかね、これ。
なんか知らんけど、俺が関わった人、しばらく会わない内にとか、ちょっと時間経った後とかに強くなり過ぎじゃね。
ガラバウとか、数日後にくっそ強くなってたし。
ちらっと、その筆頭であるシガルを見る。あの子が一番、成長速度がおかしいんだよなぁ。真面目な話、今のあの子は、初対面の時のハクとなら、短時間限定で、ある程度戦えると思う。
そういえば、ハクも色々とおかしいんだよなぁ。あいつ竜のくせに、人間の技術学びすぎだろ。動きのキレが最近良すぎんだよ。こえーよ。最初の頃は、単純に身体能力だけだったのに。
悲しい事に、身体能力という点でも、シガルにはそう遠くないうちに追いつかれる予感がしているんだよなぁ。
「ふっ」
トレドナはそんな俺の心情など知った事はではなく、俺の目線がトレドナから少しズレた瞬間に踏み込んで来る。
勝負だからな。隙を見せたら突っ込んでくるのは当然ですよね。
「よっと」
俺は突っ込んでくるトレドナの剣を、真正面から受けて立ち、鍔迫り合いに持って行く。
現状、仙術で強化しているので、力負けすることは無いと思い、真正面からの力比べを試してみたかった。
「くっ、くう!」
トレドナは恐らく片手が痛むのだろうが、痛そうに表情を顰めながらも、下がらずに押し込もうとして来た。
良い根性してるな。
試してみて判ったが、流石に仙術で強化していたら、力負けする様子はない。
けど、素の状態だと、間違いなく力負けする。もうこいつの身体能力は、俺より上をいっている。
その事実が否応なく、自分の身体能力の限界を感じる事になり、少しばかり気が重くなった。
あの時、仙術も魔術も使わず相手を出来た。その相手に既に力負けする体。悔しいのを通り越して笑いが出てくる。
ミルカさんに鍛えられて、本当に何度か血反吐を吐くような訓練をして、その結果の体だってのにな。
旅に出てる間、サボったつもりは無い。ちゃんと訓練はしている。維持だけじゃなく、もっと動けるようにとも。
それでも、俺は、負ける程度の体なんだよなー。
まあ、だからと言って、今更そこで落ち込み切ったりしないけどな。何のために色々覚えてんだって話だし。
何よりも、この体だからこそ、あの人の、ミルカさんの教えを体現できるとも言える。
「ふっ!」
トレドナは力では勝てないと判断し、剣に力を入れ、前に振りつつも、その力を使って自身は後ろに飛ぼうとする。
だが、俺は飛ぼうとした動きを見逃さず、剣の力をそのまま受け流して、横に逸らしてトレドナの移動を阻害し、懐に潜り込む。
「なっ、ぐうっ!」
トレドナは剣に込めた力を逃された事で、力加減を上手く調整できず、変な体勢で後ろに飛んでしまう。それでも足を無理矢理地面につけ、振った剣を引き戻そうと、俺に反撃をしようとした。
だが、引き戻すその前に、俺の剣が既にトレドナの喉元に突き付けられている。
これで勝負ありではあるが、とっさに取った行動でトレドナは剣を止められなかったのだろう。俺を背後から襲うその剣を、仙術を使った裏拳で打ち砕く。
「勝負あり、でいいよな」
砕けた木剣が落ちる音を聞きながら、トレドナに告げる。その表情は、キラキラした表情になっていた。
うん、なんつーか、負けて喜ぶのもどうかと思うよ、私。
勝負が付いた事により、兵士さん達は口々に今の勝負の感想をしゃべりだし、先ほどの静寂は完全に吹っ飛んだ。
「すげえっすね、相変わらず」
「んー、そう?」
「そうっすよ。兄貴、さっきの最後の一撃、普通なら対処は無理っすよ。殆ど死角からの攻撃っすよ今の」
最後の一撃。多分、俺を背中から襲った剣の一撃。もし、勝負ありと安心していたら、あの木剣は俺の背中を強打していただろう。
けど、それは有りえない。だって俺には見えていたから。あの剣が止まらない事が。あの剣を、トレドナが止められない事が。
「あれを対処出来なきゃ、ミルカさんの相手にならないよ」
そうだ、俺には、あの人に鍛えられた目が有る。あの人には遠く及ばないし、あの人ほど自在に、異常な判断速度で動くことはできないけど、それでも、ある程度は見える。
今更だけど、それが、本当に有りがたいと思う。俺の体の基盤は、あの人のおかげなんだよな。
仙術だけじゃない。あの人は、本当の意味で、俺の体を限界まで鍛えようとしてくれていたんだと、実感できる。
『トレドナ、なかなか良い動きをするんだな』
「お、そうか?」
『ああ、まだまだ強くなるな、お前』
「へえ、真竜に言われると、少し自信が付くな」
ハクが、さっきのトレドナの動きを見て褒めている。ハクがああいう事言うって事は、こいつまだまだ伸びるんだろうな。
実際、あの短期間でここまで伸びたんだ。有りえる話だ。
つーか、この二人、なんか波長が有ったのかね。やっぱり仲が良く見える。まあ、仲悪いよりはいいけど。
「とりあえず、腕治療しようか」
「あ、えっと、だいじょぶっすよ」
「いいから腕出せ」
「あ、はいっす」
何を遠慮したのか、大丈夫というトレドナに腕を出させる。だいじょぶなわけねーだろうが。
終わった後、痛そうに少し肘引いてんのバレバレなんだよ。
トレドナの腕を治療して、とりあえず後は自分の訓練分をやろうかね。
なんで基礎訓練やる前に手合わせしなきゃならんのだ・・・。
「あ、そういえば、なんでお前始める時に不思議そうな顔したんだ?」
「あー、いや、その、えっと」
俺が始める前の疑問をトレドナに聞くと、言いにくそうに言葉に詰まっている。どしたのかね。
「その、怒らないで下さいね?」
「俺、そんな怒りっぽいかな?」
「いや、そんな事はないんすけど・・・」
基本的には感情はフラットに保ってるつもりなんだけどな。時々、一気に怒りに感情が傾くけどさ。
「最近、真剣に相対したら、なんとなく相手の気配というか、手ごたえというか、そういうの感じるんですけど、兄貴からは何も感じなかったんすよ」
「ふ-ん」
なんだ、そんな事か。別に怒る事じゃないと思うけどな。
というか、そういうのは判る相手と判らない相手がいるから、しょうがないんじゃないかね。
俺だって最初の頃は、リンさんの怖さが良く解らなかったもん。
「あ、あれ、怒ってないんすか?」
「なんで?」
「え、いや、兄貴が良いなら良いんすけど・・・」
なんか納得いかなそうに、でもなんて言ったら良いのか分からないと言った感じで口を閉じるトレドナ。
変な奴だな。
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