第345話中庭が綺麗です!

衣擦れの音がする。起きているような起きていないような意識の中、それをぼんやりと聞きながら、ゆっくりと目を開く。

すこしずつ意識が覚醒し、音のする方向をむくと、イナイが着替えていた。


「ん、起こしたか」


俺と目が合うと、すまなそうにイナイが謝る。まだ完全に覚醒しきってない寝ぼけた頭で周囲を見ると、窓の外はまだ暗いが、少し光がさしてきている様に見える。

日の出前位の時間か。


「おはようイナイ。早いね」

「ああ、昨日は結局ノンビリ来ちまったからな。城の中に居るなら、朝からちゃんとやんねえと」


ああ、なるほど。仕事人としてのイナイさんの時間帯か。そういえば樹海に居た頃は、いつも一番早く起きてた気がする。

朝ごはんの用意して、家管理して、昼の用意して、作りたい物作って、晩御飯して、明日の仕込みをして、合間に少し自分も訓練して。

よく考えたらこの人毎日毎日凄かったよなぁ。


今日のイナイは何時もの様な可愛らしい格好でも、以前の様な露出の多い格好でも、貴族様のような格好でもない。

完全に作業着だ。つなぎではないが、上下とも頑丈そうな、いかにも作業着といった服を着ている。


イナイを見ながらもそもそと起き上がり、伸びをする。シガルは起きる様子無く、ぐっすりと寝ているようだ。

この子も俺と一緒で、起きる時と起きない時の差が激しいよな。寝ぼけてる時の行動殆ど覚えてないし。まあ、俺みたいに昼まで寝てるって事はほぼ無いけど。


「別にまだ寝てて良いぞ」

「うん、まあ、なんとなく目が覚めてきたから、その辺散歩でもするよ」


二度寝すると昼まで寝そうな気がするから。何度かやってるしなー。


「そうか、朝飯食いたけりゃ、昨日見かけた料理人達に声かけな。なんか作ってくれるからな」

「イナイは食べないの?」

「あたしは少しやる事やってから食べるよ」

「そっか」


朝ご飯食べるならいっしょにと思ったけど、そういう事なら仕方ない。ちょっと散歩して、シガル達が起きたらご飯にしよう。


「・・・んう、おはよう」


シガルの横で丸まっていたクロトが、むくりと起き上がり、朝の挨拶をする。

クロトも起きたか。いや、クロトの事だから、実はもっと前から起きていたのかもしれない気もする。


「おはよう」

「おはよう、クロト。クロトも起こしちまったな。わりい」

「・・・ううん、大丈夫」


イナイは、クロトの頭を撫でて謝るが、その手を心地よさそうに受け入れ、返事をするクロト。


「んじゃ、いってくる」

「いってらっしゃい」

「・・・いってらっしゃい」


背を向け、手を上げて扉を開いて出て行くイナイに、見えないとは解っているけど、なんとなく手を振って見送る。

クロトも同じように手を振っている。


「さって、俺はちょっと散歩しに行くけど、クロトはどうする?」

「・・・ついてっていいの?」

「いいよいいよ。おいで」

「・・・ん、いく」


ハクは完全に丸まって寝てるし、シガルも起きる気配がない。二人で早朝の散歩と行こう。







「昨日はゆっくり見てる暇なかったけど、これは凄いな」

「・・・綺麗」


通路に出て、たまに見かける兵士さんに挨拶しつつ、昨日少しだけ見かけた中庭に到着。

庭には様々な花が咲いており、とても華やかだ。昔チラシか何かで見た花の展覧みたいな感じで、視界いっぱいに花が咲いている。


「時期によって植え替えたりしてるんだろうか」


いくらなんでも年中ずっと花が咲くなんてことは有りえない。ちゃんと咲くように調整しているんだとは思う。

このだだっ広い中庭を管理か。花の知識が無いと無理だなぁ。植えられている木なんかも、可愛らしい綺麗な花が咲いている木が沢山ある。


「おや、昨日の。ステル様のお連れ様、ですよね?」


そしてその管理をやっているのであろう、おじさんがこちらに気が付き、声をかけて来た。

昨日も人がいたのは気が付いていたものの、この人だったかどうかは覚えていないが、あちらはちゃんと見ていたようだ。


「あ、はい。初めまして」

「はい、初めまして。どうやらこの庭を気に入って頂けたようで、何よりです」

「ええ、凄いですね。全部あなたが?」

「管理そのものは、ここは私一人ですね。流石に実作業が多い日などは、一人では無理ですが。もう若くないですから」


すごいな、これ全部一人で把握しているのか。庭師の人ってそんなもんなのかな?

ここはっていう事は、昨日は見かけなかったけど、他にもここと同じような所が有るのかな。


「他にも、似たようなところが?」

「ええ、在りますよ。弟子達が管理しています」


弟子とな。このおじさん、その仕事では結構お偉いさんなのかな。

でもまあ、この綺麗な庭を見たら、凄い人なんだろうなと思ってしまう。こっち方面の知識はないから、ただただ綺麗だなと思うだけになってしまうけど。


「今が一番いい時期ですよ。式に合わせてありますから。既にウムルにいらしている方々もおられますので、その方たちに魅せるためにも、皆頑張っています」

「なるほど」


すでにここに来ている人たちもいるんだ。

・・・もしかしてあいつ、来てるのかな。いや、よそう。考えると会いそう。


「ええ、国を離れても特に問題のない、王子王女殿下などは、既に数名城内で生活されています」


うわー、来てそう。考えないようにしようと思ったけど、無駄そう。


「こうやって、花を、庭を管理して、それをゆったりと見る人が居る。それも他国から。本当に、平和になったものだと思います。

たった10数年。本当にたったそれだけで、ここまで劇的に変わるなんて思いもしませんでした。

あの殿下がご結婚される。本当に、月日が流れるのは早い」


花を見ながら、どこか遠い目で語るおじさん。おじさん、殿下って言ったよね。てことはもしかして、昔からブルベさん知ってる人なのかな?


「もしかして、ブルベさ・・・王様の事、昔からご存じなんですか?」


俺がうっかり、王様を普通に名前で呼んだのを気にせず、おじさんはにっこりと笑う。

イナイの知り合いだからって事で、気にしないでくれたのかな?


「先代の頃からお世話になっています。陛下には昔からよくして頂いております。

昔の陛下は剣などを好かない、花を愛でる、のんびりとした方でした。いや、今もその部分はあまり変わって無いと思いますが、あの頃を想うと、随分と逞しくなられた」


何となく、王様やって無い時のブルベさんを知ってるので、想像できる。王様やって無い時のあの人は、気のいい、優しいお兄さんって感じだ。

この庭で、のんびりお茶なんかしてる姿がとても似合う。


「私の昔話かな?」


その声に驚き、後ろを振り向く。そこにはブルベさんが立っていた。うっそだろ、何も感じなかったぞ。

探知に何も引っかからなかったし、物音も感じなかった。この人が声をかけるまで、その存在を一切感じなかった。

うっわ、やばい。やっぱこの人もあの集団の一員だわ。


「陛下、あまり年寄りを驚かさないで下さい」

「まだあなたは、年寄りというような歳じゃないと思うけどな。まだまだ頑張ってもらわないと」

「はは、爺になるまで使って下さる気ですかな」

「勿論。がんばってね」

「敵いませんなぁ」


おじさんは、驚いたと言いつつも、のんびりとブルベさんと談笑し始める。もしかして何時もの事なのかな。

ぼんやり眺めていると、ブルベさんは視線をこちらに向けた。


「おはよう、タロウ君」

「あ、はい、おはようございます」

「クロト君もおはよう」

「・・・おはようございます」


柔らかい笑みで俺達に挨拶をするブルベさん。イケメンってただそれだけでイケメンだから狡いわ。

まあ、この人の場合、内面の穏やかさというか、人の好さがにじみ出ている感じがするけど。


「二人とも元気そうだね。クロト君はあれから何か思い出したりしたかな?」


ああ、もしかして、クロトに会いに来たのかな。まあ、遺跡の事も有るし、不思議じゃないか。

だとしても、こっそりと近づくのは心臓に悪いので止めてほしい。


「・・・ごめんなさい」

「ああいや、謝る必要は無いよ。もし何か思い出したら、イナイに伝えてくれると嬉しい。お願いできるかな」

「・・・うん」

「ありがとう。いい子だね、君は」


何も思い出せない事を謝るクロトに、あくまでお願いをしているのはこちらだと言うブルベさん。

この人やっぱり、なんていうか、普通に良い人だよな。


「タロウ君」

「あ、はい」


クロトとのやり取りを見つめていたら、こちらに視線を向ける前に呼びかけられる。なんだろ。


「スィーダの事、ありがとう。君が、イナイ姉さんと婚約者では有っても、ただの一般人である君が動いてくれたおかげで、面倒にならずに済んだ。

本当の事言うと、内心は無理やりにでも干渉したかったんだけどね。そうもいかないんだ」

「あ、いえ、お礼を言われるほどの事では」

「そうか。ふふ、君は変わらないな。ウムルを出て色々あっただろう?」

「あー、まあ、ありましたね」


竜と戦ったり、王女様と知り合いに成ったり、なんか訳の分かんない化け物みたいに強いのと戦ったり、色々有ったな。


「皆が皆、君みたいだと、世の中気楽で平和なんだろうね」

「あー、平和かもしれないですけど、国回んなくなりますよ」

「ははっ、それは困るな。くくっ、あははっ」


俺の言葉に、本気で面白そうに笑うブルベさん。何がそんなにツボったのかな。

ちょっと本気で笑い過ぎじゃないですかね。腹抱えて笑わないでも良いじゃないですか。


「やはりお知り合いでしたか」

「くくっ、うん。イナイ姉さんの婚約者だよ」

「やはり、彼がそうでしたか」


どうやらおじさん、俺の事、話だけは知っている模様。まあ以前ミルカさんが城内で言って回ったって言ってたもんな。

あの人面倒くさがりのくせに、不思議なところで良く動くよな。まあ、あの人達皆そうか。


「本当は、式の時にでも時間が有ればと思っていたんだけど、たまたま見かけたから声をかけに来たんだ」

「今日は、お休みで?」

「・・・後少ししたら、朝の食事をとって、仕事に行って来る」

「それはそれは、毎日忙しそうですなぁ」


一瞬で真顔に戻ったブルベさんに苦笑するおじさん。仕事忙しいのか。


「国が広いっていうのも考え物だよね。もう、色んな所から陳情が来るから、やってもやっても終わらない。もし全部一から確認してたらと思うとぞっとする。部下がいるって大事だと思うよ。

最近は、一部地域は完全にセルに任せてるから、それだけでもだいぶ助かってる」


セルエスさん、そんな事してるのか。その割にあの人、忙しそうにしてる雰囲気全く無かったな。

樹海に居てた頃も、皆仕事はしてたらしいけど、あんまり忙しそうにしてるのは見た事が無い。

ああ、アルネさんは基本的に毎日何か打ってたっけ。


「そろそろ行くよ。じゃあね、皆」

「あ、はい」

「・・・じゃあね」


はぁと、ため息を付いて、手を振って去っていくブルベさん。おじさんはそれに頭を深く下げる。


「忙しいんですね、王様って」

「やる事が多いみたいですね。一庭師の私にはその大変さはとんと解りませんが、陛下が頑張ってらっしゃるおかげで平和なのは解りますよ。なので、陛下がこの庭を見て、少しでも癒されればと思いますね」


確かにあの人は、姿が見えなくなるまで庭を見ていた。優しい顔で、楽しそうな顔で。

あの人は、本来はのんびりした人なんだろうな。


そのあとおじさんに、城内で庭師が管理している所を数か所教えて貰い、食事の時間までのんびり歩いて見物した。

クロトが意外と楽しそうだったけど、花とか好きなのかね。

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